青空と雪に月、雨に雷

第3話 青空と雨、雪に月が綺麗な夜



 翌日。

 一緒に住むことにしたので、俺達はとりあえず青空はるの必要なものを買い揃える為に都心へと買い物に行くことにした。


 お金がないので遠慮していた青空だったが、俺の画廊でアルバイトをしてくれることを条件にすると、嬉しそうに頷いてくれた。


「千景さんはどっちが可愛いと思います?」

「う〜ん?こっち?」

「じゃあこれにします!」


 女の子と服を買いに行く機会など、ここ最近全くなかった俺としては非常に楽しい。

 青空があれこれと服を持ってきては、尋ねてくるのも見ていて全く飽きない。


 画廊の収益などたかが知れているが、他でそれなりに稼いでいるので軍資金にはまだまだ余裕がある。

 青空とあちこちを見て周り、服や靴に化粧品とかを買って回る。



「千景さんはどっちが好みですか?」

「……えて言うならこっち……かな」

「へへへ、千景さんは黒が好き、っと」

「敢えて言うならだっ!敢えて言うなら!」

「……千景さんは赤も好き、っと」

「こらっ!メモるんじゃないっ!」


 青空さんや?ランジェリーショップでぱんつを選ばされる俺の身にもなって下さい。


「だって千景さん好みになりたいじゃないですか」

「青空はそのままで充分だぞ」

「えへへ、そうですか?」

「お、おぅ。充分だ」


 周りの視線が少しばかり痛い。

 青空ははっきり言って10人が10人振り返るくらいの美少女だ。

 腰元まである艶やかな黒髪と目鼻立ちの整った顔立ち、花が咲く様な笑顔に抜群のプロポーション。

 そんな女の子が、男にぱんつを見せてどっちが好み?なんて可愛らしく聞いているのだ。


 同性だろうが彼女がいようが、殺意が湧くのは無理ないと思う。

 少なくとも俺なら「リア充爆発しろっ!!」と言いたくなるのは間違いない。


「これで大体揃ったか?」

「はい!ありがとうございます!千景さん」

「あ、そうだ、食器類とかも買わないとな。ホームセンターにも寄っとくか」

「はい!お揃いがいいです!」


 俺の腕をとって嬉しそうに笑う青空。

 むにゅっとした感触がダイレクトに伝わってきてちょっと何というか、気持ちいいじゃないか……


 ホームセンターで食器やその他諸々を買う。

 陶器類は荷物になるので全部家に送ってもらうことにして、俺達は少し早い晩ごはんにすることにした。


 部屋に帰ったところで冷蔵庫には缶ビールくらいしか入っていないし、今からスーパーに買い物に行く気もおきなかった。


「近くに知り合いの店があるからそこでいいか?」

「はい!お任せします」

「青空はこの辺の出身じゃないんだったか?」


 青空が生まれたのは結構遠くの県らしく、ここに来たのも本当に偶然だそうだ。


 素敵な偶然になりました、と青空は顔を綻ばせる。


 電車に乗って偶々降りた駅がここで、歩いていて急な雨に降られ偶々俺のマンションの軒下に避難した。そこに偶々俺が帰ってきた……と。


 えらく沢山の偶々が重なったものだが、人と人の出会いなんてのは案外そんなものかもしれないな。


 並んで歩くこと暫し。

 繁華街の少し外れの如何にも高級そうな店が並ぶ中に目的の店はある。


「なんか高そうなお店ですね?」

「安くはないな、まぁ見栄だ見栄」

「わたしは千景さんとでしたらどこでも良かったですよ」


 竹林に囲まれた料亭風の外観、のれんをくぐると石畳が続くちょっとした庭が入り口まで続いている。


「うわぁ〜ドラマみたい」

「うん、中々綺麗だろ?俺も気に入ってる」


 俺は青空を連れて入口には向かわずに別の方向に続く細い石畳を歩いていく。

 こっちは常連組しか知らない特別な部屋へと続く道だ。

 一見さんが間違えて入らないように、竹で作られた門を開けて進んでいく。

 突き当たりには同じ様に入口があり引戸を開け中に入る。


「久しぶり、月子さん」

「あら?雨宮さん?お久しぶりね」


 カウンターだけのこじんまりした店内には女将さんと常連の客がひとり。


「おや?雨宮君じゃないか」

「ご無沙汰してます、倉敷さん」


 倉敷氏は俺もお世話になっている某企業の会長で白髪の恰幅のいい老紳士だ。


