第2話 「逸脱者」 後半
アンナに続いてジャックも消えた。ミラの日常が崩壊していた。クラリスは今では直視できない様子となっており、両親が付きっきりとなっていた。
ミラは学び舎をさぼり、広場のベンチでぼうっとしていた。
「そんな所にいては危ないですよ。お嬢さん」
振り向くとそこには、何時ぞやの青年が立っていた。どれ程時間が立ったのだろう。いつの間にか太陽は高く、公園にはパンを片手にたむろす人の姿がぽつぽつ見られた。
「ひどい悩み事があるようですね。私でよければ話を聞きましょうか?」
青年は横に座り、穏やかな笑みを浮かべている。ミラは青年と軽い自己紹介をした後、最近の身の周りについて話していた。
ティオバルトと名乗る青年は不思議な人だった。大層な教会の装束を身にまとっているが、話してみると親しみ易く、近所の教会の神父に悩みを打ち明けている気分になった。
「それで、これはあの、あまり関係の無い話なんですけど…」
そう前置きして、ミラは口を開いた。いつしか心の奥底へとしまっていた、夢の事を。
ティオバルトは笑うでもなく、怒るでもなく、真剣に耳を傾けていた。話し終わるとゆっくりと頷いてこう言った。
「夢とは単純な物ではありません。見る人の心の世界であり、人間の精神の奥底へと通じています。ミラ、貴女の夢はひょっとすると誰かの心と繋がっているのかもしれません。その相手は夢を通じて貴女に大切な何かを伝えようとしているのかもしれませんよ」
実にスピリチュアルだが、ミラにとっては求めていた答えの様にも聞こえた。
「誰かと繋がっているか。その子、いつも何かを私に言っているんです。聞き取る前に目が覚めちゃうんですけど」
「興味深いですが、あまり気にしてはいけませんよ。慌てずにいれば、ふとした拍子に何かに気づくかもしれません。それまでは普段通りの生活をした方が良いでしょう。気づきは何時やってくるかわかりませんから」
その言葉に安堵すると、向こうで慌ただしい人々の声が聞こえてきた。何だろうと目を向けると、そのうちの一人がこちらに向かい、ミラの名を呼んでいた。クラリスの向かいの家のおじさんだった。
「大変だミラ! クラリスが‼ クラリスがいなくなっちまったんだ!!!」
「何ですって!⁉」
どうしよう。遂にクラリスまでもが。居ても立っても居られず、ミラは広場を飛び出した。
後ろでティオバルトの声と駆け足の音が聞こえたが、気にも留めなかった。
どこまで来たのだろう。ミラは何時しか人気の無い、街の外れの通りにいた。辺りに人影は無く、目を向けると廃工房がちょこんとあるだけだ。何とはなしに目を向けたが、それは何かの導きだったのだろうか。玄関の前に見覚えのある髪飾りが飛び込んできた。
「あれはクラリスの!」
後ろから自分を呼ぶ声がした。ティオバルトがこちらに向かって走ってくる。ただでさえ大人に捕まったら連れ戻されるに決まっている。それが教会関係の人なら尚更だ。
クラリスがあの中にいる。ミラは髪飾りを拾うと中へと飛び込んだ。
ティオバルトは廃工房の前で立ち止まった。工房から何やら嫌な予感を感じ取ったのである。悩んだが、ミラの身が危ないかもしれない。彼女に続いて中へと立ち入った。
入ってすぐに予感は当たった。あのバスタ村の出来事を思わせるような、不気味さが体の表面に這いよる。
「此処は、一体何なんだ」
ティオバルト以外にもミラの行動を目にした者がいた。いや、正確には「一匹」だろうか。廃工房近くの茂みに中に光る二つの目玉があった。ティオバルトが工房内に入ると、目玉の主はゆっくりと出てきて、工房をずっと見据えていた。
見る者がいればその異形に悲鳴を上げただろう。全身の皮が剥がされたかのように体の肉を露わにし、それでいて血が一滴も滴っていない。それは赤い犬と呼ぶより他に無かった。
赤い犬はただじっと廃工房を見ている。
