第2話 雨のち笑顔、本日は快晴なり
昨日の土砂降りから一転して、翌日は快晴だった。
ソファでは青空が気持ち良さそうな寝息をたてている。
俺は青空を起こさない様にそっとシーツを掛け直して出掛ける用意をする。
一応仕事らしきものも──自営業だし1日2日閉めても何ひとつ支障ないのだが──あるから仕方ない。
テーブルにメモ書きとある程度の現金、それに部屋のカギを置いておく。
帰ってきて青空がいなかったら寂しい気はするけれど、それはそれで仕方ないことだろう。
「一応調べておくか……」
店に向かう途中、俺はどうしたものかと考えメールを一件送信しておいた。
…………
俺の店は都心部から少し離れた郊外にある。
ギャラリー『Del Sol』
小さいながらにも、その筋ではちょっとは名の知れた画廊だ。
赤煉瓦の倉庫を改装した店内は結構広く、つい先日まで近くにある美大の個展を開いていたが、今は何もしていないため若干殺風景だ。
オープンする時間も適当なら閉めるのも俺の気分次第。
半ば趣味と
当然ながら今日も昼までに来た客はたったの2人だし、特にやることもない俺は残してきた青空の事を考えていた。
事情は聞いた通りだろうが、このままってわけにもいかない。
下手したら未成年搾取みたいなので捕まると洒落にならないし……どうしたもんかねぇ。
コトン。
ギャラリーの新聞受けに何かが投函される。
俺はそれを取り店の奥の椅子に座って封を開ける。と中には一枚の便箋。
大きな声では言えないが表で捌きにくい商品を捌いていれば、ある程度裏の人間とも付き合いが出来る。
朝、依頼のメールを送れば大体が昼くらいにはこうして返事が来る。
何処の誰がここに封書を入れに来るのかは知らないし知るつもりもない。
俺はただ指定の口座に依頼料を振り込むだけだ。
「……なるほど……家出人の届けも出てないし、捜索願もなしか。あんまり良くしてもらってなかったみたいだし、いなくなって万々歳って感じなのかもな……」
ざっと目を通し終え、俺はあっさりと結論を出した。
うん、別にいいんじゃないか。
年も18だし問題ない。本人さえ良ければだが、うちに居ればいい。
幸い同じ階に空部屋もあるしな。
「よし!そうと決まればやることはひとつだ!帰ろう」
まだ3時のおやつの時間にもなってなかったが、俺はさっさと店を閉めて帰ることにした。
…………
まさか自分の家の玄関を開けるのに緊張することになるとは夢にも思わなかった。
ガチャ。
玄関には俺の靴の他に見覚えのある靴がひとつ、綺麗に揃えられ並んでいた。
「あっ!おかえりなさい!千景さんっ!」
「ただいま」
うおぅ……ヤバイ、ちょっと泣きそう。
ぱたぱたとスリッパの音をさせて出迎えてくれた青空を見て、不覚にも目頭が熱くなる。
帰ってきて誰かに「おかえり」なんて言ってもらうとは……
「早かったんですね?まだお昼過ぎですよ」
「自営業だからな、どうせ開けてても客なんかほとんどこないから」
「自営業なんですか?」
「ああ、小さいけど画廊をやってる」
「がろう?」
こてん、と可愛らしく首を傾げる青空。
一晩明けて髪も整えたのだろう。綺麗な黒髪がさらさらと流れる。
ついつい見惚れそうになりながら、俺は画廊について説明をする。
若い女の子からすれば画廊なんて全く縁のないところだろう。知らないのも無理はない。
「すごぉ〜い!千景さんは芸術家なんですか!カッコいいっ!」
「いや、まぁ、その……」
尊敬の眼差しで俺を見る青空。
それちょっと違うからさ、ごめん。
…………
「……なんかめっちゃキレイになってないか?」
「はい!せめてものお礼にと思ってお掃除しておきました!」
リビングは小ざっぱりと片付いていてキッチンなんてピカピカになっている。
もちろんバス、トイレもだ。
