第256話 ニクニク

「お、はじまった?」


 出場者全員が一斉に肉へ手を伸ばす。

 こちらの世界で大食い大会を見るのが初めてだから、どんなものかとワクワクしていたのだけど……。

 そのままかよ! 誰か切り分けてやるとかじゃないのか。


「野性的ってもんじゃねえぞ……」


 テーブルの上には肉の丸焼きが並べられていた。大きさは一抱えほど、横幅にして1メートル半くらいかな。とにかく大きい。

 宴の席で丸焼きが出て来ることはそう珍しくはない。野営で野生動物を狩猟して食べる、とかなら血抜きをして内臓を除いてから丸焼きにすることが多いと聞く。

 空いた腹の中に香草を詰めたり焼けた石を詰め込んだりして手の込んだ丸焼きってのもあったりする。

 公国では丸焼き料理のレパートリーも豊富だ。

 宴席だとインパクトもあるし、匂いと目で出席者を楽しませてくれる。

 しかしだな。切り分けもせずにそのまま皿の上に乗って食べるなんてことはないんだよ!

 手づかみで豪快に食べるなんて、あのサイズの丸焼きでやるとは思わなかった。

 いや、野性的なのは丸ごとそのまま出したことではないかもしれん。小さいながらもナイフとフォークが準備されているから、出場者が自分で切り分ければいいんだ。

 

「ニクニク」


 一方、足元で壊れたスピーカーのように同じ言葉を繰り返す爬虫類の口元から唾液がポタポタと垂れている。

 あれ、何の肉なんだろうな。

 おっと、肉の丸焼きの野性味あふれ過ぎる食べ方に引いているのもこの辺にしておこう。

 我らがセコイアを応援せねば。

 双眼鏡を手に取り、倍率を調整。

 もうちょっとかな。よし、これでバッチリだ。

 テレビ中継で見るかのように双眼鏡越しにセコイアの様子がつぶさに観察できるよううまく調整できた。

 

 セコイアは両目を閉じ白いナプキンで口元をぬぐっている。何だか大物感ありありの態度だけど、時間制限のある大食い大会でそれでいいのか。

 いや、彼女が楽しんでくれればそれでいい。俺たちは勝ちにきているわけじゃないからな。

 「国の命運がかかっている!」くらいの本気度だったら、小柄なセコイアを出場させるわけがない。

 口元からナプキンを離し、静かにテーブルの上に置く。

 カッとセコイアの目が開いた。

 小さな手で丸焼きの足を掴むと、大して力を入れているように見えないというのにあっさりと足がもげる。

 そこへ豪快にかじりつくセコイア。

 口も小さいから時間がかかるよな。うん。


「え……」


 な、な、どうなってんだ?

 ビーバーが木を齧るかのごとく、一回で口の中に入れる量は少ないのだけど咀嚼が異常に早い。

 齧ってその場で出して、また齧ってんのかくらいの速度である。

 この速度なら、他の出場者に引けを取らない。どころか、一番速いくらいかもしれん。

 

 あっという間に引きちぎった足の部分を完食したセコイアは、先ほど机の上に置いた白いナプキンに手を伸ばす。

 口元から八重歯を出した彼女の顔は自信に満ちている。

 ひょっとして、これならいいところまでいけるんじゃ?

 たっぷりと時間をかけて口元の油を拭ったセコイアが、汚れたナプキンをテーブルの上に置き――。

 手を合わせ、満足そうに頭を下げた。

 

「え、えええ」

「満腹?」


 肩透かしを食らい、変な声が出てしまう。

 隣に座るアルルがコテンと首をかしげ、目をぱちくりさせた。

 

『おおおっとおおお』


 そこで大音量の司会の声が響く。

 彼の声と重なるようにして会場から大きなどよめきが。

 余りの音量に顔をしかめつつ、広場へ目を向ける。

 

「……」

「ヨシュア様?」


 俺は何も見てない。見てないんだ。

 優雅に食後の紅茶を飲んでいるセコイアしかいない。謎の爬虫類が肉に齧りついているなんてことは気のせいだ。

 いや、百歩譲ってトカゲが乱入してきてセコイアの前にある肉を喰らうハプニングがあったとしても、足元にいる爬虫類とは別物である。

 足元に目を向けると、唾液でできた水たまりがあった。

 うん、ちゃんと唾液がある。

 

「何やってんだあああ! アルル、回収しに行くぞ」

「うん!」

「ちょ、待って」


 止めるのが間に合わず、アルルがひょいっと手すりから飛び降りてしまった。

 ここは二階席なんだけど……。

 彼女はふわりと地面に足をつけ、よろめくこともなくてくてくとセコイアの元へ向かう。

 三歩進んだところで、彼女の耳と尻尾の毛が逆立ち回れ右した。

 俺と目が合った彼女は、右脚を踏み出して跳躍する。

 

「ごめんなさい」


 音もなく俺の隣に着地したアルルはしゅんとなって頭を下げた。

 

「わざわざ戻らなくてもよかったのに」

 

 彼女が謝罪した意味がよく分からいまま、フォローを入れる。

 すると、猫耳をペタンと頭につけた彼女が思っても見ないことを口にした。

 

「アルル。ヨシュア様を護らないと、なのに」

「そういうことか。じゃあ、一緒に階段を降りよう」


 にこっと微笑んでアルルに右手を差し出すと、「うん」と頷いた彼女が俺の手を取る。

 階段は最後尾にあるんだよな。

 アルルが飛び降りて、また戻ってくることに対してなのか、先ほどと同じくらいのどよめきが起こっている。

 聞こえない。何も聞こえない。

 

 ブンブン首を振っていると、開いた方の左手を誰かが掴んだ。


「猫娘だけはずるいのじゃ」

「どっから来たんだよ」

「この程度、飛び越えられぬとでも思ったかの」

「……もう何も言わないよ……。戻って来るならあの食いしん坊爬虫類も連れてきてくれよ」


 俺の左手を両手で握りしめ頬ずりするセコイアに対し、呆れたように返す俺なのであった。

 この後、会場まで出向き、「うちのペットが無礼を」と平謝りしたのは言うまでもない。

 その際に競技場内の飲食について確認したところ、飲み物は大丈夫だと分かる。

 貴賓席に限り食べ物も問題ないと言ってくれたが、特別扱いかもしれないので曖昧な笑顔で返しておいた。

 ゲ=ララに肉を与えていれば乱入することはなくなるけど、招かれた立場で一人だけ例外ってのはよろしくない。

 大食い大会は無事終わったし、食べ物が広場に出てこなければ問題ないか。

 

 全く、恥ずかしいったらありゃしない。全ては俺の監督責任なわけだけどな……。

 ペットの責任は飼い主にあるのはこの世界でも同じだ。


 ゲ=ララ乱入事件の後処理をやっていたら、あっという間に時間が過ぎてしまってメインイベントである「闘技大会」が始まりそうになっていた。

 ルンベルクたちの活躍を見なきゃな!

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