第283話 ペンギンマイスター

「遠慮なく、頂きます」

 

 イゼナらが来た時に既に準備されているのか会話をしていたら、チャイナドレスぽい服を着た美女がやってきてお茶とお茶菓子をすっと置いていく。

 彼女に会釈をするとぱああと頬を染め、俺には理解できない言葉で何事か応えてくれた。彼女の態度からしてホウライ語のお礼か何かだろう。

 ん、美味しい。

 何だろうこれ。抹茶とハト麦を混ぜた感じかな? 日本で飲んでいた抹茶やハト麦と少し味が違う。こう、独特の香りがするというか。苦手な香りではなくむしろ匂いを嗅ぐと安らぐ。ジャスミン……かも。

 味は抹茶やハト麦に思えても中身が違うことはままある。虫とか虫とか。

 虫でも何かの角を煎じたものでも構わないのだけどね。味が良ければ全てよし。


「改めてお礼申し上げます」


 ツインテールを揺らし静々と頭を下げるイゼナ。

 対する俺も会釈で応じた。

 毎度毎度深々と礼をするので、ちょっと戸惑ってしまう。

 余り畏まられても困るんだよな……とも思ったがホウライは聖教国ではない。習慣や礼儀作法がかけ離れていても不思議じゃないからな。

 これまでの街の雰囲気から、連合国と比べレーベンストックより更に文化が離れていると感じた。種族も角以外は人間そっくりだけど、別種族だからね。

 角のある種族が食べることができないものとか人間では見えない色覚を持っていたり……と構造が大きく異なる可能性が高い。

 色覚で思い出したけど、ペンギンは四色色覚なんだよな、地球だと。彼と会話していても色の表現が異なったことはないし、三色色覚なのかな?

 逆にアルルは猫みたいに夜目がきいたりするけど、色の見え方は人間と同じなような気がする。俺が認識している色は彼女も同じように見えているようだし。

 いや、彼女は超感覚ってギフトを持っていたよね。だから他の猫族とは違う可能性はある。

 ギフトや魔法がある世界なので、種族差もさることながら個人差も大きいのだ。

 ……よく分からなくなってきた。

 などと頭の中では別のことを考えつつも、彼女が広げてくれた地図をしっかりと見ている。

 ホウライから北へ数十キロいったところに大河が流れていて、雨季になると大河が氾濫するとのこと。

 他にも大きな川はないのか聞いてみたところ、大河――リャウガ川から太い支流が出ているのと、南東にリャウガ川より規模が小さいながらも大きな川――ミャウガが流れていると地図を示してくれた。


「川の氾濫がない時は水源も無くなるのでしょうか?」

「水源は小さな川から水を引いたり井戸水で賄うことができる地域も少ないながらもあります。しかし、多くは両大河頼りです」

「小さな川も雨季に雨量が少なければ厳しいのですか?」

「飲み水は確保できますが……」


 彼女の表情から察するに余り芳しくないらしい。

 雨季と乾季がある気候ってのは未体験だ。知識としては知っているけど、雨季と乾季がある地域も千差万別。下手に知識があるより何も知らない方が却って良いんじゃないかな?

 何事もポジティブだよな? な、ペンギンさん。

 彼に目配せすると、彼は嘴をパカンと開けて閉じた。

 あれは「ヨシュアくんなりの意見を述べてくれ」と言うことだな。俺がペンギンマイスターと呼ばれる日も近い。


「二つ、お願いごとがあります。そのあと、農場と野生動物の調査をさせて頂けませんか?」

「我が国に出来ることでしたら、可能な限り協力させて頂きます!」


 この後怒涛のお礼の言葉が来そうだったので、苦笑い……などおくびにも出さずに指先を2本立てる。すると、彼女が息を呑み、すっと口元を閉じた。


「一つは飛行船で空から地形の調査をさせていただきたいことです。気になる場所があれば降り立ち、詳細調査も行なわせていただけますでしょうか?」

「そこまで我が国に……ありがとうございますっ!」

「あ、はは。も、もう一つは私の元に食べられる植物、果実、根などを持ってきて頂きたいのです。自生するもの、育てているものどちらもお願いしたいです」

「承知いたしました!ホウライ中にお触れを出させていただきます!今すぐに!」

「ま、まずはジョウヨウと周辺の村で……遠方からですと伝達も運搬も時間がかかります」


 食いつきがやべえ。

 彼らにとっては生きるか死ぬかだから、さもありなん。

 対応策を練るにもまずは情報だ。霧の中を進もうとしても進む道さえ分からない。

 戦いとはまず情報収集からである。

 イゼナたちから聞くことも、もちろん行う。しかし、何を聞けばいいのか分からない状態ではどうしようもない。

 そのための地図だ。全体を見渡すことで見えてくるものもある。

 地図を見せてもらったけど、高低差は分からないし、木々が生い茂っているのか、崖があったりするのか、なんてことは全く分からない。

 山、川、平原、森、荒地……どのような地帯が折り重なっているのか、大河の氾濫が起こらなければ何故不作となるのか。

 地図作りはルンベルクとリッチモンドに任せる。待っている間、俺は俺にしかできないことをやっていれば無駄が無い。

 そう、植物鑑定ギフトを使ってね。

 

「必要なものがありましたら、何でもお申しつけください」

「ありがとうございます。作業をする場所を提供頂けますか?」

「もちろんです! 屋敷を準備いたします。ご滞在中、お使いください」

「助かります。今回は三日間滞在予定です」

「承知いたしました! 皆さんそれぞれ別々のお部屋をご準備すればよろしいでしょうか?」

「それでお願いします。……ペンギンさんは俺と同室で」


 話を振られたペンギンが「よお」とフリッパーをあげる。

 そういえば、シャルロッテもペンギンもいつもは口を挟んでくるセコイアまで何も喋ってなかった。

 いや、シャルロッテとセコイアは名乗りの挨拶だけはしていたな……。

 狐が喋らない原因は、お茶菓子だけどね。


「長旅にまでお連れするなんて、ヨシュア様は余程大事にされておられるので――」

『××! ××××!』

「……と、とんだ失礼を」


 イゼナの言葉を遮って割って入ってきたのは着流しの小柄な真っ赤な髪をした男――クレナイだった。

 彼はホウライ語で喋っていたから、何を言っているのか分からなかったけど、何を言わんとしているのかは何となく察する。

 ペンギンが一度も喋ってなかったから、イゼナは彼を俺のペットだとでも思ったんだろう。

 それを、駆け付けたばかりのクレナイが慌てて遮ったというわけだ。

 

「いや、私が挨拶もせずだったからだよ。見ての通り、この身はペンギンだ。ヨシュアくんのペットである方が自然だよ」

「大賢者様のお噂はかねがねお聞きしております! ヨシュア様と共に来てくださったとあれば、これほど心強いことはありません!」


 イゼナが顔を真っ赤にして深々と頭を下げる。

 ペンギンのことだ。何か考えがあってずっと黙っていたのだろうけど……聞かずとも何となくこうかなというのは分かる。

 俺はペンギンマイスターなのだからね。 

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