国語課題:美味しかった食べ物を「美味しい」を用いずに説明しなさい

 私の短い畢生において、なかんづく、食したもののなかで、「舌鼓を打つ」という言葉にぴたりと合わさったとき、これをなんと形容したものかと、散々の逡巡の末に、すうっと頭をもたげたのは、

「ああ、きっとこれが心中というものなのだろう」

 という、単なる憶測であったことを先立って、断って、おかねばなりません。

 彼女は、日本限定ではありますが、非常に名高い存在であります。そんなあわれみ深さは深窓の御令嬢さながらにございましょう。その肌は鈍く、しっとりとした光沢をもち、その深い深い「中身」を少しとばかりに透かしているものですから、私は居ても立っても居られなくなって、その身体を黒文字で慎重に、断面を荒らさぬようにと、斬り進めていきます。すると、先程よりも「中身」へと近づいたように思われますが、しかしここで止めておきます。これ以上、彼女の「中身」が明け透けになってしまうと、そのいじらしさが一瞬のうちに散っていってしまいそうです。そして、いよいよ、黒文字でずぶと半分ほど刺し込み、口へと運びます。甘美な香りが漂ってきます。途端、私は彼女から洗礼を受けました。

「初めて、わたしを食べたら、きっともう二度と、他の雑多なもの全てに、お世辞のひとつもついてあげられなくなるよ?」

「いいんだ。ぼくは君を食べるために、朝食を抜き、神社を参拝し、炎天下、二時間店の前で並んで、ようやく、なんだ。それだけ、君のことしか考えられないで居るんだ」

「でも、わたし、食べたら一瞬のうちに消えちゃうよ」

「察しが悪いね。そうしたら、きっとぼくも君とふたり、消えていくんだ」

「どうして」

「君はぼくの一番だからさ」

 そうして、竹筒の皿から彼女は消えてなくなってしまいました。口溶けはどこまでもなめらかで、後味は、さっぱりしていました。これからぼくは、彼女の後を追うことになるでしょう。

 俗っぽく言うならば「しつこくない甘さ」でありました。

 人、これを「水羊羹」と云います。

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