第265話 宴の席

「私がいたらお邪魔じゃないかね?」

「いや、この場はペンギンさんが一番だよ。このまま側にいてくれると嬉しい」


 「そうかね」といいつつ、食べ物をボロボロとこぼすペンギンはいつもの調子だ。さすがペンギン。人間時代にこういった立食パーティには慣れっこというやつか。テーブルの上にどんな料理が置いているのか一つ一つ確認する大物っぷりである。

 彼の背丈だとテーブルの上を確認することはできないので、一緒にいる俺が持ち上げようとするのだけど、近くにいた他の誰かが率先して彼を持ち上げてくれていた。俺だってペンギン運動の成果を見せる時だと思ってたんだけどな、残念、残念。


 台覧試合が滞りなく終了し、祭りも予定通り大盛況のまま幕を閉じる。訪れた人たちや街の人は今頃外や酒場でどんちゃん騒ぎだ。俺を含めた各国の賓客は、大きな屋敷に招かれ晩餐会とあいなった。

 この晩餐会は唯のお食事会ではない。各国の要人が集まっているのだから、政治的な社交場の側面がある。他国から取り決めの見直しなど、政務をより激しくするような要件が投げ込まれてこないか戦々恐々としていた。

 ……のだが、公国北東部で起こった未曾有の災害に対するお悔やみくらいで特段難しい何かを議論しようといった案件は舞い込まずで、杞憂に終わる。

 その代わりと言ってはなんだが――。

 ペタ。

 ペンギンの撒き散らしたヒクイトリの肉片が俺の腕の裾へくっついた。仕方ないなあもう。

 その時、トーガに独特の丸い帽子を被った50歳手前くらいの丸々とした男と目が合ってしまう。

 あちゃー。今度はあの人か。

 彼は人好きのする笑みを浮かべ、俺に挨拶をしてくる。


「ヨシュア様ではありませんか!」

「元老院の……」


 この独特のトーガに丸い帽子は共和国の元老院議員で間違いない。

 「はいはい」と合いの手を打った男が自己紹介を始める。


「覚えてくださり感激です。おっしゃる通り、共和国、元老院のラーニです!」

「ヨシュアです。共和国からもたらされるコーヒーをいつも楽しませて頂いております」

「そうでしたか! これはコーヒーの輸出量を増やさねばなりませんな。ヨシュア様の好む飲み物となりますと」

「そ、そうですか……」

「共和国でも、ヨシュア様のご高名は響き渡っておりますぞ!特に若い娘からの人気が凄まじいものです」

「は、はは。ありがたいことです」


 リップサービスを過分に含むだろうが、共和国とは今度とも深いお付き合いをしていきたいものである。聖教国家だし、両国の距離はあるが昔から共和国との繋がりは深い。

 彼らは大型帆船を多数持ち、遠く海の向こうまで交易をしている。共和国で最も大きな都市ジルコンには、世界中から交易品が集まり、見たことのない珍しい物がちらほらあるとか。

 飛行船があれば、ジルコンまでもそう時間はかからない。近くジルコンの市場を視察しに行こうかな。


 彼との挨拶が済んだところで、ほらきた。

 ラーニの後ろに隠れるようになっていた20歳手前くらいの青い髪の美女がドレスの端を摘んで頭を下げる。

 何度目だよ、このシチュエーション。しかし、こちらも慣れたもの。


「ヨシュア様に是非ともお目通りしたいと。妻の兄の娘シェルミラです」

「はじめまして、ヨシュア様。シェルミラです。お会いできて光栄ですわ」

「シェルミラさん。はじめまして。こちらからも一人紹介させていただきます。連合国が誇る一番の賢者ペンギンです」


 こうして、ペンギンを紹介し場を誤魔化すのだ。要人が国一番の賢者と聞いて興味を惹かれぬわけがない。

 ほら、令嬢ではなく議員の方が食いついてきたぞ。


「賢人は賢人を知る、ですかな。興味深い!」

「はい。私たちが乗船してきた飛行船も彼の知識があっての賜物です。もちろん、優れた職人たちがいてこそ形になるのですが」


 などと調子を合わせていると、つつがなく会話が終わるというわけなのだよ。

 こうして、次から次へとやってくる要人とセットの令嬢を巧みに回避し続けた。


 一通り食べて満足したらしいペンギンが上を向きゲフッと息を吐く。

 俺も彼に付き合ってそれなりに食べた。立食形式の晩餐会でまともに食べたのは久しぶりだ。どの料理も手が混んでいてとてもおいしかった。やはり食事会では食事を楽しまないとな、と心の中で頷く俺である。


「ヨシュアくんはモテモテだね」

「俺本人がモテているわけじゃないよ」

「そうかね。君の人柄無くしては各国のお嬢さんがお目通りに、なんてことにはならないと思うよ」

「は、はは」


 貴族性社会だけに大公という地位で年齢も20代半ばで未婚とくると……政略結婚の魔の手がいろんなところからやってくる。

 政略結婚が悪いとは言わない。むしろ、貴族位にあっては、政略結婚の方が普通だ。俺本人も政略結婚に嫌悪感もなく、むしろ好意的に見ている節もある。

 しかし、他国と政略結婚なんてしてみろ。次世代に地位を譲った後でも政務に駆り出されるぞ。

 絶対に、絶対にお断りだー!

 大人な俺はやんわりとさりげなく、攻勢をのらりくらりと躱す所存である。

 政略結婚相手で揉めて、他国と摩擦を起こしては元も子もない。それならまだ、幾人も公妃を抱えた方がマシである。

 そうなれば、のんびりできないことが確定だけど……ね。


「うおお。俺は何としても回避してやる」

「何か危機が迫られているのですか?」

「危機ってわけじゃ……結婚はまだまだはやいかなってね」

「確かに正妻となりますと、お悩みになられることでしょう。ヨシュア様、私は第二とも言いません、末席に加えてくだされば」

「え、う。エイルさん。失礼しました。とんだ発言を」

「いえ」


 口元に手を当て朗らかに笑うエイルが触覚をピコピコさせた。

 ペンギンだと思っていたら、まさかの彼女とは。発言には注意しないと……自分が喋りかけたつもりがなくても相手にとってそうじゃないこともあるからね。

 怖い怖い。


 さあてと、ぐるりと腕を回して場を誤魔化すためにペンギンを抱え上げようとしたら、すっとエイルが間に入ってしゃがみ込む。

 体を捻り上半身をこちらに向けているが、下半身は俺と正面にならないように気を払ってくれている。短いスカートだからだろう。

 ストールを持っていれば手渡ししてあげたいところだ。

 もちろん、持っているわけがないのだけどね。

 

「デザートかね」

「まだ食べられるの?」

「もちろんさ。エイルくんもどうかね?」

「頂きますわ。私どもアールヴ族が作る花の蜜のケーキはいかがですか?」


 華奢で小さな体だというのに軽々とペンギンを持ち上げたエイルは「こちらです」と俺を案内してくれるのだった。

 その足取りはまるで重さを感じさせない。

 彼女はセコイアとアルルの間くらいの背丈で、人間の男としては身長が低い方の俺の胸当たりまでくらいだ。だというのに……。まあいい、この先は何も言うまい。

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