第264話 展覧試合終結
先に動いたのはバルトロからだった。奇をてらうわけでもなく、真っ直ぐ進み、お手本のように上段から片手剣を振り下ろす。対するルンベルクは横向きに剣を構えてそれを受け止めた。
これを嚆矢としてルンベルクとバルトロの激しい攻防が行われるが両者は一歩も動いていない。あれほど激しい剣戟を剣だけで捌いているのだ。間合いも変えずに。
上から下から或いは横から、攻防は続く。
雲の上過ぎる戦いで、何が何やら分からんのは今に始まった事ではない。
なんだかバルトロの動きが普通というか、いつもなら破天荒な動きで相手を翻弄していたような。
相手がルンベルクだから?
「ううむ」
「バルトロが本気を出していない、とか考えておるのか?」
「バルトロさんもルンベルク様も全力」
「但し、武器が壊れぬように、じゃがな」
一人唸り声を出すと、セコイアとアルルが補足してくれた。木剣が壊れぬように戦ってるらしい。
お、バルトロが高く跳び上がる。
ルンベルクは上を向かず、下段に剣を構えたまま彼の動きを確かめようともしていない。
あれ? バルトロが剣を振わずそのまま着地してしまった。あの跳躍はフェイントか何かだったのかも。
彼の着地に合わせてルンベルクが上から剣を振り下ろす。対するバルトロは右脚を大きく沈み込ませ片足立ちの状態からルンベルクの胴を薙ぐ。
ピタリとルンベルクの剣がバルトロの額の前で止まる。一方でバルトロの剣はルンベルクの胴へ触れたところで停止していた。
剣を離したバルトロが自分の負けを宣言する。
今のはバルトロの剣の方が速かったからルンベルクが剣が当たる前に止めたんじゃなかったのか?
驚いたことにルンベルクも剣を捨て、「私の負けです」と告げ、騎士風の礼をした。
どうやら引き分け? らしい。理由がまるで分からん。
素人目にはバルトロが勝ったんじゃないかと思うのだけど、彼は真っ先に負け宣言したものなあ。
バルトロとルンベルクの二人が退場となったことで、一番戸惑っているのは残された最後の選手だと思う。
彼は武器を握ったまま、ルンベルクとバルトロを交互に見やり、どうしてよいか戸惑っている様子。
そこへバルトロがやってきて、彼の右手を掴み上へ上げた。
そんなこんなで残った一人の選手が優勝となって台覧試合が幕を閉じる。
◇◇◇
試合が終わり引き上げてきたルンベルクとバルトロは真っ先に俺のところへ顔を出してくれた。
「すまねえ、ヨシュア様。優勝できなくて」
頭をかくバルトロに「怪我なく終えればそれが一番さ」と返し、それを聞いていたルンベルクが号泣する。
もちろんちゃんと絹のハンカチを目元に当てて。
「二人揃って『負けました』にはビックリしたよ。二人とも思うところあってのことだから、俺から言うことは何もないよ」
「ヨシュア様……」
ルンベルクが絞り出すように俺の名を呼ぶ。
咎めるつもりなんて毛頭ない。
台覧試合で優勝することは個人にとって名誉なことだけど、国にとってとなると……別にどっちでもという気持ちなんだよな。無理して怪我してしまう方が問題だ。お祭りだから楽しんだ者勝ちだと思っているのは一国の為政者としては良くないことなのかもしれない。
だけど、これが俺なのだから仕方ないだろ、と開き直っているのだ。
「まあ、あれだ。ヨシュア様。俺とルンベルクの旦那の見解の違いってやつだ」
「見解?」
「おう。俺は実戦ならあの場で及ばなかったと判断して、ルンベルクの旦那は試合として判断したんだよ」
「へえ。二人らしいな」
対照的な二人の判断になんだかクスリときてしまう。
そもそも木剣が壊れないようにってところでまともな試合じゃないよな。
しかし、明らかに先にルンベルクの胴へ攻撃を当てていたバルトロの判断が不可解だ。もし真剣でやり合ってたらあの時点でルンベルクは大怪我を負っているはず。
あ、鈍い俺でも気がついたぞ。
ルンベルクの持つギフトがバルトロの判断に繋がったんだろ。我ながら冴えすぎて怖い。
ようやく落涙が止まったルンベルクがハンカチを仕舞い、一礼する。
「ヨシュア様のお考えの通り、私のギフトが関わっております」
「聞いてもいいかな?」
「是非、お聞きください。不肖ルンベルク、ヨシュア様にお伝えできぬまま痛恨の極みでございました」
「俺がちゃんと聞かなかっただけだよ」
ルンベルクのいつもながらの大袈裟さに、ちゃんと聞いとけばよかったと少しばかり後悔する。
彼が達人だと言うことは既に聞いていた。しかし、ギフトの内容がどんなものなのかってのはさほど俺にとって重要ではなく、彼の想いを気遣ってやれずにいたんだ。もう少し気が回っていれば、彼をやきもきさせることもなかったろうに。
一方のルンベルクは姿勢を正し、厳かに告げる。
「私のギフトは『
「すごいギフトじゃないか! バルトロと並び、護衛としてこれほど心強いギフトはないな。もちろん、アルルの感知もだよ」
「はい!」
右手をビシっとあげて満面の笑顔を浮かべるアルルにこちらの頬も緩む。
ちゃんとアルルのことも忘れていない俺なのである。さっきルンベルクのことで後悔したばかりだからな。
人に優しく自分に甘くが俺のモットーだ。ははは。
「ルンベルクのギフトを考慮し、あの胴への入り方だと有効打にならなかったと判断したんだな?」
「そんなところだ。旦那が剣を止めたが、あの場面で斬られていたのは俺の方だ」
「買い被り過ぎです。バルトロならば、躱すことができたはずです」
肩を竦めるバルトロに真顔のルンベルク。相変わらず対称的な二人である。
ん。そういえば、さっきからずっと黙って足をブラブラさせている膝の上の狐も強力なギフトを持っているのかな。
彼女は大魔法使いとか獣を統べる者とかカッコいい異名を持っているし。
「なんじゃ?」
「まだ何も言っていないのに、反応するとは」
「キミの視線はとても分かりやすい。ギフトの話をしておったから、ボクのギフトは何じゃろななんて考えておったんじゃろ?」
「うん、まあ、そうだな」
「ボクにギフトはない。残念じゃったか?」
「いや、そうなのかー、くらい?」
「なんじゃとおお!」
立ち上がろうとするセコイアの頭を両手で押さえて座らせる俺なのであった。
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