夏の始まりがやけに侘しく思えて
歩いていると、泥くさくて噎せるようであるけれども、ぱあっと広がる斜陽の大きさにだんだんと胸が鎮まってゆく。こんなにも優美な橙赤色を見たことがあっただろうか、黒くくすんだ稲の頭上を湿った風が通り抜け、小川が宝石を詰め込んだみたいに瞬き、そうして、見返った彼女の唇が溶けだしてしまいそうなほど怪しげにゆれて、
「ねえ、暑いね」
「そうだね。もうすっかり、日も落ちたっていうのに」
そう言って、手を取り合って、無邪気に振るうと、影がぐにゃりと伸び縮みした。
「ああ、あついや」
「うん、すごくあつい」
陽が沈みだしてからも、途方もなく続く畦道をあつい、あついと繰り返しながら、ただ練り歩き続けた。懐中電灯の押し広げた道をちょこまかと辿り、いつしか虫の声も冴え冴えと鳴り響き、月も朧げながらに姿をみせた。
「もうすぐ君の家だよ」
「あっという間、だね」
前方で小さく並んで浮かぶ灯が、歩むたびにぐらりと揺らぎながら迫ってくる。ちょっと、握り直そうと指を離した時、ずいぶんとあたりが冷く感じられた。うだるような夜の畦道だった。
彼女の爪を撫で、五指をひっかけあい、笑みがこぼれ落ちる頃にはコンクリート塀に挟まれていた。
「じゃあ、また明日」
「うん。ああそういえばわたし明日バイトだから一緒に帰れないや」
「了解」
と敬礼をして、私は踵を返した。
星など少しも見えないからこそ、ずっといっぱいの星々が懸かってみえる、そんな、月光のふくらむ曇夜であった。
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