実はS級の学生、お金を頂戴する為に偽りのD級を演じる。〜付き人仕事では悪を頂戴するらしいです〜

じゅんくん

1章 D級の在り方 付き人の在り方

第1話

 ハルト・ヴェルクはレクレ学園に通うごく普通のD級学生である。

 D級とはとても簡単に言えば七大属性魔法を使えない階の事である。

 

 七大属性魔法。

 

 この世界には魔法と呼ばれるものが存在しているが、その中で人類が具現化出来るのは主に七つとされている。

 それが七大属性魔法。

 火、水、氷、風、雷、土、光の七つだ。

 この世界で産まれ育った人間の殆どはこの属性のいずれかを扱う事が出来る。


 では、魔法の原理についても話そう。


 人間は空気中にあるエレメントとよばれる魔素を無意識に体へと吸収していて、それを体内に一定量保管できるという性質がある。

 そして、体内に一定量溜まったそのエレメントは自由自在操る事ができ、これが魔法発動の原理になっている。


 そんな中で人体には属性遺伝子と言う、いうならば体質と属性の相性を示す遺伝子がある。

 これは自分がどの属性魔法を使用できるのか、どの属性魔法が自分に向いているのか、を判定する、とても貴重な証明材料。 


 そして産まれてすぐ、赤ん坊の頃には誰もがやっている遺伝子検査。

 特殊な機械を使い体内の遺伝子を透視させ、大量のエレメントをそこに蔓延させ、遺伝子を強制的に光らせる。 

 例を言えば、その遺伝子が赤色に光れば炎属性の才能が、青色に光ればの水属性が、茶色に光れば土属性。

 これらの原理は複雑だが、属性の判断は聞いての通り単純で分かりやすい。

 

 だが、ここで注意なのが人が扱える属性は決して一つではないということだ。

 例えば、二つの属性魔法が使えるならその遺伝子は二つの色で光る。

 もちろん三つの属性が使えるのなら三つの色が光る。


 そして、どこの学園でも一定の間隔でこの遺伝子検査を実施する。

 何故なら、この属性遺伝子は時間の経過で変化する事があるからだ。

 例えば、産まれて直ぐ行う遺伝子検査では使えないと言われていた属性が、何年か経つと使用できるようになっていたりする。

 逆もまた然りで、今まで使えていた属性が使えなくなっていたなんてこともある。

 体の変化が著しい十代で一番よく見られる現象だが、後者はそれでも比較的稀である。

 なので、どこの学園でも定期的にこの遺伝子検査を行う事になっている。

 ただし、学園ではその特殊な機械は使用されず、それぞれの属性に反応する水晶が用いられる。


 では何故赤ん坊の時は特殊な機械を使うのか。


 これは、幼児の体に溜まるエレメントが少ないからであり、保有量が高くなる学生と違い水晶がその微弱なエレメントに反応しないからだ。

 

 そして、この検査によっていわゆる階級とよばれるものが決まる。


 階級の決定は大まかに分けて二つあり、一つはこの七大魔法属性を扱える数で決まる。

 D級はゼロ、C級は一つ、B級は二つ、A級三つ、そしてS級が四つ以上、と言った具合だ。

 つまりD級のハルトはこの七大属性魔法を扱えないと言う事になる。

 

 現代では国同士の争い事も少なくなり、その弊害なのか今では三つ以上の属性魔法が使えれば上等と言われている。

 四つ以上の属性を使えるいわゆるS級と呼ばれる人間は、もうたまに見る程度の存在になった。

 

 これが一つ目の判断基準、魔法数だ。

 してもう一つ。

 それは単純な知能指数、知能階級だ。


 入学前には誰しもが経験するあの試験。

 いわゆる筆記テストだ。

 そしてこの知能階級はその試験の点数で、大凡が決まる。

 試験問題の半分は知識が問われるもので、もう半分は機転や頭の回転が問われる。

 相手の強さ、相手の心理、相手の知能、そんな複雑な状況を説明され、貴方ならこの状況をどのように突破するか、と言った状況判断力を試されるような問題になっている。

 

 魔法階級と知能階級。

  

 レクレ学園ではこの二つによって一人一人階級がつけられる。

 だが、階級はそんな単純に決められるものではなくて、例えば魔法階級は最高のS級なのに、知能階級は最低のD級の生徒がいたとしよう。

 レクレ学園ではこの生徒はB級という階級をつける。  

 これは単純で二つの階級の間をとっているだけに過ぎないが、例えば魔法階級がB級、知能階級がC級、とお互いの階級が一つしか変わらない場合。

 これは高い階級が優先されB級と認定される。

 だが、魔法階級がA級、知能階級がDと階級差が二つある場合は、さっきとは逆で小さい方が優先される。

 いえば、この場合はC級と言う事になる。

 

 なので、例えS級の階級を持っていてもこの様にどちらかの階級が低ければ足を引っ張る事になる。

 

