第258話 最弱でもいい健康が一番
お次は……組み合わせにギョッとする。
同じ国の人同士で試合をするんだったっけ。獅子王とロウガはどちらもレーベンストック出身ぽかったものな。
二回戦目の入場門に立つのは副長とバルトロだった。
副長は全身鎧に身を固め片手剣と盾を携えている。ヘルメットの下部を外側にくるんと曲げたような兜まで被っていて、見るからに重装備である。あとはマントがあれば、完全武装だな。
一方のバルトロは普段着のままで、肩に片手剣の腹を当てふわあとあくびが出そうな勢いだった。
相変わらずだなあ、バルトロは。彼の飄々とした態度にクスリとくる。
『連合国より参戦! 公国騎士団副長リンツとヨシュア様の庭師バルトロ』
「庭師?」と会場から声があがった。
「庭師ってあの庭師?」いやいや、「ヨシュア様のって言ってただろ? 近衞みたいなもんじゃねえの?」
困惑するやりとりが耳に届き、名乗りを指定しておくんだったと頭を抱える。
みんなには細かい事まで指示を出していなかった。こいつはバルトロに恥をかかせてしまったよな、後で謝ろう。
そんなバルトロであるが、中央まで出てきても剣をブラブラさせ緊張感がまるで見えない。
対する副長は膝を落とし体を斜めにしてしっかりと構えた。
二人は先程の獅子王とロウガのように剣をちょんと打ち合わせ一歩下がる。
「危ない!」
そう俺がつい叫んでしまうのも無理はない。
剣をダラリと下げたバルトロが無防備に前へ出たのだから。それでも副長は慎重だった。剣を振らずに、膝を落とし盾を構えてグググと力を込める。
力強い一歩を踏み出した副長がバルトロに向けシールドアタックを敢行した。
対峙するバルトロは右手の手のひらで盾に触れ――ひらりと空へ跳躍する。前方宙返りか。迫る盾の力を上へと変換したのかな? とんでもないセンスだ。
足が天の位置になった時にバルトロが剣を振るう。
副長の後頭部がしたたかに打ち付けられ、ガイイインと金属の鈍い音がする。
パタリと前のめりに倒れる副長。
『勝者バルトロ!』
ふええ。何だあの動き。
軽く混乱し頭を振る。と、アルルと目が合った。
「バルトロは襲ってこないよ?」
「お、おう」
彼女の斜め上の質問に対し曖昧な返事をする。ひとつ前の試合で彼女と「護る」とか何とかそんな会話を交わしたからかな。
「そう、気を落とさずともよい。アレほどの際物そうそう居らんわ」
「凄すぎて、どう凄いのか分からん」
セコイアが上を向きふふんと鼻を鳴らす。
苦笑し首を振ると、彼女の顔も曇る。
「ううむ。ヨシュアにとってはバルトロもアルルもボクも似たようなものか」
「そうだな。いいんだよ。俺は鼻から上しか役に立たないってセコイアも言ってただろ」
「事実じゃが。ひょっとして拗ねておるのか」
「素直に感心しているだけだって」
俺だけ弱いじゃないかと拗ねていたわけじゃない。憮然とした顔をしていたけど、感心したってことは事実だ。
でも、彼らの凄さがどれほどなのか分かれば、以前より強くなったりした時に褒め称えたりできるじゃないか。何も分からないから、「すげえ」しか言えん。
それでムスッとした顔になっていたんだよ。
ん、待てよ。当時の俺はビビッていたので他の人たちをじっくりと見ていなかった。朧気ながら思い出してみると、確かに実力差らしきものが垣間見えた時があった。
雷獣に会いに行こうと森に向かった時を振り返ってみると、ガルーガは重い鉄の棒を軽々と抱え長い道のりを息を切らせず歩いただろ。
俺? 俺のことはいい……何も持ってないってのに完全に息があがって休もうと画策していたとか今振り返っても赤面する。
そんで、地面に棒を突き刺す時に見せたあのパワー。
これらのことから、ガルーガのスタミナとパワーは尋常じゃないことが分かる。
一方で雷獣はセコイア曰く森の主みたいなものと言っていただけに強者みたいで、ガルーガも緊張した様子だった。
ところが、バルトロはいつもの調子で雷獣を前にしても特に動じた様子はなく、むしろ待ち時間が長くて欠伸をしているほど。
セコイアは雷獣と会話できるので、実力とは異なるかもしれないけどバルトロと同じで俺をいじって遊んでいた。
それぞれの反応から察するに、バルトロとセコイアの実力が頭一つ抜けているんじゃないかと推測できる。
俺たちは雷獣以外にも強者にあった。そう、覇王龍だ。
この場にルンベルクがいなかったから、彼にどんな反応を見せていたのか確認することができなくて残念だけど、覇王龍が唯一興味を持った人間がバルトロだった。彼は確かバルトロのことを「勇者」とか呼んでいたよな?
また、セコイアとは旧知の仲で覇王龍と並び立つ存在なのかもしれない。
覇王龍がアルルとエリーには興味を示さなかったので、彼女らよりバルトロの方が実力が上じゃないだろうか。
「ヨシュア様?」
「唸り声をあげてどうした? 本気で体を鍛える気になったのかの?」
「いや全く。俺はこのままでいいよ。は、はは。何かあった時は頼む」
最弱でもいい、健康であればな。俺の目標はカッコよくモンスターを討伐することではない。
昼間からハンモックで寝そべりかき氷で頭がキンキンするような、そんな生活だ。
戦いを終え、副長に手を貸し起き上がらせたバルトロがこちらに向けヒラヒラと手を振る。
両手を振ってバルトロと副長を称える俺に向けバルトロが親指を突き出す。
次の試合は筋骨隆々な獣人同士の対戦で、その次は紋章から判断するに帝国の騎士同士の戦いだった。
そろそろルンベルクかなあと思ってソワソワしていると、恐ろし気な猛獣の唸り声にびくっと肩を揺らす。
猛獣は二首の牛くらいの大きさがある黒犬で、俺の知識によるとオルトロスとか呼ばれているモンスターだと思う。
「あれ、やばいって。よく連れてきたな」
「あやつは火を噴くぞ」
「ほお。燃焼石要らずだな」
「ペットにするかの?」
「全力でお断りだ。うちには火を噴くかもしれない爬虫類がいるし」
対するはシャルロッテか俺くらいの細身の人物だった。鎧は着ておらず、公国や帝国では見ない民族衣装を身に纏っていた。
前世の知識から形状を述べると、赤い鮮やかな着流しの下を胸から腰にかけて包帯でグルグル巻きにしている。
着流しと同じく鮮やかな朱色の髪はロングボブくらいで、頭から一本の三角形の角が生えていた。
あんな種族もいたのか。竹竿のような長い棒を下段に構えた姿が様に成っている。
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