それはあたかも異常事態を引き起こす工房から何かを待っているかの様であった。
一体ここは何なのだろう、とミラは思った。廃工房は小さい外観に対して、巨大な内部を秘めていた。
行けども行けども行き止まりが無い暗い廊下を歩き続けてどれだけ経っただろうか。さらには目に飛び込む不気味な光景だ。ここまで来るのに部屋をあちこち見て回ったのだが、どれもこの世の物とは思えなかった。おびただしい血痕のある部屋、人間の骨が何らかの法則に則って置かれている部屋、果ては乾燥した人間の死体が吊り下げられた部屋等ありとあらゆる悪夢の光景がこれでもかとミラに突き付けられた。その度にミラは悲鳴を上げ、又は嘔吐し、たどたどしい足取りで部屋を後にするのであった。
クラリスの心配よりもこの空間に入ったことの後悔がいよいよ勝る様になり俯いた所、少女の声が飛び込んだ。
「私を見つけて」
何度も聞いた、しかし朝に思い出せないあの言葉。顔を上げると目の前には自分と年の近い女の子が立っていた。
瞬きすると消えてしまったが、その顔にははっきりと覚えがあった。何度も夢で見たあの少女だ。
全身に力が湧いてくる。クラリアを見つける責務と共に夢の少女に会えるかもしれないという期待がミラを動かしていた。
歩みを進めると、建物内はいよいよおかしくなってきた。部屋の形は歪み、廊下の壁もねじれた様になってきた。
それでも立ち竦む暇はない。ミラはとある部屋が気になりその前で立ち止まった。理由があった。建物内をうろつく度に聞こえてくる赤ん坊の泣き声、それがこの部屋から大きく聞こえてくるのだ。
息をのんで扉に手を掛けた時だった。
「止めておいた法がいいわ。そこはこの建物の心臓部。入ればあなたは二度と外に出る事が出来ないかもしれない」
夢の少女が傍らに立っていたが、すぐさま消えてしまった。
ミラは迷ったが、意を決して入る事にした。何か、見なければならない物があるような気がしたのだ。
悪夢を見慣れたつもりだったが、目に入った光景に背筋を凍らせざるをえなかった。
おびただしい赤ん坊。それも未熟児のような赤ん坊が不気味な祭壇で横になっていた。彼または彼女らは力いっぱい泣き叫び、それがハーモニーとなってミラの耳をつんざく。
訳が分からなかった。ここは何なのだ。あれこれ考えを巡らせるが、これだという答えは浮かばず、ただ立ち竦むしかなかった。
ふと、夢の少女が立っている事に気が付いた。彼女は急がせるかの様にミラに語りかける。
「逃げて。あいつに気づかれた。間もなくやって来るわ」
しかしながら遅かった様だ。祭壇の前の空間がまるでガラスを割ったかのようにひび割れ、それがいくつも重なって穴を形成していた。
それに目を奪われていると、中から何者かが現れた。ガタイの良い大男。汚れた作業着を身に纏い、顔の半分を薄汚れた布で覆っている。ゆっくりと、背中に手を回すと、大きな火ばさみを取り出した。
こちらを襲うのは目に見えて明らかであった。ミラは悲鳴を上げて後ろの扉に手をやるが、びくともしない。半狂乱になりながらも開けようと試みる内に大男は近づいて来る。
「開けたら走って」
夢の少女の声と共に扉が開いた。ミラはすぐさま走り、追跡者の見つからない場所を目指して暗い廊下を駆け抜けた。
しかし、長くはもたない。段々と体力の限界を感じ、適当な部屋に飛び込んで身を隠すことにした。
そこは手術室の様だった。血の香りが充満する部屋の中心に手術台の様な物がある。よせばいいのにと思いつつ、引き寄せられる様に手術台に近寄った。部屋に入った時は女の子が寝かされているぐらいにしか思わなかった。その顔を見て仰天した。
クラリスだ。
何かの巡り合わせだろうか。一瞬喜んだが、すぐさま絶望した。クラリスの顔には生気が無く、ただぼんやりと天井を見つめている。
ミラはクラリスの名を呼び、何度も頬を叩いたが、反応は無い。
