第4話 青空とマグカップ、画廊に雨
「わぁ!すごい!」
「あんまり触るなよ。一応売り物だからな」
「はいっ!」
数日後、俺は
先週まで近所の美大の個展を開いていたのでちょっとは賑やかな感じだったが、それが終わると元通りのガランとしただだっ広い空間だ。
キョロキョロと物珍しげに画廊を見て回る青空に苦笑しつつ俺は奥の扉を開ける。
「ここが在庫室だ。店に出してない絵画とかが置いてある」
「沢山あるんですね。これ全部千景さんのなんですか?」
「この部屋にあるのは大体そうだな。で、こっちが預かり物や委託品とかだな」
隣部屋にはネットオークションに出している商品や買い手がついた絵画とかが置いてある。
昔みたいに態々足を運ばなくても買えるようになったとは便利な時代になったものだ。
「絵だけじゃないんですね」
「一応は画廊なんだがなぁ。いつの間にか伝手が出来て気付けばこんな感じになってたよ」
「へぇ〜わぁ!可愛いティーカップとかもあるんですね!」
「ん?ああ、そいつは頼まれ物でな。オークションで落札してきたんだ」
青空が指差してるのはマイセンの食器セットだ。
『雪』の常連のマダムに頼まれたもので……そういや届けないといい加減怒られそうだ。
「こっちは何ですか?」
「ああ、そっちは……」
在庫室の奥にある鉄扉を不思議そうに眺めて尋ねる青空。
ピンポーン。
「あれ?誰か来たみたいですよ。千景さん」
「ちょっと待っててくれ」
チャイムは裏口にしかつけていない。
それもこの店の裏に回るにはぐるりと回り道をしないと来れないようになっている。
つまりは一見さんはまず辿り着けないしチャイムなんて押さない。
「雨宮サン?いるカ?」
「なんだ?李さんか。どうしたんだ?こんな朝早くから」
「ちょっと急用ヨ、開けてもらってもイイカ?」
俺は青空の事を考えて少しだけ躊躇したがドアを開けた。
「こんな早くからってことはよっぽどの要件なのか?」
「そうネ、ちょっと力を借りたいネ……誰ネ?」
「ああ、この子は青空っていって……俺の助手みたいなもんだ。気にしないでくれ」
「雨宮サンの助手?」
李さんは訝しげに青空を見て俺を見る。
俺が黙って頷くと驚いた顔をして青空に向き直る。
「ワタシ李言います。雨宮サンにいつもお世話になってるヨ、よろしくネ」
「あ、はい!藍澤 青空です!よろしくお願いします!」
「うんうん、いい子ネ。雨宮サンどこで捕まえたネ?」
「そんなんじゃないって。話があるんだろ?奥で聞こう。青空、ちょっと待っててくれるか?」
「はい、分かりました」
俺は李さんを伴ってさっき青空に説明しかけた部屋に入る。
両方の壁際には机が並べられ様々な工具や塗料、顔料などが整然と置かれている。この部屋が俺の作業場だ。
「で、何だ?厳しいやつか?」
「そうネ、ワタシじゃちょっと手におえないネ」
そう言って李さんは大切そうに抱えていたジェラルミンのケースを開けて風呂敷包みを作業台に乗せる。
風呂敷を開けると縦横30㎝ほどの桐の箱が姿を表す。
箱には宛名書きが印されている。随分と古いものの様で、俺はそれを読んで……
「これは……おいっ!李さんっ!」
「そうネ、雨宮サンの想像通りヨ」
「マジかよ….…」
「京都のとある名家で見つかったヨ」
足利将軍家、それも義満公
「李さん、俺にこいつをどうしろと?いくらなんでも俺なんかが扱える代物じゃないぞ」
「ワタシだって無理ネ、だから雨宮サンヨ」
「仲介か?だが……」
「『雪』で当たってほしいネ。ワタシあの店入れないヨ」
「ああ〜そういやそうだったな」
5年程前、まだ李さんがこの街に来てすぐくらいの時に月子さんをしつこく口説いたんだっけ。
いやぁあの時は悲惨だったなぁ、心中では狙ってる連中はわんさかいるが、『雪』の姉妹には手を出さないってのが常連の間での暗黙の了解だったってのに……
「思い出したくもないネ」
「ははは。ありゃ傑作だったよなぁ」
「笑い事じゃないヨ、おかけで商売あがったりヨ」
「自業自得だな」
そのせいで李さんは常連から総スカンをくらい、ケツの毛まで毟り取られる程追い込まれたのは今となっては笑い話だ。
