第282話 撫でポ、タイム

「お、おおおー!」

「見たことのない門構えですが威厳がありますね!」


 ジョウヨウ宮の門は既に開け放たれていたんだ。門番も左右の赤い柱のところで直立していたので、牛車を止めずに進むことには何ら支障がない。

 しかし、見事な門構えに居ても立っても居られなくなったんだよ。

 御者を務める騎士の人に無理言って「少しの間止めて欲しい」と頼んだんだ。

 なんか逆に「我々のジョウヨウ宮をそれほどまでに」と感動されてしまい恐縮ですよ。


 歓声を上げた後も「おお、おお」と何度か声が漏れる。

 中央が太くなった朱色の柱に、木と青銅を使った朱色の門。青銅部分が着色されていないので、そのコントラストがお寺で見たような感じがしてなんだか懐かしい。

 門からは左右に立つ五重塔に似た建造物と首里城を彷彿とさせる本宮が見える。

 すげえ!

 バーデンバルデンはエーゲ海や地中海東岸のような白い豆腐のような家だったのだけど、中華料理風のものがあった。ラーメンをフォークで食べるので、箸が欲しいな、なんて思ったものだ。

 セコイアじゃないけど、俺もこの街並みでどんな食べ物に出会えるか楽しみだよ。小麦が主食なので和風……は期待できないかも。

 牛車からチラ見はしたが、食べものの匂いしか楽しんでないのだ。

 後で立ち寄るぞ。時間を取るように調整しなきゃな。そんな時は敏腕秘書官のシャルロッテにお任せ……はやめだ。寝る時間も無くなる。

 斜め後ろでキリリとした瞳でじっと見上げる赤毛の牛乳娘をチラリと。


「なんじゃ?」

「いやいや、見てないから」


 間にセコイアがいたらしい。小さいから視界に入らなかったぞ。

 あ、見るからに不機嫌になってしまった。ふわふわ尻尾の先だけがピコンとしている時は、注意。


「そういやさ」

「なんじゃ」

「何か目についた食べ物はあった?」

「あからさまじゃな」


 誤魔化し作戦は失敗に終わる。

 ならば二の手を打つべし。


「は、はは」

「こんな白昼に……よいぞ。もっとやっていいぞ」


 頭をなでなでしたら、ご機嫌が戻った。ちょろい。しかし、やり過ぎると涎が出てくるからすぐにセコイアの頭から手を離す。

 彼女の目線が俺の手の動きを追っていた。猫みたいだ。


「ぬうう」

「撫でポタイムは終わりだ。他の人も見ているしな! わざわざ停車してもらったわけだしさ」


 セコイアの不満げな声に笑顔で返す。門番と騎士の前で大魔法使い様が涎を垂らすとあまりよろしくないだろ?

 俺は人知れず彼女の名誉を守ったのだ。


「朱色の塗料は何なのだろうね。やはり辰砂なのだろうか」


 フリッパーのパタパタがようやく止まったペンギンが一人呟く。

 朱色の顔料って連合国内にあったっけ。ジョウヨウみたいに家屋に使われている例は見たことがないな。似たような色の顔料は多分ある。バーミリオンって色名だっけか。

 オレンジより赤みが強い色……だったはず。こちらの朱色の方がより赤に近いんじゃないかな? 色そのものは同じで塗り方が違うだけかも。ガラムやトーレなら一目で分かりそうだよなあ。

 彼らに遠出することを伝えてもまるで興味を示さないから、今のところ国外へ行く際に彼らが同行したことはない。

 連合国では見ることができない建造物を見たら楽しんで貰えると思うのだけど、今度はこの辺をアピールしてみるとしよう。彼らにはお世話になりっぱなしだもの。少しでも寛ぐ時間を楽しんで欲しい。