泣きじゃくりながらクラリスの体に掛けられた布に目をやる。血の滲んだその布を取ることに躊躇いはしたが、意を決して取り去った。
更なる絶望と、理解不能な恐怖がミラを襲った。クラリスの腹は切り開かれ、血と臓物が飛び出している。
思考停止するミラに追い打ちを掛けるかのように臓物が動く。もぞもぞと何かがはい出るかの様な動きを見せた後、ごつい男の腕が飛び出した。
絶叫を上げながらも、ミラは部屋を飛び出した。背後ではくぐもった男の笑い声が聞こえてくる。
涙で顔がくしゃくしゃになり、クラリスの事で頭がいっぱいだ。しかし、彼女は立ち止まる事はしなかった。もう一つの目的、夢の少女に会うまでは体を動かすことを止めなかった。
走り続けていると、とある部屋の前で足が止まった。中から男と若い女の話声が聞こえてくるのだ。周囲を見渡し、誰もいない事を確認してから静かに中に入った。
錬金術師の恰好をした男が椅子に縛られた少女に懇願するように話しかけている。
「おお、無垢なる少女。救いの貴女。力を持つ巫女よ。頼むから私の頼みを聞いてほしい。お願いだからこれを受け取っておくれ。これは研究に研究を重ねた私の精液。これを受け入れてあの怪物を、ゼドゥラムを打ち倒す私の新たな子を産んでほしい」
「汚らわしい。お断りよ。そんなに望むのなら力づくでやりなさい。もっとも私にかなわないでしょうけど」
「あなたは!」とミラは叫ぶと錬金術師は振り返った。少女の方は一瞬驚きはしたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「ああ、ミラ! ようやく会えたのね!」
夢の少女に会えた、それも生きている形で。ミラは喜んだが、その前に立つ錬金術師は快く思っていないようだ。
「一体どうしてこの場所に⁉ いいや、それよりも新たな素体だ。可哀そうだが犠牲になってもらう。ゼドゥラム! ゼドゥラムよ! 探している女は此処にいるぞ!!」
錬金術師が辺りにわめくと、呼応するかの様に空間に穴が開いた。そこからくぐもった笑い声と共にあの大男が現れた。
「させない!」
少女は叫ぶと大男に向かって衝撃波を与えた。ゼドゥラムと呼ばれた男は吹き飛ばされ、勢いよく壁に叩きつけられた。
ミラは右往左往する錬金術師を尻目に少女の縄を解いた。
「やっと会えたわね、ミラ。ずっと待ってた」
「私も嬉しいけどあなたは一体?」
「私はラム。色々話したいことはあるけど今はここを出ましょう。あいつは伸びたみたいだけど今度はあっちが目を覚ますかもしれない。」
それには同意した。ミラはラムの手を引くと走って部屋を後にした。背後から「ま、待てえ」と錬金術師の声が聞こえてくる。
ラムという同伴者ができて気持ちは幾分か軽くなったが、相変わらず工房の外に出る事は叶わなかった。
ラムの提案でミラは身を隠すことにした。適当に目に入った部屋へ入り、呼吸を整える。
落ち着いて周囲を見渡すと大きな炉が目に入った。
「気づいた様ね。あれは終着点。あいつの儀式の犠牲者が最後を迎える場所よ」
ラムの言葉が気になり、いくつか質問しようとしたその時だった。
赤ん坊の泣き声がどこからともなく聞こえてきて、それと共に男の声で歌が聞こえてくる。
それはわらべ歌。街の子供達がよく歌う当たり障りのないモノであったが、この場では違和感として不気味な存在を示している。
空間が開き、ゼドゥラムが現れた。先程までとは様子が違っていた。陽気に歌を歌いながら顔をこちらに向ける。半分を覆っていた布は外され、そこに人の顔に似た大きな出来物が顔を覗かせている。
しかし、その出来物はただの出来物では無かった。歪んだ小さな口を開け(はっきりと開かれるのを見た!)、ゆっくりとした口調で喋り始めた。
「こいつは肝心な所で駄目な弟だなあ。兄である俺の前でいつもへまをする。さて、お嬢さん方、ここで行き止まりだ。あの親父は何か企んでいたようだが、死んでしまえば何もできまい」
