第281話 言語
ひとしきり彼らと挨拶したら、「ジョウヨウ宮へお迎えにあがりました」とのことで、
「すぐに牛車を」と騎士が笛を吹く。
待つことしばし……予想外の生き物がやってきて変な声が出そうになった。騎士の手前、騒ぐわけにはいかないからな。表面上は平静をとりつくろい……。
「何だねあれは! 変わった牛? 馬だね」
「宗次郎、あれはピッポメラクルじゃ」
「ほほお。ヒッポグリフやヒッポカムポスとはまた違うのだね」
「ヒッポグリフはともかく、ヒッポカムポスとはなんじゃ?」
などとペンギンとセコイアのはしゃぐ声が聞こえてきた。なるほど、あの牛馬はピッポメラクルというのか。
ピッポメラクルは頭だけが牛で他の部分は全て馬という姿形をしている。サラブレッドより一回り大きいくらいなので馬にカテゴライズするなら中型ってところかな。
馬と言えば、日本にいた頃に俺が知っていた馬って競馬の馬――サラブレッドとあとはポニーくらいだったんだよね。こちらに来てからはいろんな馬の種類を見てきた。移動に、農業に、荷運びに、と馬が大活躍している世界なので、馬は身近な存在だ。
運動神経がお世辞にも良いとは言えない俺でさえ、乗馬をできるほど。
うん、慣れるまで人の倍くらい時間がかかったけどね。
八重歯を見せて狐耳を興味深げにピコピコさせているそこの野生児なんて、鞍だけじゃなく綱無しでも自由自在に馬を乗りこなす。俺は
ペンギンが言っていたヒッポグリフ、ヒッポカムポスというのは俺も知っている。
どちらも地球で語られている伝説上の生物で、実在はしない。
ヒッポグリフは頭が前半分が鷹で後半分が馬。ヒッポカムポスは前が馬で後ろがアザラシみたいなやつである。
どうやら、ヒッポグリフはこの世界にいるらしい。セコイア談。
ともかく、牛車に乗り入場門まで進む。ピッポメラクルとやらの速度は馬と変わらないんだな。
などと、初めて見たピッポメラクルの感想と興味もここまでだった。
「おおお」
思わず歓声をあげる。
それもそのはず。入場門にまで到着したからだ。
ここからなら街を覆う朱色の壁もつぶさに観察できる。
「あれは瓦かな?」
「そうだね、実に興味深い。地球とは異なる進化をしているから、似たような製品はあれど時代も地域性もバラバラだね」
そういうものなのか。
馬車にはペンギン、セコイア、シャルロッテに乗ってもらっている。馬車は割に広く、四人で座っても十分にスペースが確保できるほど。八人乗りってところかな?
しかし、セコイアは俺の膝の上だし、ペンギンは窓枠に張り付いている。
向かいに座るシャルロッテだけがちゃんと腰掛けているという状況だ。
飛行船の時と同じ配置と言った方が説明が早いかも。
セコイアがいればペンギンと俺の二人が護衛対象でも問題ない(ルンベルク談)。本人から聞いても半信半疑だが、ルンベルクからとなれば話は別である。
不測の事態が起こることは考え辛いけど、何があるかわからないのが世の中だ。いざという時は頼むぞ……よ、涎が垂れそう。大丈夫かな。
瓦に目を奪われつつもセコイアの垂れかけた涎を拭う。
ほう、俺にも分かって来たぞ。門をくぐると僅かに漂う料理の匂い。この匂いに涎が出てきていたんだな。
料理は俺も非常に興味がある。
しかし! 街中となれば、料理よりも目移りするものが沢山あるだろ!
「すげえー! なんか、古代中国の都みたいだ」
「様相は似ている、のかな。どちらかと言うと派生した国の様式に似ているかも、だね」
「ベトナムとか沖縄とか?」
「うん。地球と比べては無粋だったね、忘れて欲しい」
「俺の方から振ったんだ。気にしないで、ペンギンさん」
歩いている人は額から一本無いし二本の角が生えていて、髪色が赤色から黒の間。服装は俺視点だと違和感があるけど、不思議と街並みにマッチしている。
中華風、和風が入り混じった感じといえばいいかな。一式中華風の人もいれば、上下で別々、アクセサリーだけ……とバリエーションが多い。
街は入口門からそのまま大通りになっていて、これが広いんだ。ネラックの三倍以上、いや四倍以上の広さがある。ところどころに脇道があるのだけど、こちらは馬車一台分と少しくらいかな。 大通り以外の道はネラックより狭い。
道は舗装されていないものの、牛車がガタガタすることもなくスムーズに進んでいる。
雑草も生えてないから、大通りに関しては道がきちんと整備されているのだろう。
あと、家屋だよ、家屋!
漆喰を塗ったあとに朱色の塗料で鮮やかに仕上げているのかな?
全て平家で瓦屋根。長屋もあれば庭付きの家もあった。店舗は入り口が広い間取りをしていて、青色の暖簾がかかっている。文字が書いてあるけど、読めない。
「そうか。これだよ。異国に来た感がするのは」
「突然どうしたんじゃ?」
大きな声をあげた俺に対しセコイアは狐耳をペタンとして、迷惑そうに顔をしかめる。
そうだった。耳が頭の上側にあるから、膝上にお座りだと耳元で喋ることになるんだったな。いつも膝上だし、気にしていても仕方ない。嫌なら降りるだろうしねー。
さっきも歓声をあげちゃったし。
「バーデンバルデンの街並みは異国情緒に溢れていただろ?」
「ローゼンハイムとは装いが異なるのお。ここもそうじゃな」
「しかし、感動したのだが、異国感より観光地に来た気分だと言えばいいのか」
「バーデンバルデンは人間の数が僅かじゃし。まるで異なるじゃろ?」
「そう、風景は完全に異国なんだ。しかし、バーデンバルデンは文字が同じだったんだよ」
バーデンバルデンの話言葉は帝国とも連合国とも異なる。しかしながら、方言の域を出ない。関西弁と標準語くらいの違いだ。
共和国などの聖教国家も帝国語に近く、方言レベルになる。
文字だってそうだ。帝国文字と言われる文字を共通で使っているし、文法も同じ。
そんなわけで、日本の感覚からするとバーデンバルデンは国内旅行に近……くはないか。
習慣、文化はまるで異なるしなあ。
「言語と文字が異なる、でありますね!」
「うん。お店の暖簾を見て、おお、別の国に来たなあと思ったというわけさ」
シャルロッテの助け船に乗っかる。
狐耳は「そういうものかのお」などど腕を組んで偉そうに頷いていた。
分かっているぞ、セコイアよ。
さっきからチラチラと露天の料理を見ていることを。鼻もひくひくしているしな。
彼女って、食いしん坊キャラだっけ?
公国時代も辺境に来た頃もそんなキャラじゃなかった気が。
ま、まあ。彼女の側面を見れていなかっただけということで。
「ほら、ヨシュアくん!」
い、忙しいな。入れ替わるようにペンギンが興奮しフリッパーをパタパタさせている。
俺も大概叫んでいるけど、ペンギンもなかなかのものだな。
そんなこんなで目的地まであと僅かとなってきた。
※明日6/10に書籍版6巻発売となります。よろしくお願いしますー。
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