第257話 獅子王

 ――わあああああ!

 ――我らが獅子王!


 先程の大歓声とは比べ物にならない音量に競技場が揺れる。観客の大部分はバーデンバルデンかレーベンストックの各地から来訪した人たちだ。

 彼らが連呼している「獅子王」という人はレーベンストック出身なのだろう。

 大食い大会にも同郷の人はいたはずだけど、闘技大会の人気が段違いということかなのかな? 大食い大会の時の拍手とは比べ物にならない、闘技大会のそれはまさに万雷のごとし。


「獅子王という人は毎年のお祭りで出ている人なのかなあ」

「祭り以外でも闘技大会があるのかもしれぬの」

「なるほど。有り得る。年に数回やっているなら、闘士にファンがつくよな」

「うむ」


 俺の膝の上で両足をブラブラさせながら、セコイアが狐耳をぴこぴこさせる。

 ゲ=ララの乱入後に手を繋いでから当たり前のように彼女が同席していた。大食い大会を途中で抜け出す形になったけど、彼女は「ご馳走様リタイア」をした後だったから特に問題ないとのこと。

 リタイアした人は速やかに退出しても構わないルールがあったんだってさ。ちゃんと大食い大会のルールを確認しておけばよかった。


「噂の獅子王さんらしき人がいないな」

「この後?」


 今度はアルルが入場門を指さす。

 広場に入ることができる門が対角線上に二つある。司会の紹介が終わったらどちらかの門から出てくるのかな?

 ゲ=ララ事件で平謝りしている間に大食い大会のお片付けは終わっており、闘技大会開始のドラが鳴った。

 すぐにはじまると思いきや、司会の人が拡声器の魔道具をいじり顔を顰めている。機械ならぬ魔道具トラブルかな?

 スタッフらしいアールヴ族の人とうさぎ耳のローブ姿の人が出てきて拡声器の魔道具を交換している。

 さささとスタッフの二人が広場から立ち去った後、大音量が響き渡った。


『お待たせしました!我らが獅子王の登場です!』


 わああああ!

 大歓声と割れんばかりの拍手に迎えられ、ライオン頭の獣人が入場門から姿を現す。

 いかにもって感じでとても強そうだ。

 ガルーガと同じくらいの巨大にはちきれんばかりの筋肉。胸を覆うだけの革鎧に革のダンビラを装着していた。

 獲物は木製のバトルアックスかな?盾は持っていない。

 1.5メートルくらいのバトルアックスを軽々片手で振るった彼は観客に向け手を挙げた。

 落ち着いたその様子はまさに王者の貫禄である。


『対するは、夏の雪辱を果たせるか!? 犬族の勇者、ロウガ!』


 獅子王に負けぬくらいの拍手に迎えられ、大柄な犬頭の獣人が大剣を上に掲げた。

 獅子王より頭ひとつくらい身長が低いが、それでも2メートル近くあるんじゃないか?

 筋肉はついているが、獅子王のように膨れ上がりはちきれんばかりという感じじゃない。

 バルトロのようなボクサータイプと獅子王のようなパワーファイターのちょうど中間くらいかな。彼はバランスタイプと言ったところ。


 二人とも威風堂々で、木製の武器でもまともに喰らえばただじゃあ済まなさそう。

 木製だからといって侮ってはいけない。ガルーガのような偉丈夫がイノシシを棍棒で叩きつけたら一撃で絶命する。

 それを人に向けたら……ザクロのように。

 ぞおおっと熱狂する観客とは真逆に背筋が寒くなる。

 

「ヨシュア様?」

「つい、嫌なことを想像してしまって。心配かけたな」

「ううん。アルルが。ヨシュア様を護るから」

「いやいや。あの二人みたいなのに襲われたら全力で逃げようぜ」

「無理だよ。ヨシュア様。追いつかれちゃう。だから、アルルが。護る」


 そこ、アルルと真剣なお話しをしているってのに腹を抱えて笑うんじゃねえ。

 膝から落とすぞ。

 そうだよ。追いつかれる。確実に。

 全力疾走してとして、50メートル持つかも怪しいからな。は、ははは……。


「ヨシュアのことじゃ。斧と大剣を見て肝を冷やしているんじゃろ」

「そ、そうさ。危ないだろ。もう少し安全に戦うように考えた方がよくないか?」

「皆がヨシュアみたいなら危ないかもしれんのお。あやつらならせいぜい骨を折る程度じゃ」

「技術があれば大怪我はしないのか?」

「そうじゃの。実力に開きがあれば、ねじ伏せることができる。伯仲しておれば、大打撃を受けることはないじゃろ」


 そこまで言い切って、突然「ぷっ」とセコイアが吹き出す。

 じとーっとした目で彼女の後頭部を見つめていると、気配を感じ取ったのか彼女の狐耳がピクリと動く。

 

「ほら、そろそろ立ち会うぞ」

「誤魔化したな」

「そんなことないわい。決してヨシュアが危ないのおと言った手前、ヨシュアを例にしたのがまずかったなんて思っておらん」

「……観戦しようか」

「ヨシュア様。剣くらい振れるもん。セコイアさん! ダメ!」

「無理じゃろ。ナイフくらいならいけるんじゃないかの」

「……観戦しようか」


 同じ言葉を二度繰り返し黄昏ていたら、二人とも観戦モードになってくれた。

 いくら俺でも木剣くらいなら振れるわ! 斧や大剣は無理な自信があるけどな。

 

 無駄話をしていたら、闘士の二人はお互いの得物を突き合わせ一歩後ろにゆっくりと下がる。

 お互いに最上段に武器を構え、踏み込んで打ち付けあった。

 木製だからここまで音が聞こえてこないものの、そのまま武器が折れるんじゃないかと言うほどの振りの勢いだ。

 次に先手を取ったのはスピードのあるロウガと呼ばれた犬族の男だった。胴を薙ぐように大剣を払う。

 対する獅子王はまだ大斧を構えることもできていない。

 どうやって受け止めるのだろうと固唾を飲んで見守っていたら、獅子王は大斧を再び上段に構えたのだ。

 ドゴッと鈍い音が響いた気がした。

 まともにロウガの大剣を胴に受けた獅子王だったが、微動だにせず大斧を振り下ろす。

 まさかの攻撃にロウガは反応できず、大斧を受け数メートル後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

『勝負あり!』


 司会の声が戦いの終了を告げる。

 獅子王が勝利の雄叫びをあげ、観衆が「いいぞ!」と歓声をあげた。

 力業ってもんじゃねえぞ、これ……。

 倒れ伏していたロウガが首を振って立ち上がり、ふらつきながらも獅子王と握手を交わしていた。

 健闘を称え合う二人にこの日一番の拍手が送られる。

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