ゆっくりと火ばさみを下ろし、引きずりながらこちらに向かって来る。
「お祈りは済んだかい? これでおさらばだ!」
「残念だが、そうはいかない!」
ゼドゥラムの動きが止まった。金縛りにあったかの様にミラ達の前で固まっている。
その背後に見知った顔があった。ティオバルトがその手に小さな光り輝く魔法陣を浮かべ、ゼドゥラムを拘束していた。
「ミラ、良かった。無事でいてほっとしましたよ」
「き、貴様」
「怪人よ、お前は危険だ。よって、斬る!」
ティオバルトは躍り出て、ゼドゥラムの火ばさみを持つ腕を切り落とした。叫びと共に血が噴き出すが、すぐさま止んだ。教会の者が持つ装備。危険人物を無力化するために剣には止血の術が込められているのだ。
ゼドゥラムは暴れるが、ティオバルトは手慣れた動きで組み伏せ、たちまち縛り上げた。
ミラ達は救いの手に喜んだ。ティオバルトと互いの無事を確認すると、しばし抱き合った。
「さて」
ティオバルトはゼドゥラムへ顔を向けた。
「お前は終わりだ。仲間と思われる錬金術師も取り押さえた。観念するんだな」
すると、ゼドゥラムは甲高い笑い声を上げた。
「終わり? 終わりだと? 何もわかっちゃいない。終わりなどあるものか。たとえ俺はここまでだとしても俺に近しい存在が、必ず目的を果たしてくれるさ」
ゼドゥラムは立ち上がると、炉の方へと足を向けた。触ってもいない、それどころか手を動かす事さえできないのに、炉の扉はひとりでに開かれ、中で炎が轟々と燃えている。
「教会の人間よ。下っ端のお前は知らない様だな。教会の上の奴らは綺麗ごとを抜かしてはいるが、やる事は俺と変わらない。薄汚い奴らが牛耳っていることをな」
歌うかの様に炉の前のゼドゥラムは語る。ティオバルトは察したように駆け寄った遅かった。
「すべては偉大なる存在。イブリムとその信奉者達に真の幸福なる世界のために」
そう言うとゼドゥラムは炉の中に身を投じた。炉の扉は勝手に閉まり、ティオバルトがその辺にある道具を使って開けようと試みてもびくともしなかった。
場所は変わり、取り調べ室の中。ティオバルトはアウルと共に椅子に拘束された錬金術師を見やった。
ここはエルドゥイスの中心に位置する刑務所の中、件の男は最重要参考人として尋問を受けていた。
「繰り返すが、質問だ。あの廃工房で何を行っていたんだ?」
ここ数日何度も同じ事を繰り返している。しかし、どんなに尋問しても男は黙り続けていた。行き詰まりを感じたティオバルトはアウルに相談し、今日はこの場に立ち会ってもらっている。
ゼドゥラムが死んだ後、今までが嘘の様にティオバルト達は廃工房の外に出る事ができ、ミラ達は無事に肉親の元へと送り届けられた。
ティオバルトに課せられた捜索も解決した。アウルに探してくれと頼まれた女の子はラムだったのだ。ラムは久しぶりにアウルとルインに会うと一瞬喜んだが、すぐに何でも無さそうにアウル達に適当に答えていた。
話を今に戻す。男は相変わらず黙っていたが、アウルの方をちらちらと見ている。
「お前がそういう態度をとるんなら、こっちには相応の事をするぜ、ダン?」
アウルの言葉に肝を冷やしたのか、憐れな錬金術師は態度を軟化させた。
「あの大男はどこ誰だ?」とティオバルトが尋ねると、ダンと呼ばれた男はゆっくりと口を開いた。
「あいつは、ゼドゥラムは私の子供だ。それと共に私の最大の研究成果でもある。」
驚愕の事実に驚いたがティオバルトは顔に出さず、続きを促した。
「錬金術を志す者ならば誰もが考える。究極の研究成果物、マスターピースをな。それは私とて例外ではない」
視点は定まっていないが、口から発する言葉は段々と熱を帯びている。