 そして、そんな中で魔法階級D、知能階級Dと言うとんでもない成績を残したのがこのハルト・ヴェルグである。


 と、階級の説明をし終えた所で次はハルトの通う学園の説明をしよう。

 今、ハルトが足を踏み入れているこの学園、レクレ学園は将来に向け立派な冒険者を育成する為の施設だ。

 座学の勉強はもちろん、体の鍛錬や、魔法の使い方等を重点的に鍛える。


 言えば、ハルトのようなD級の学生でも、これから色々と鍛えれば十分に冒険者になれるようになっている。

 もちろんS級生徒が進む道とD級の進む道とではその距離は違ってくる。 

 それにS級生徒の道のりは凸凹しないまっさらなコンクリート道であるが、D級生徒の道には無数の茨、鋭い棘がある。

 その道のりの違いは天と地の差があるのだ。


 では、果たしてハルトのようなD級生徒はこの学園でどのような学生生活を勤しんでいるのか。

 実力至上で弱肉強食なこの学園で、ハルトは一体どのような扱いを受けているのか。


 それは今に分かるだろう。


「いたっ……」


 朝、ハルトは登校を終えていつものように教室へと入ろうとした時。

 扉を開け、奥へ歩き進めると視界の端から小さな雷魔法がハルトの白い頬を直撃した。

 小さく弱い電撃ではあったが、これも立派な魔法。

 痛いものは痛い。


「よう。いつもいつもご苦労だな。このクラスで唯一のD級生徒さんで転入生のハルトくん。いやもう一週間も経ってるし転入生は無理があるか」

 

「……どうも」


 雷魔法を撃ったとされる生徒は机の上に腰を下ろしているこの金髪の男だ。

 レン・ヴィレッジ。

 水、氷、雷と、三つの魔法を使えるA級学生である。

 ハルトはヒリヒリとうずく頬を指で摩りつつ、レンを無視してそのまま席に向おうとするのだが、今度は頭上から少量の水魔法が降り注ぐ。

 そしてずぶ濡れになったハルトを見て、クラスメイトは指をさして嘲笑っていた。

 

「おいおい。無視はヒドイだろハルトくん。あいさつは顔を合わせた時の大切なマナーだろ? 」


「だからって人に魔法をぶつけるのは違うと思うよ……下手したら死んじゃう……」


「今の魔力で死ぬやつなんているかよ。それに俺は、お前がまだ眠そうだったからわざわざ俺の貴重な力を消費して起こしてやったんだ。どうだ? 目が覚めたか? 」

 

「う、うん……そうなんだ……ありがとう……おかげで目が覚めたよ……」


 きっとこのまま話を続けてもまた魔法を撃たれてイビられるだけ。

 ハルトはそう察してレンと目を合わさずよそよそと席へ歩いていく。


 そして、ハルトが二歩目を踏み出した時。

 空気中でメキメキと音を立てて具現した人差し指サイズの氷魔法がハルトの両足甲を貫通した。

 靴の上からでも確認できるほどの出血だ。


「くっ……」


「待て待て。お前今、ちゃんと目が覚めたっていったよな? なら進む方向はそっちじゃないだろ? ほら」


 レンが顎で教室の出入り口を振り示している。

 恐らく、ここはお前の来る所ではないと言いたいのだろう。


「でも、授業をサボるといけないから……」


「授業ねぇ……お前さ。マジで自分が優秀な冒険者になれると思ってるのか? お前の階級はなんだ? 」 


「Dだけど……」


「なら分かるだろう? お前みたいな魔法も使えないような奴が、見ていい夢じゃない。それにな、お前のその願望は俺に対する侮辱行為にしか感じられねぇ。舐めてんのか冒険者を」


 レンの表情が一段と鋭くなる。

 なにせ、三つの属性を使えるA級生徒のレンでもこの学園で成績を残すのはむすがしい。

 そんな艱難辛苦なこの学園で、D級のハルトが自分と同じ夢を見ているのが許せないのだろう。


「別に舐めてる訳じゃないけど……」


「だったら先ずはそのうっとおしい前髪を切ってこいや!! ムカつくんだよその無表情が!! 」


 レンが発動させた雷魔法がハルトの目元まで隠れる前髪を切り裂こうと向かう。

 しかし、ハルトは咄嗟に足を引いて背中を反らし間一髪で回避、魔法はその先にある黒板へとぶつかった。

 威力がある程度あったのか、見れば黒板には細かい傷が幾つも走っている。


「ちっ……腹立つぜ……こうなったら――」

 