「そろそろ戻ろうか」


 みんなに呼びかけ、再び牛車へ。

 そして、やってまいりました。ジョウヨウ宮は本殿。


「ほええ」

「色鮮やかでありますね!」


 ペンギンはジョウヨウ宮本殿の佇まいに無言で見つめているばかり。

 俺もなんか変な声が出た。まともな反応はシャルロッテのみ。

 狐は、食べ物じゃないから「ふーん」程度らしい。ここでルンベルクらと合流でもと思ったが、彼らのことだ、飛行船の見張りをしてくれていると思う。

 こっちにはセコイアがいるから護衛の必要はないと判断してるはず。

 こんな時、スマートフォンがあればボタン一つで連絡を取り合えるのだけど、ここではそうはいかない。次に何をするのか、をキッチリ伝えておかないと現場判断になるのだ。

 今回の場合は現場判断で問題無し。


 朱色の柱が両側に並ぶ通路を進み、ジョウヨウ宮本殿の離れという部屋に案内される。

 そこは茶会用の小屋? みたいな雰囲気があるところだった。茶会の小さな部屋ではなく、ここは広さがあるけどね。

 中は囲炉裏もなく、ふかふかのソファーと背の低いテーブルが置かれていた。特筆すべきものとして、ソファーの上にクッションが置かれていた。

 い、いや。クッションが目を見張るものなのではなく、材質が竹を編んでできていたんだよ。どうやらホウライには竹があるらしい。

 もしかしたら竹に似た甲羅を持つ亀とか虫かもしれないけどね。異世界は恐ろしい。砂糖だってイナゴから取れるんだぜ。

 他に変わったものとして、龍を模した置物や大きな水晶玉といった調度品がある。

 龍は細長いやつで、連合国や帝国では見ないタイプ……だと思う。俺が知らないだけで飛竜の亜種みたいなのがいそう。

 これ、触ったらまずいよなあ。

 などと考え指が伸びそうになっていると、パタパタと足音が近づいてきた。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません。心よりお詫び申し上げます」


 肩で息をする中華風の姫のような帯が長い衣装を纏った女の子が深々と頭を下げる。

 彼女の左右、後ろに控える官吏や騎士らしい人たちも半歩遅れて彼女に続いた。


「突然来訪したのはこちらの方です。にもかかわらず、騎士が駆けつけてくださいました。どうか頭をお上げ下さい」


 柔らかにできる限りふんわりとした声色と表情で彼女らに会釈する。

 彼女が頭をあげると垂らした髪もピコンと動く。

 彼女は艶やかな深みのある黒髪を左右で結び、下へと流していた。ツインテールぽくはあるが、中華風のツインテール? うまく表現できないぞ。

 歳の頃は俺より少し下くらいかなあ。彼女もまた街の人と同じように額の両側から角が生えているので、人間ではない。人間以外の種族となると見た目で年齢判断をすることが難しいんだよなあ。あくまで人間にすると、と考えて欲しい。

 ほらエイルとか。中高生かよって見た目なのに……あれ、何故か背筋が寒くなった。俺の考えを遠方にいる彼女が読めるわけなんてないのに。

 

「お心遣い、痛み入ります。初めまして、連合国のお方。私はイゼナと申します」

「こちらこそ。快く迎え入れてくださり感謝いたします。連合国のヨシュアと申します」

「ヨ、ヨシュア様……! クレナイよりお姿の特徴を聞いておりました。あ、あの賢公ヨシュア様、その人!」

「そんなに大層なものでは……」


 彼女だけじゃなく、周囲もとんでもない驚きようで、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えている人までいた。

 俺が自ら赴くのはよろしくなかったか? いや、ペンギンとセコイア、そして俺の三人で直接現地調査するのが一番効率がいいはず。

 ペンギンとセコイアに俺を足したからといって知識量が増えない? いやいや、忘れてないか。俺のギフトのことを。

 植物に関しては俺の右に出るものはいないのだ。

 

「クレナイは?」

「こちらに向わせます」


 イゼナと会話していたお付きの騎士らしき人が一礼してから、部屋を辞す。

 クレナイもここにいるのか。

 

「ヨシュア様。ここにいる者は全員帝国語を習得しております。飛行船なるものがあるとクレナイより聞き及んでおりましたので、すぐ連合国の使者だと判断できました」

「なるほど。流暢な帝国語ですね。まるで違和感がありませんでした」

「普段から帝国語を使うようにして忘れぬよう磨きをかけております」

「そうでしたか」


 ようやくイゼナも落ち着いてきたらしく、固い表情が柔らかになってきた。

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