「私は考えた。後世に長く残る成果物とは何なのであろうかと。悩みに悩みぬいて、ある日至ったのだ。私の子孫だ、私の子孫に常人とは比べ物にならない力を持たせ、後世に語り継がれる超人に仕立て上げるのだ。そのためには凡人の血では解決しないだろう。私は己の精液をありとあらゆる手を使って改良し、極上の代物を作り上げた。そして次なる課題は母体だった。非凡な血を持つ母体。それを求めて私は大陸のあちこちを訪ね歩いた。そしてある日耳に入れたのだ。その場所から離れた森の奥深くに住むエルフと呼ばれる魔力を持つ亜人達の存在を」
エルフ、亜人。この世界に住むのは人間だけではない。亜人と呼ばれる者たちが人里離れた場所に住み、ひっそりと暮らしている事という。
「私は森の奥へと探索し、数日経って目的の場所を見つけることができた。エルフの里を発見したのだ」
懐かしむようにダンは語る。
「善良な人間を装い、持って来た珍しい物を彼らに見せると快く受け入れてくれた。私は熱心な旅人を演じ、研究に適合する母体を探した。何日か彼らと過ごしている内に、適合者を見つけた。その女は村でも有名な祈祷師の娘だった。私は言葉巧みに彼女に近づき、信頼を得て、何時しか愛情まで得る事が出来た。ある時、私は彼女に村を出て、どこか遠い所で一緒に暮らそうと提案した。彼女は始め戸惑ったが、直ぐに賛成してくれた。私達は村をひっそりと出ると、旅を続け、遂にこの街へたどり着いた」
覚悟はしていたが、ダンの次の言葉にティオバルトは吐き気を催さずにはいられなかった。
「そして彼女で研究の最終段階へ踏み切った。薬で意識を奪うと、改良した私の精液を胎の中へと人工的に注入し、孕むまで何度も繰り返した」
「お前という奴は!!」
掴みかかろうとするティオバルトをアウルは制し、先を促せた。
「かくして彼女は身ごもった。私は自殺しない様に拘束し、食事を与え、世話をし続けた。十月十日経った頃、果たして赤ん坊が生まれた。母親は死んだ。私は赤ん坊をゼドゥラムと名付け、大切に育てた。そこまでは良かったんだ」
後悔の顔を浮かべダンは話を続けた。
「ゼドゥラムの成長は異様に早かった。1,2年で成人になり、私の研究の手伝いをする様になった。ある日の事だ。ゼドゥラムの顔半分に人の顔の様な出来物が出来て、それからゼドゥラムの様子はおかしくなった。いもしない兄の存在を話し、人目に着かない格好で外を出歩く様になった。ある時、ゼドゥラムは若い男女を誘拐し、私に命じたのだ、彼らを使って赤子を産ませろ、と。」
「怖かったが、従わざるをえなかった。その頃のゼドゥラムは肉体が逞しく、私がかなう相手では無くなっていた。言われるままに赤ん坊を産ませるとゼドゥラムはその子をどこかへと連れていき、用済みの若者を血抜きをし、燃えやすくなった頃合いをみて、自ら鍛造した火ばさみで炉にくべていった。素材は次々にやってきた。私はひっきりなしに作業を続けた。するといつの間にか工房がおかしくなっていた。異常に廊下は長くなり、知らない部屋が増えた。ゼドゥラムに言わせれば赤子をイブリムに捧げ、力をもらっているのだという。訳が分からなかった。あの悪魔とゼドゥラムは何時しか通ずる様になっていたのだ。それから先の事はもう調べたのだろう?これ以上話すことはない」
「イブリム? 力? 何のことだ」
「おそらく“逸脱者”だろう」
答える様にアウルが口を開いた。
「逸脱者、イブリムを信奉し、己の欲のために常軌を逸した力を振るう者達。そのゼドゥラムという奴もその一人に違いない」
「初めて聞きました」
「当然だ、教会でもその名を知る奴は少ない。ティオバルト、こいつはお前の想像を超える事態になるかもしれんぞ。南へ向かえ、そこでこの事に関して調べるんだ」
南というと、大陸の南の地方だろうか。そこでは邪教徒の動きが活発だという。
アウルには後で詳細を聞くとして、ティオバルトは南に行く決心をした。そこには何者かが口を開けて待っているだろうが、あえてそこへ飛び込もうではないか。
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