第254話 クッキーボロボロ

 エイルが来たところで、ルームサービスを頼み紅茶を運んでもらうことに。


「噂の賢者様がこのような愛らしいお姿とは驚きました」

「賢者……私はそのような大層な者ではないさ」


 上品に顔を綻ばせるエイルに対し、恐縮したように右のフリッパーを上にあげるペンギンだった。

 彼らの中身を考慮せずに映像のままだと、幻想的な少女にアデリーペンギンがパタパタしているというシュールな光景である。

 一方は絵本でもう一方はリアルな写真といった感じで、なんともまあちぐはぐに見えた。

 セコイアはともかくとして、ペンギンに同席を頼んだのは俺だ。もちろん、彼を呼んだのには理由がある。

 エイルとセコイアに挟まれ、苦慮するかもしれないからという理由ではない。

 俺だって海山千万の荒波を乗り越えてきた大公なのだ。彼女らと談笑することは苦にもならん。

 エイルは賓客だから、ある程度の礼節を持って接するから多少は気を使うけど、セコイアは気心知れた仲だしさ。俺が気に病むところは全くない。

 

「エイルさん、一つお聞きしたいことがあります」

「どのようなことでも。ヨシュア様にでしたら触覚のことでも包み隠さずお話しいたしますわ」

「触覚……その頭からぴょこんとしている?」

「見つめられますと……」


 黄緑色の触覚をくてっと下げてエイルの頬が朱に染まる。

 恥じらう彼女の姿を初めてみたので、ドキリとした。アールヴ族にとって触覚って何か特別な意味でもあるのかな?

 触れたいような触れたくないような。

 しかし、彼女らにとって恥ずかしがるようなことだと、聞き辛い。

 ……いやいや、触覚について尋ねたかったわけじゃないだろって。彼女の仕草についつられてしまったけど、話を元に戻さなきゃ。

 

「触覚はまたの機会で……」

「そうですか。私としましても、ヨシュア様と二人きりの時の方が……」


 狐の視線が痛い。エイルに何かしたわけじゃないだろうに。

 ペンギン? 彼は大人なので自分の領分以外では口を挟んでこない。もっとも……先ほどからクッキーをじーっと見つめているので、そもそも俺とエイルの会話を聞いていないかもしれん。

 

「アールヴ族の族長をされているエイルさんでしたら、様々な種族について見識があるのではないかと思いまして」

「レーベンストックには多数の種族がいます。……ふむふむ……分かりましたわ」


 ふむふむと言いながら指先を口元に当てる人を初めてみた。

 いつも上品な口調を崩さないエイルが砕けた言葉を挟んできたことに少し驚くと共に、本来の彼女はこんな感じなのかもとも思う。

 俺の前だから族長としての立場がある。

 それでも、堅苦しくならぬように配慮してくれているのだけれどね。

 

 緩みそうになる頬を引き締めつつ、クッキーを手に取りペンギンに向けてひょいっと投げる。

 見事にペンギンの開いた口の中にクッキーが吸い込まれていった。

 喉の奥に入ったと思ったクッキーをバリバリと咀嚼する音が聞こえてきて、嘴の間からぽろぽろとクッキーの欠片がこぼれ落ちる。

 どういう食べ方をしてもこぼしてしまうんだろうか、ペンギンは。

 

 ちょうどその時、唇から指先を離したエイルが自分の考えを述べる。

 

「お二人ともこれまで私が見たことのない種族です。聞いたこともございません。きっとお二人は精霊や神獣のような尊いお方なのではと」

「そうですか。ありがとうございます。セコイアとペンギンさんには今まで通り接して欲しい。きっと二人とも、それを望んでいるはずだから」


 「なっ」と二人に目くばせすると、何故か得意気な顔で頷くセコイアと首をカックンカックン上下に振るペンギンであった。

 セコイアは覇王龍と似たようなものらしいから、予想通りの回答だ。

 しっかし、ペンギンも見たことが無い種族だったのかあ。南極か北極に行けばアデリーペンギンじゃないにしても、ペンギンはいそうなんだけど、今すぐ確かめる手段はない。

 

「ヨシュア君。私は別に同族に会いたいと願っているわけではないよ。今のこの暮らしに満足している。君には感謝しかないさ」

「エイルさんに聞いたのは、別の理由もあってさ」


 フォローしてくれるペンギンに応じつつ、エイルへと目を向ける。

 俺と目が合った彼女は微笑みを浮かべ触覚を僅かに震わせた。

 

「ヨシュア様に同行された皆様は等しくレーベンストックの賓客でございますわ。身の安全の保障はもちろんのこと、決して名誉を傷つけさせるようなことは起こさせません」

「私のお聞きしたかったことは、ペンギンさんが自由行動したとして問題ないか、ということでした」

「もちろんですわ! アールヴ族でよろしければ、賢者様に供の者をつけさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「それは……どうだろう」


 連れてきた人の誰かと行動を共にすれば、ペンギンが珍生物として捕獲されることはまずない。

 みんな達人揃いだから……ね。

 ただし、俺を除く。俺には誰かしら傍にいるだろうから、問題ない。

 この世界でペンギンなんてものになってしまったが、彼の中の人こと宗次郎は好奇心旺盛な人である。

 異国の地に来たとなればいろんなところを見て回りたいはずだ。珍妙なものを見る目で注目されることは致し方ない、か。

 ひょっとしたら、ペンギンと似たような種族がいて特に衆目を集めることなく行動できるかもと僅かな期待を胸にエイルに尋ねてみたわけだが、残念ながらバーデンバルデンにはペンギンがいないとのことだった。


「ヨシュア。もう話は良いのかの?」

「うん。最初に聞くことを聞いておかないと」

「キミのことじゃ、すぐ抜けるからのお」

「……否定できない」


 足をブラブラさせてにひひと笑うセコイアに何も言い返せない弱い俺である。

 図星だから仕方ないのだけど。そんなにハッキリと言わなくてもいいじゃないか。

 

 ペンギンに脛をぺちぺちされる。

 彼なりに俺を慰めてくれているのだろうか。だけど、絵面が反省しているか餌をねだっているようにしか見えず……無言で彼にクッキーを投げる。

 開いた口の中にクッキーが吸い込まれ、ボロボロと床にクッキーの欠片が落ちるのだった。 

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