 レンが机から足を下ろした時、学園に予鈴のチャイムが鳴った。

 それと同じくして扉からは一人の女性がやって来る。

 悔しそうに唾を飛ばしたレンは、そのまま引き下がって自分の席へ。

 ハルトも焦り焦りに足を進め、周りの冷ややかな視線を受けながら自分の席につく。


 みなにはこれで分かっていただけたのではないだろうか。

 これがこの学園での最弱の扱われ方だ。

 しかも、この一週間毎朝このような暴力事があるので、ハルトも必然と精神的に参ってしまっている。


 そしてそれらの暴力は決して自由時間だけの話ではない。


 各授業中の間にも先生の目を盗みながら魔法をハルトの方へと撃っている。

 しかもそれはレンだけではなく、他の生徒もだ。

 

 このようにハルトは毎日こうして体に傷をつけて帰路に着いている。

 

 ほんとどうしてこの学園のクラス区別が階級ではなく、バランス重視なのか。

 というか、何故こんなプライド満載の学園に転入してきてしまったのか。

 それには色々と訳があるのだがそれはおいおい話すとしよう。


 それでも、せめてまだハルトと同じD級生徒がいればまだ学園生活もマシだったのかも知れない。


 そんな惨めな授業時間が終わって昼時間。

 ハルトはお決まりとも言える食事スポット、校舎裏へと足を運んだ。


 もちろん友達と呼べる仲間なんていない。

 

(まぁ別に気にしている訳ではないがな)


 ハルトは手作りおにぎりを一口頬張って青空を見上げる。


「美味いな……幸せだ……」


 この一人の有異議な時間こそ本来の至福と言ってもいい。

 誰にも睨まれずにこうして自分をさらけ出せる事がここでは唯一の憩いだ。


「ふーんっ!! はぁ!! やっぱり一人は素晴らしいわね!! 」


「……」


 至福の時間が一人の女生徒によって阻害されてしまった。

 尾花栗毛の透き通るような金髪が肩に触れる寸前まで切られており、毛先はフワフワ。

 スタイルはほどよく良く、そして風に乗って女の子特有の甘い匂いが鼻腔を通過していく。

 ハルトはこの女生徒をみたことがある。


「よしっ……じゃあここで一人飯……って……げっ!! 」


 女子生徒の綺麗なピンク色の瞳が、ハルトを捉えた瞬間に濁る。

 表情もみるみる内に歪んでいき、ハルトと出くわした人物としては上出来の反応。

 まぁこの女子生徒の場合はハッと我に返って表情を引き締めたけど。


「貴方って確か私と同じクラスよね? いっつもあの男にイジメられてる情けなーいやつよね? 雰囲気がゾンビみたいで気持ち悪いから直ぐにわかったわ」


「そ、そうですね……あはは……俺、弱いからね……」


 なよなよしたハルトの発言に、また躊躇に顔を歪めたこの女生徒はハルトと同じクラスのリーネ・ハートレー。

 階級がクラス唯一のS級で超がつくほどお金持ち、見た目も才色兼備でいわゆる完璧な女子生徒。

 ハルトが連中にイジメられている時も基本干渉する事はなく、ただずっと席に居座っている、これもまた孤高の生徒。


 だが、ハルトの孤高とは大きく意味が違っていて、彼女の場合は近寄り難いと言うか、一般市民が進んで関わっていかない高嶺の花と言う感じ。

 

 なので、他生徒もその圧倒的風格に当てられて話す事さえ出来ないでいる。

 唯一話しかける人物と言えば、自分に惚れさせたいなんて野望を抱いているレンくらいだ。 


 A級の男子とS級の女子。


 案外お似合いなのではないだろうか。

 まぁ他のS級生徒も是が非でも、と拳を握っているようだが。

 そうなればレンとて悔しくひれ伏すのだろうが、少なくともハルトが関わってはいけない生徒である。


「……貴方の表情が前髪で隠れて見えないから、余計に気持ち悪いわね。貴方今の自分を鏡で見たことある? はっきり言うけどね、今の貴方は屋敷とかにでて来るお化けよお化け。それも悪霊の方」


「あはは……確かに自分でも気持ち悪くて吐き気しますけど、でもこうしとけば他人と目を合わせなくて済むので」


「あ、ああ、そう……はぁ……同じクラスメイトなのに敬語ってのも気持ち悪いわ……なんか鞘から上手く剣を抜けないあの感覚に似てるわね」


 リーネはハルトに背を向けて、気持ち良さそうにまた空を仰いだ。

 その表情はあまり干渉をしてこなかったハルトにはとても美しく見えていた。

 まぁただ外面が良いって言うだけってのもあるけど。


「あーあ。ここに気味の悪い男がいるから私は帰ろうかしら。貴方のせいでまたスポット探しの始まりよ。はぁ……この学園には安寧の地なんて存在しないのかしら」


 リーネは不機嫌なオーラを出しながら、学園の中へと姿を消していった。


(この女、性格が中々キツイのだが)


 だが、ハルトは暴力を振るわれるのはまだ慣れているが、言葉だけの侮辱は結構久しいもの。

 まぁその言葉達がとても辛辣だったけど。

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