「うん、そちらのお嬢さんは?」

「あ、は、は、はじめまして!藍澤 青空と申しましゅっ!?はうっ!」


 雨:噛んだ……


 倉:噛んだな……


 月:噛んだわね……


「ははは、そんなに畏まらなくても良い。雨宮君の連れなら大歓迎だ。なぁ?」

「ええ、もちろんですとも。さ、お席へどうぞ」


 ふにゅうと赤くなった青空を伴って席に座る。

 別に大人ぶった訳でもなかったけど、こういった店はちょっとまずかっただろうか。


「私がいると気を使うだろうし向こうに行くとするよ」

「すみません。倉敷さん」

「構わない。月子さん、また」

「はい、ありがとうございました」


 倉敷氏はそう言って店の奥にある扉から出て行った。


「大丈夫か?青空」

「は、はいっ、ごめんなさい」

「いいさ。俺もごめんな、若い子が行く様な店にはあんまり行かないから」

「いえ、ちょっと緊張しちゃって……ふぅっ大丈夫です」

「ふふっ可愛い子ね?雨宮さんとお付き合いされてるのかしら?」

「えっ?いや、その、あの……えと……す、素敵な人だと思いますけど……あの……」

「月子さん、あまりいじらないで下さいよ」

「ごめんなさい、つい、ね?」


 ホントに青空は見ていて飽きない。

 赤くなったり青くなったり、ははは、可愛いな。


「適当に出してもらえるかな?」

「ええ、お待ち下さいね」


 雪乃 月子ゆきの つきこさん、この店『雪』を双子の妹、耀子ようこさんと一緒に切り盛りしている。

 こっちの店に月子さんがいる時は、向こうの本店を耀子さんがやっている。その逆もしかり。

 雪の様に白い肌と大和撫子を絵に書いた様な和服が似合う美人で彼女達目当てに通う常連客も多い。


 パッと見た感じは月子さんも耀子さんも瓜二つで、俺も最近になってようやくどちらかが分かるようになったくらいだ。

 厨房からはトントントンと包丁の音がリズミカルに聞こえる。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 前菜は元より、小鉢に分けられた色々な食材を楽しむことが出来るのもこの店の人気の秘密だ。


「……美味しい」

「だろ?月子さんの料理は最高に美味いからな」

「ふふっ褒めても何も出ませんよ?雨宮さん」

「ははは、それは残念だ」


 小1時間程、ゆっくりと料理を堪能し俺と青空は席を立った。


「すごく美味しかったです!ありがとうございました!」

「お気に召して光栄ですわ。またいらして下さいね」

「はいっ!」

「じゃあ月子さん、また」

「ええ、あ、そうそう雨宮さん。東阪様が連絡を欲しいと仰ってましたわ」

「爺さんが?ふぅん、分かりました。連絡しておきます」


 ぺこりと頭を下げる青空を連れて俺は『雪』を後にした。



 …………



「「ただいま」」


 晩ごはんを食べた後、青空と夜の街をすこし歩いてから帰ってきた。

 8月も終わりになってくると夜が少しだけ肌寒く感じる。


「なんだかこういうのって憧れてました」

「こういうの?」

「はい、一緒にお出掛けして一緒に同じ家に帰ってくるんです。ただいまって一緒に言うんです。時間がゆっくりしてるっていうか……ああ、一緒に同じ時間を同じ場所で過ごしてるんだなって」

「うん、そうだな。あ〜、まぁ、その……なんだ、これから同じ時間を過ごすわけだしな……」

「千景さん……」


 リビングのソファに並んで座り、俺は青空の頭を撫でながら続ける。


「青空はさ、今まで色々と大変だったろ?だからこれからはその大変だった分、取り返さないとな。青空はまだ若いんだし時間なんて腐るほどあるんだ」

「はい……」

「それに……」

「それに?」

「それに、青空が帰ってくる場所はここだからな」

「!?千景さん……」


 おおぅっ!我ながら気障なセリフを吐いてしまった。

 だけど嘘偽りない俺の言葉だ。


「ありがとう……ございま……す」


 ぎゅっと抱きついてきた青空を受け止めて俺は思う。


 こういうのもいいもんだな、と。

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