第255話 いざ大食い!

 バーデンバルデンに訪れたのは二回目になるのだが、街の様子を把握しているわけではない。

 せいぜい、植物鑑定のために訪れた広場とそこに至るまでの道を朧気ながら覚えているくらいである。

 マッチ箱のような四角くて真っ白な漆喰が塗られた家は異国情緒に溢れ、俺の目を楽しませてくれた。確かに見るだけで「いいものだなあ」と感動したのだけど、同じような景色が続き自分がどこにいるのか分からなくなる。

 といっても、観光に来たわけじゃなく、賓客として祭りに呼ばれたため案内人が付き添ってくれていた。

 俺は一緒に行動するアルルと彼女が胸に抱く爬虫類と「おおー」と建物や露店を楽しんでいると目的地に到着する。

 全員でぞろぞろと行こうかと思ったのだけど、ルンベルクの勧めで別行動となったのだ。

 「ご安心ください。御身はアルルが必ずや守護いたします」なんていつもながら過剰な言葉を彼から受け、はははと苦笑する一幕もあったりした。

 別行動にしたのにはきっと理由がある。そうは言っても、バルトロ、ルンベルク、セコイアの三人は祭りのイベントに参加するのだけどね。

 そうそう。俺を含めた辺境側の人間は飛行船で来たのだけど、公国側の出席者もいる。彼らは先だってレーベンストックに入っており、夕方ごろに宿で落ちあう予定だ。公国側の出席者は大臣が二人と騎士団長に副長の四人だけになっている。

 騎士団長と副長はバルトロとルンベルクと同じ闘技大会に参加する予定だ。

 

「お、あそこでお祭りをやるのかな?」

「開会や大会は『競技場』で行います」


 古代ローマのコロッセウムにも似た建物を指さす俺に向け、猫頭の獣人が言葉を返す。

 猫頭の白銀の耳とアルルの虎柄の耳が同時にピコピコ動く。

 そんな二人の様子に自然と頬が緩んだ。


「ゲ=ララ。到着するまでそのまま大人しくしておいてくれ。もうすぐだから」

「オマエ、オレをペットか何かと思っテいないカ?」

「そんなわけないだろお。ははは」

「アルルが、シャルさんの代わりにちゃんと。見るから! ね!」


 ぎゅっとゲ=ララを抱きしめるアルルに毒気を抜かれたのか、ゲ=ララはぎょろりとした目を閉じぐてっと体の力を抜く。

 シャルロッテは残念ながらお留守番になったんだ。領地に彼女がいてくれると安心感が段違いだからな。

 致し方あるまい。

 官僚組織が整っている公国側と異なり、辺境側は人材の育成途上だ。俺が隠居するためにも新たな文官たちには頑張って学んで頂きたい。


 そんな俺たちのやり取りを静かに見守っていた猫頭は、ルビーのような瞳を細め思い出したように言った。


「他国の方も到着し始めていると思います」

「そうですか。ご挨拶がまだでした」

「ご挨拶の場は設けさせて頂いております。我らが族長らともその際に親交を暖めてくださりますと幸いです」

「もちろんです」


 別の場所を準備してくれた方がありがたい。祭りは他国の俺たちの社交場ではない。祭りの主役はバーデンバルデンの街の人たちであり、大会に参加する人たちなんだ。レーベンストックから招かれたとはいえ、国際会議を行うために来たわけじゃないからな。

 祭りは祭りとしてまず楽しまないと。


「ニクニク」

「後で。ね!」


 再び目を開いた爬虫類が何やら呟いていたが、アルルが相手をしてくれているようだった。

 置いてきてもよかったんじゃないかな。こいつ……。

 覇王龍の名代だから、俺が遠出する時には連れて行った方がいいと思って連れてきたのだけど、覇王龍は一度たりとも何かを伝えてきたわけじゃないんだよね。

 ダイナマイト型魔道具で魔素を発散させた後とかはさすがに何か一言くるかと思ったが、何もなかった。

 セコイア曰く、ちゃんと覇王龍は見守っているとのこと。超生物が考えることは分からん。

 俗世のことには興味ないと言いつつもチラチラ見ているのかね?

 あと、肉はスタジアム……じゃなかった競技場の中では出ないと思うぞ。

 

 ◇◇◇

 

 レーベンストックは様々な種族が集まった部族国家と呼ばれていることは認識していた。

 だけど、祭りの開会式で行進していた各部族の数は優に20を越えていることに驚く。

 猫族や犬族といった俺が認識している種族以外にも、いろんな動物の耳や頭を持つ種族がローブ姿か鎧姿で登場したんだ。

 衣装はそれぞれの部族お任せになっていると案内役の猫頭が説明してくれた。

 中には民族衣装らしきものを身に纏った種族もいたりして、衣装を見ているだけでも楽しめるってものだ。

 競技場は古代ローマのコロッセウムと似た作りをしていて、楕円形の広場をぐるりと取り囲むように観客席がある。

 観客席は三階建てで、俺たちが案内された席は二階の中央部分と最も観戦に適した場所だった。

 なので、彼らの行進する姿をつぶさに観察することができて大満足である。首から下げていた双眼鏡もここぞとばかりに大活躍したことは言うまでもない。

 

 行進の後は、犬族の族長が開会の挨拶をしたのだけど、マイクを使ったように声が響き渡ってまたも驚愕した。

 拡声器の魔道具ってあったんだっけ? 俺も演説をする時にはあの魔道具を取り入れようかな。

 領民がせっかく集まってくれても、端っこの方の人はきっと聞こえていない。拡声器があれば、隅々までハッキリと聞こえるようになるよな?

 そこまで考えて、やっぱり止めといた方がいいかもと思いなおす。

 ほらさ。声が大きくなると、歓声も大きくなるような気がして。今でも絶叫レベルに声を張り上げている領民たちが更に声を張り上げてしまったら、過呼吸で倒れる人が続出しそうだもの。

 

 なんてことを考えていたら、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。


「そろそろ?」


 いつもなら後ろで控えるアルルだったが、立つと後ろの人から広場が見えなくなってしまうので隣に座ってもらっている。

 そんな彼女がこてんと首をかしげ、尋ねてきた。


「だな。大食い大会だっけ」

「ニクニク」


 応じる俺の声に足元で寝そべる爬虫類が声を重ねてくる。

 ゲ=ララも参加登録しときゃよかったかな? 匂いからして料理は肉っぽいからお望み通りたらふく肉を詰め込めるぞ。

 どんな料理が出て来るのか判断がつかなかったので、登録を控えたんだよ。

 もっとも、ペットが登録可能かを確認していないから、お断りの可能性もある。

 

「ええっと、セコイアは……」

「あそこ」


 アルルの指さす方向へ目を向けると、いたいた。ピンク色が遠目でもよく目立つ。

 あんな小さな体で「大食い大会に出たい」と言ってきたものだから、渋ったのだけど……本人の希望だからなあ。

 俺たちが登録したのは闘技大会と大食い大会の二つ。

 彼女以外の登録者は闘技大会に出場予定だ。

 

 出場者の並ぶ長いテーブルの上に一抱えほどもある肉の丸焼きが並べられている。


「一つを完食するのも無理なんじゃないか……」


 肉の大きさに思わず声をあげた。セコイアの小さな体にあの大きさの肉が入りきるとは思えん。

 無理せず腹いっぱいになったところで、ギブアップしろよ。

 

 ピイイイイイ。

 そんなこんなで、開始を告げる笛の音が鳴り響く。

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