片付いている我が家を見るなんて、いつ以来だろうか。
自慢じゃないが俺の部屋はかなり広い。掃除するにしてもかなり大変だっただろう。
「あの、それで……千景さんにお願いがあって……」
「あ、俺も青空に言っておきたい事があるんだ」
「お願いします!ここに置いて下さいっ!」
「良かったらここに住まないか?」
「……え?」
「ん?」
俺と青空は顔を見合わせる。
「ぷっ、くくく」
「はは、はははは」
一頻り2人で笑い、俺は改めて青空に聞いてみる。
「一応このマンションは俺のなんでな、丁度同じ階に空部屋もあるし自由に使ってもらっていいぞ」
「え?空部屋?」
「あれ?だって今ここに置いてくれって……え?」
「わたし、この部屋にって意味で……」
「いやいやいや、流石にそれはマズいだろ?仮にも俺も男だぞ?ダメだろうよ!?」
「かまいません!……ダメですか?」
うっ、そんな顔で見るのは反則だと思うぞ。
潤んだ瞳で上目遣いをして俺を見つめる青空。
それじゃ断るのも断れないだろ?
「ダメってわけじゃないけど、どうなっても知らないぞ?襲うかもしれないぞ?」
「……千景さんなら……いいです」
「はい?」
「……千景さんならいいですっ!恥ずかしいから2回も言わせないで下さい!」
「あ、ごめんなさい」
えっと、青空?いいのか?
耳まで真っ赤にして俯く青空はそれはそれは可愛くて、すぐにでも寝室に運びたいくらいだ。
「まぁ、うん、じゃあ、よろしく?」
「は、はいっ!」
ありがとうございます!と俺に抱きつく青空。
青空は昨日渡した俺のジャージを着ているが……結構あるな。
フワッとシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
女の子特有の香りと混じり、何とも言えないいい香りだ。
…………
「この部屋は使ってないから自由に使ってもらっていいから」
「はい!ありがとうございます!」
「後は、そうだな。青空は何も持って来てないんだよな?」
「はい。家を出るときに全部処分してきたので……元々あんまり服とかもなかったからいいんですけど」
「そっか、じゃあとりあえず何か買いに行くか?」
「はいっ!えへへ、千景さんとデートです」
きっとこれが本来の青空なんだろうな。
屈託のない笑みを浮かべて俺を見上げる青空を見てそう思う。
「ところで俺の何がいいんだ?まだ出会って2日だぞ?」
「千景さんは優しいです!すごぉく優しいです!」
「お、おぅ」
「それに……」
「それに?」
またまた赤くなりもじもじとする青空を見て思う。俺の理性が保たなくなるのも時間の問題な気がする。
「……カッコいいです」
「そ、そうか?」
「はい……大人の男の人って感じで……」
「あんまり言われたことないけどな」
「だから、えと……拾ってくれてありがとうございます!」
「拾ってって……何だそりゃ」
「だってわたし行くところもなかったし、どうしていいのか分からなくて。何かもうどうでもいいやって思ったりして、そんな時に千景さんが声をかけてくれて……優しくしてくれて。そんなの……好きになるに決まってるじゃないですか……」
ぽふっと俺に身体を預ける青空。
やっぱり華奢で折れてしまいそうな細い身体を優しく抱きしめてやると、おずおずと青空も俺の身体に手をまわしてくる。
きっと青空は愛情に飢えているんだろう。
俺に対して抱いたのは恋愛感情ではなくて、父親に甘えるような、そんな気持ちなんじゃないだろうか。
この子を裏切れないな……。
それこそ高々2日だが、されど2日だ。
俺はそう思い青空を抱く腕に少しだけ力を入れた。
因みにその後、押し倒したりはしてないからな。
念の為。
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