「あんまり当てにするなよ」
「そう言わずにネ。期待して待ってるヨ」
「でもよ、わざわざ現物を持ってくる必要あったのか?」
「信用の問題ネ、話だけで信用出来るカ?ワタシなら出来ないネ」
「李さんのそういうところ、俺は好きだぜ」
「ありがとネ」
李さんはそう礼を言ってから、箱を丁寧に風呂敷で包みジェラルミンケースにしまって帰っていった。
「待たせてごめんな」
「ううん。色々見てましたので退屈しませんでしたよ」
「そんなに面白いもんでもないだろ?」
「いいえっ!だって見たことないものばかりなんですよ!すっごい綺麗な絵とかピカピカの食器とか見てるだけで楽しいです」
「ははは、そうか?じゃあそのうちオークションにも連れてってやるよ」
「はいっ!楽しみにしてます!」
店の方は小綺麗にしているが、この在庫室はおもちゃ箱をひっくり返したみたいに乱雑で、色々な物が溢れかえっている。
一応それなりに値打ちのある物も多々あるのだが、いかんせん片付けてやろうという気力が湧かないのも事実だ。
どうやら青空は絵画よりアンティークの食器などに興味がある様子だ。
確かに女の子からすれば可愛いのかもしれない。
「何か気に入ったのがあったか?せっかくだしひとつプレゼントしてやるよ」
「え!?いいんですか?」
「かまやしない。どうせ委託品だしオークションで売るのも俺が買うのも同じだ」
「千景さんからの……プレゼント……へへへ」
「あ〜そんなに難しく考えるなって!」
「ふにゃっ!?」
青空の頭をくしゃくしゃっとして、俺は椅子に腰掛けて青空に選ぶように言う。
へへっと青空は舌を出して笑い、倉庫内を物色し始めた。
…………
「千景さん!これがいいですっ!」
「ほう?どれどれ……」
「こっちがわたしでこっちが千景さんのです!」
青空が持ってきたのは、ピンク色のマグカップと緑色のマグカップのセットだった。
ふふふ、青空くん、キミ中々見る目があるじゃないか。
「いいセンスだ」
「本当ですか!?やったぁ!」
「うん、そいつはファイアーキングってアンティークでな。中でもそのピンクは希少品なんだ。青空、お前いいセンスしてるぞ」
「えへへっそうですか?」
「ああ、まぁ値段的にはウン十万程だが、この中からそいつを持ってくるとは思わなかったからな」
「……ウン十万?そんなにするんですか?」
俺はざっと青空に説明をする。
fireーkingはアメリカンアンティークでも人気のブランドだ。
中でもオールドミルクグラスのピンクは希少品で、オーソドックスな緑色、ジェダイやターコイズに比べて非常に珍しい。
アンティークではないメイドインジャパンも出回ってはいるが、やはりファイアーキングはアンティークの方が味があるのだ。
「へぇぇ千景さん、詳しいんですね」
「そういえば言ってなかったな、俺の本職は陶磁器の修復なんだ。だから当然だな」
「修復?壊れたのを直す人ですか?」
「ああ、どうしても古いもの程ヒビが入ってたりするからな。そんなやつを直すのが俺の仕事だったんだが……気付いたらご覧の通り、何故か画廊なんてのをやってる」
修復の傍ら、絵画にも興味があったから色々と集めているうちに勢いあまってつい画廊なんてものをやり始めてしまったのがもう8年前か。
そのおかげで色々と面倒な事もあったが、それはまあ良しとしよう。
「千景さんてもしかしてすごい人なんですか?」
「俺がか?んな訳ないだろ?一般人だよ、一般ピープル」
「……どう考えても一般人じゃないと思います」
すごいかどうかは別として、確かに濃密な人生を歩んできているのは否定出来ない。
少しだけだ、少しだけ。
「さて、せっかく来たし店開けるか」
「え?開けないつもりだったんですか?」
「……あ、開けるに決まってるだろ?ははは」
「……じーっ」
いいだろ?別に。
開けようが閉めようが俺の気分次第なんだよ。うちは。
背中に青空の視線を感じつつ、俺は店を開けるために画廊へと歩いていった。
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