第253話 尻尾もわしゃわしゃ
食事の後はお風呂を済ませてから、宿の一室に入る。
「遅かったのお」
「……いつものことだから驚きもしないけど、先に声をかけとくとかはないのか」
皮張りの上質なカウチに我が物顔でセコイアが腰かけていた。
カウチの色は琥珀色で何とも言えない深みがあって、なかなか良いな。きっと職人が手塩にかけて作った一品なのだろう。
あまり調度品に興味のない俺でも「なるほど」と思うほどなので、この部屋の気合の入れようが分かるというもの。
頼むから、カウチを涎で汚さないでくれよ。
もふもふの尻尾をダランとして寛ぐ彼女に心の中で苦笑する。
ペンギンはまだ来ていないのかな?
それにしても、広いな、この部屋……。
俺が普段使っているネラックの執務室くらいある。セコイアが座っているのと同じようなカウチが2脚横並びになっていてテーブルを挟んで更に2脚、設置されていた。
他にはクイーンサイズくらいのベッドにサイドテーブル。クローゼットと食器が入った棚だろ。更には生けた花が生える壺といった調度品まである。
一国の主を迎えるわけだから、VIP用の部屋になるのは理解しているけど、ちょっと落ち着かないな。
ネラックの自室も広めでエリーに頼んでパーテーションを置いてもらい、半分くらいの広さにした。ローゼンハイムで使っていた部屋は建て替えがあったので、部屋の広さを指定できたから丁度いい広さだったんだ。それでも、前世の俺の感覚からすると広すぎるのだけどね。
水差しを持ってグラスを指でカッコよく挟もうとして断念する。落としそうになったので、お盆を使う。
セコイアの向かいに腰かけふうと息を吐いた。
たったそれだけの時間で彼女は俺の隣のカウチに移動し深々とクッションに沈み込んでいる。
「ペンギンさんが来てないんだな」
「宗次郎は湯あみ中じゃな」
「え、一人で?」
「心配ない。猫娘が付き添っておる」
「お食事の後はお風呂の準備が」と宿のオーナーに勧められるままに移動してしまったんだよね。
ペンギンも風呂へ行くかもということがすっかり飛んでいた……。
彼は毎日風呂に入るわけじゃないから、何も考えてなかったよ。毎日風呂に入らないからと言って清潔に体を保てないんじゃないか、なんて野暮なことは言わない。毎日風呂に入る方が稀だからな。公国の習慣からすると……。
風呂に困らないのは大公特権である。忙し過ぎて恨めしいが、風呂にだけは感謝しよう。風呂にだけは、な。
ペンギンが一人だと蛇口も捻ることができないので、湯船で泳ぐだけになってしまう。
それでも彼は構わないらしいのだけど、せっかくならゴシゴシ洗うところまでやっておきたいよな。
「水が置いてあった。飲む?」
「特に喉は乾いていないのお。アールヴが来るのじゃろ?」
「エイルさんが来たら何か飲み物を頼もうか」
「そうじゃな」
と言いつつもグラスに水を注ぎ、ごくんごくんと飲む。
風呂上りだし、仕方ない。喋っていたらすぐにまた喉が渇くさ。
セコイアはといえば、足をブラブラさせてもふふわの尻尾を前方にだして太ももで挟んでいた。
手遊びならぬ尻尾遊びか?
見ていたら目があってしまった。
このパターンはよろしくない。飛び込んでくる。
ここは機先を制さねばならぬ。
「そうそう。セコイア」
「なんじゃ? あからさまに怪しいのお」
「いやいや。気になっていたことがあって。大賢者なセコイアなら詳しいかなあと思って」
「そうかのお。それほどでもあるぞ」
ちょろい。狐耳がペタンとなって、したり顔になるセコイアであった。
ここで「いや、何でもない」なんてことを言う俺ではない。喋りながらもちゃんとネタが浮かんでいるのだ。
「人間やエルフに似たような顔にセコイアみたいな耳と尻尾を持っている人たちっていっぱいいるだろ」
「うむ。そうじゃの」
「アルルみたいな猫耳とか犬耳、セコイアは狐耳だよな。他にもライオンとか豹、熊……とかも見たことがある。だけど、狐耳はセコイア以外に見たことが無い。エイルさんは獣人族が集まるバーデンバルデンに住んでいるから狐耳も見たことがあるかもしれないけど」
「ボク以外にはキミが狐耳を見ることはないじゃろうな」
エイルが来たら話題にしようかなと思っていたことだった。
しかし、セコイアから返ってきた言葉は意外なもので、はてと首をかしげる。
「尻尾と頭の上側に耳を持つ種族のことを大きく獣人と言うんじゃなかったっけ。その中でアルルだと猫族とか、そう名乗ると聞いたんだけど、違ったか?」
「そんなところじゃの。しかし、ボクは獣耳を持つ種族とは異なる。ヨシュアに想像しやすいよう間違いを承知で比べるなら、人間とエルフくらいは違うかの」
「確か……妖狐とか言ってたっけ」
「うむ。獣を統べる者。妖狐じゃ。頂点は唯一人。リンドヴルムと同じようなものじゃよ」
「覇王龍だっけ。覇王龍も世界で一体?」
「あやつは竜族の頂点というわけではないが、覇王龍という種族……と表現するには違和感があるが、一体だけじゃの」
となると、セコイアも覇王龍と同じカテゴリーに所属する超生物の一柱みたいなもの?
だらしなく涎を垂らす姿からは威厳なんてまるで……この先は彼女の名誉のために伏せておこう。
おっと、顔に出ていたか? 胡乱な目で見上げられてしまった。
「雷獣の時はセコイアがいなかったらどうなったことやら。獣を統べる者、ばんざーい」
「……キミはボクのことを何じゃと思っておるのじゃ」
「そうだ。あの時確か『聖獣ならともかく』とか何とか言ってなかった?」
「仕方ない。話に乗ってやろう。その代わり、あとで撫でるように」
「おう。いくらでもわしゃわしゃしてやるぞ。添い寝は禁止な」
「……添い寝しなければ、乗らんぞ」
「……尻尾もわしゃわしゃで手を打ってくれ」
「…………聖獣は魔獣とは異なる。精霊に近い存在じゃ。覇王龍のような種に近いと考えるのが良いじゃろう」
尻尾で手を打ってくれたらしい。
魔法があってモンスターのいる世界だし、神託のギフトで神の声まで聞けちゃうのだから、超然と世界の理の外にいるような存在がいても不思議ではない。
覇王龍や聖獣は一体で世界を瓦解させるほどの力を持っているような超生物たちと認識しておけばいいか。
彼らは自分たちの強大過ぎる力故に、人間などの矮小な存在には極力関わらずに生活している。彼らと同じにしていいのか甚だ疑問だが、涎狐も……いやいや絶対違うだろ。確かに雷獣と会話してくれたりはしたけど、覇王龍と比べて、ほら、なあ。
またセコイアの顔が険しくなってきたところで、扉を叩く音がしてエイルとペンギンがやって来たのだった。
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