吝獣

 あッと、ひとつ声を上げたショウジョの腹を突く。どこまでも広がる夏空と、生い茂るハラッパと、血の気を失ったクチビルの青さというのは、違うようでいて、けれどもみんなブキミなぐらい遠くに感じられます。名も、素性も、趣味も、好きな食べ物も……なにひとつ知らぬこのショウジョのことを、いちばんにわかってやれるのは、私しかおりませんから。

 ――重力にしたがってすとんと崩れるのを、抱いて、髪をなでてやると、日を浴びて酷く汗ばんでいるのでした。


 〇

「お前さん、そこのお前さん。どうしてか、そんなことをして楽しいか」

 ショウジョを抱えた私のことを呼び止める者がおりました。はて、いかにして気付かれたのでしょう。

「アア……ドナタかと思えば。私とおんなじ――」

「――おなじではない。己は、人間だ。そんなことを未だくりかえしているお前さんと一緒にされたくない」

「ハア。……どの口が、言うのです。その血肉にケガレタ口が、綺麗になるとでも。――牙をまるめ、テイモウし、どれだけリュウチョウに言葉を発せようが、私にはちっとも変っているように見受けられません。……においます、ああ、ぷんぷんと……」

「己はね、己はね、もう会心したんだ。――お前さんたちを駆逐することを呑んでな」

 彼はジャケットの内から刃をとりだして、コチラへ向かってきました。ビックリするほど、緩慢に。

「ヘエ、そりゃあ笑い話ですね。そんな野蛮なもの、振り回されて」

 それは単純な刺突でした。私はこれを右腕で薙いで、あいた腹に蹴りを入れてやりました。軽い。ボオルのように跳ねまわってごみのなかに埋まってしまいました。


 〇

 籠ノ中ニ、マタ、ショウジョヲ入レテ、私ハ涙ヲ流ス。

「どうしてこんな酷いことをするのですか!……わたくしはただ、御夕飯の買い物に出かけていただけですのに……」

「私ガアナタタチヲ欲スルコトト、アナタガタガ平生ヲ送ルコトトニ、イッタイ何ノ相関ガアリマショウ。カエッテ、私ニタテツイテ、狩ラレニクルヨウナ真似ナド決シテシナイデショウニ」

 ショウジョハ、タダ、泣キ喚クコトシカデキナイデイタ。カナシケレバ涙ヲ流シ、苦シケレバ喚キ散ラス、ソンナアタリマエノコトヲ、ハジラッテ、デキズニイタ者ガマタコウシテ赤子ノヨウニ素直ニナッテクレル……アア、素敵ダ……。

「アナタモネ、直ニアアナルノデスヨ」

 籠ヲ覆ッタ暗幕ヲ翻ス。

 ソコニハ、饗宴ノ晩餐ニナルベクシテ育マレタ、獣ガアッタ。

 

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