僕、じゃ、いけませんか

 雪など降っていないというのに、向かい風は、吹雪のようであった。普段、愛用の革手袋に収まっている筈の私の手は、引っ掻かれ、血のにじんだように紅くなりつつある。それをズボンのポケットに突っ込もうとして――しかし、中には猛獣が爪を研いでいるような気がして、ふと固まってしまった。

 そして耳から入り込んだ寒風が、頭の中を痛めつけ始めた頃、私の顰め面をアイロンがけするように、一言の告白が、重たく、私にのしかかってきた。

「僕、ゆーくんのことが好きなんだ」

 瞼はまもなく眼球に張り付いて、二度と閉じなくなってしまいそうだった。それが、ひとたびのうちに、ぱりぱりと音を立てるでもして、はち切れそうなほど、開いたのである。また、そのまま、凍り付いてしまうようでもあった。一度、荒れた口唇を舌で均してから、

「どういうこと、それは」 

 と問うてみた。どういうこともなにもない、それはただの好意でしかないではないか。しかし私は、どうしても、目先の、事実を、一度に受け止めるには、理解が無かったのである。阿呆面を隠すために俯くと、塩カルでぐしゃぐしゃになった雪からは、ぼんやりと『止まれ』という文字ばかりが透けていた。

「ゆーくんのことが……、とっても、好きなんだ」

 彼は、あだ名というものを、年不相応に使いながらも、それが、異様に落ち着いてしまっていた。

「私のことが? なぜだい」

「ゆーくんは、誰でもない、ゆーくんで、他の人たちとはまるで違うんだ。他の人たちは、まるで機械のようで、予測が出来てしまうんだ。けど、ゆーくんは、僕の予測とは全く違うことを言うんだ。それがとっても面白くて、一緒に居て、楽しいって思えるんだ」

「……そうかねえ。私も、ただの中学生に過ぎないよ。ときに、君はホモセクシュアルだったのかい」

「僕は……わかんない。女子も、男子も、別に好きなわけじゃないんだよ……。ただ、ゆーくんが好きなんだよ」

「……で、君の告白とは、どだい、単なる心情の吐露に過ぎなかったりするのかい」

「ゆーくんは――ゆーくんは、結婚ってしたいと思う」

「ええ、なんともわからないなあ。……まあ、とりあえず人並みには、と言っておこうか」

「そうなんだ……じゃあ、どういう人となら結婚したいと思う?」

「どうって……なんだい、それは乳房が膨らんだり縮んだりする不老の美女で、死ぬ時はちょっとのずれもなく一緒……とでも答えれば満足になるのかい」

「ねえ、真面目に答えてよ!」

「そんなこと言われてもねえ……まあ、程々の容姿で、家事がこなせるのなら、私は主婦として迎えてもいいかもしれないね」

「じゃあ、ゆーくんは、見た目が可愛くて、家事が出来れば、男でも関係ないんだね?」

「……確かに……そこで区別する必要は、ない……?」

「それじゃあ、結婚しなくてもいいってこと」

「そうだね、結婚は色々と面倒くさそうだ。別に一緒に暮らすだけでもいいと思うがね」

「じゃあ、もしも僕が、可愛いくて、家事もできたら、いいの?」

「……ま、まあそうなる……のか? ……ははは……」

 ようやく頭を持ち上げてみると、上っていた血が一気に下降して、視界が冴え、彼の顔立ちが良くわかった。並んで歩いていた筈の彼は、今、前に居る。

「……でも、人の見た目なんてすぐ変わってしまうから、表面上の可愛さなんてもの、必要ないのかもしれないね。相性、愛嬌、家事が出来る……ってので、十二分に主婦として歓迎するに足ることだろう」

 そう言うと、彼は、にかっと笑んで、自分の手袋をさっと取って、私の手を握り込むのであった。ぬるま湯につけたように、じんわりと熱が滲みてきた。

「ほら、僕だって、ゆーくんの手を温めてあげることができるんだから」

 しかし、私はどこか腑に落ちないのであった。この渦巻くものはなんであろうか。

 浮遊する私には、いくら取り繕ってみせようとしたところで、彼のこの強い気持ちには、真っ向からこたえることができないのだとわかってしまうと、申し訳が立たないのであった。






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