トビイリの宝物
背に、大きな音を聞きました。トロンとした液体がとびかかってきて、顧みて、私ははじめて人の死ぬのを見たのです。チョットばかしズレた眼の広がった瞳孔は右のがすこし大きく、その表面が陽の光をうけてとけだしてしまうようでした。そうしてその光はドコマデモ明瞭に私の目に爆ぜた臓物のどこかしらを、映し出してくれます。どだい、臓物だとわかるほどのカタチがあるわけでもないですし、解剖学の知見もないので、ヨオク目を凝らしてみて、アア、これはきっと肋骨みたいなのが突いているから肺だったのかな、ナンテくらいでした。私はこの沼のようなものに、なんの躊躇もなく引きずり込まれていたのです。
あんまりな光景だと、思いはします。ですが、私にはとりわけ気になるものがありました、それは、鬱乎たる竹林のなかに一本とばかり煌々と輝く竹をみたように、この赤黒い沼のなかに、真白く照った左腕をみたのです!……これだけの欠損があって、どうしてこれだけが浮くようにそこで輝いているのか、これは全くなにかの因果があってのものでありましょう。
ともかく、それを目にした途端に、この骸へ、ムラムラと巨大な昂奮がたちのぼってきたのです。思えば、脚だって、黒々と濡れたスカアトの上からではありますが、ぐるりと折れ曲がっているのがよくわかるではありませんか。その関節でひしゃげた青痣だらけの肌が、ツクリモノとナマモノとの狭間で揺れ動くのが、なんとも幻想的ではありませんか。スカアトの裾、膝のあたりから手を滑り込ませて、折れた骨の波々に這ってゆきながら内腿までもをまさぐって、確かな湿り気を感じた瞬間には私の満腔ははしたなくしとどになって震えておりました。口もまったく塞がりません、ヨダレがつうっと咢から伝っては、沼のうちに溶けこんでゆきました。そのとき、どこからか悪寒に背を撫でられました。
駆られました、エエ、一も早くここから去ってしまわなければなりません。しかしこの生臭いのに、私の足は全く動きません。それが、きっと因果だとでもいうのでしょう。
――そこからは、カンタンでした。砕けた関節に悲しくつながった管々を捻じってみると、ちいさく、破裂音があって、すぐにちぎれました。断面が、私は好きでなかったので、ジャージを被せてあげると、あたかもアカンボウのようで知らず知らずのうちに揺すってしまいました。笑うでもするみたく指の節々が踊っていました。思わず口づけをしてしまうほどに生爪は石竹色をして綺麗なのです。アア、思わずなんども息を吐いて頬に押し当ててしまいます、なんて柔らかいんでしょう……チョット細いので節が張るようですが、きめの細かいことこの上なく、張り巡った青筋の透かすのが蝋のようだとも思えました。
「……そういえば、まだ研究室にホルムアルデヒドが残っていたな……」
照り付ける陽光が、私の胸の内を穿って痛めつけるようでした。
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