第252話 大満足なディナー
案内役のエイルにも、宿の外まで出てきてお出迎えしてくれた従業員一同にもギョッとされたけど、俺は引かなかった。
この日のためにディナーのメニューを考えてくれたことは理解している。食材は……他で使ってもらうか従業員の皆さんに振舞ってくれと無茶を言ってしまった。
そこまでして、食べたいと思ってしまったものを見かけたのだから仕方ない。正直、我がままが過ぎると自分でも思う。
四角いマッチ箱のような白い家が並ぶバーデンバルデンは異国情緒溢れ、俺の目を楽しませてくれる。
前回と異なる道を通り宿まできたわけなのだけど、途中に料理を販売する露店が軒を連ねているところがあったんだ。
そこで見かけたのが麵料理。思わず凝視してしまったね。
露店の店主はびくうっと肩を震わせていたけど、好奇心には勝てなかった。
あれはラーメン、ラーメンに違いない。
さああっと人の波が割れ、その露店までの道が開く。近くで麺が入った器を見せてもらったら、もう食べたくて仕方なくなってしまったんだよ。
トンコツ系かな? 乳白色で極細麺だった。
公国でも麺料理はある。小麦が主食だし、殆どはパンに加工されるものの一部パスタになることもあるのだ。
といっても、乾燥パスタは普及していないため、パスタが食べたい時は小麦粉から加工しなきゃなんない。
公国時代にいろんな改革をしてきたけど、料理に関してはほぼ手を付けていなかった。飢えさせないように作物の安定した収穫に対しては力を入れたものの、新しい調理法なんてところまで手が回らなかったんだよなあ。
日本食の再現! なんてことものんびりと暮らすようになれたらやってみたいと思ってた。もちろん、そのような時間があるわけもなく……。
ま、待っていろ。スローライフよ。必ず近いうちに会いに行くからな。
そんなわけで宿に到着した俺はエイルと宿のオーナーに露店で売っていたラーメンらしきものを食べたいとお願いした。
ブルドックに似た犬頭のオーナーは驚愕しポカンとしたものの、ラーメンらしき料理は知っていたようで準備すると言ってくれたんだ。
迷惑をかけちゃったけど、正直、とても楽しみにしている。
宿屋の前でエイルとお別れかなと思っていたら、彼女はてくてくと宿の中まで案内してくれてついには俺の泊る部屋の前まで先導してくれた。
「扉前までご案内いただきありがとうございます」
「ヨシュア様さえ、よろしければお部屋でお酌もさせていただきますわ」
「族長にそのようなことをさせるわけにはいきません……」
「冗談です。本気にしてくださったら、それはそれで喜んでお付き合いさせていただきます」
いい笑顔で扉を開いたエイルは上品に会釈する。
族長って気さくなんだなあ。エイルだけかもしれないけど。
族長という身分はその名の通り各部族のトップである。レーベンストックの政治形態は各部族による合議制だ。
なので、連合国や帝国のように国の最高指導者である皇帝や大公に当たる身分はない。
族長が複数人いるからといって、皇帝や大公に比べて格が落ちるのかと言われると人によって判断がことなる。
俺の意見としては「変わらない」。複数いようが単独だろうが、どちらも国を率いるトップだろ?
責任や立場は同じ。
大公が一人といったって、全部が全部自分で決めるわけじゃない。優秀な官僚がいて初めて国を指導することができるのだ。
何が言いたいのかというと、エイルとの距離感に戸惑っている。
俺はエリーやアルルに「身分など気にせず会話して欲しい」と常々言っていた。バルトロが敬語を使わず喋ってくれることを好ましく思っている。
エイルが俺と同じように考えているのだったら、俺も彼女にもっと気さくに接していきたいな。
お互い立場があるので、急には無理だけど。俺からも歩み寄るようにしよう。歩みは牛歩のつもりだけど、ね。
よし、そうと決めたら。
顔をあげ動き出そうとしているエイルに待ったをかける。
「明日が本番ですので、お酒を……とまではいきませんが軽く歓談する感じで少しお付き合いいただけますか?」
「是非! 楽しみにしておりますわ!」
可憐な笑みを浮かべるエイルの十字になった瞳孔が花柄に変わった。
おお、アールヴ族の瞳孔は感情に応じて柄が変わるのかな?
彼女の表情が戻ると、瞳孔も元の十字になる。
グイグイ。
強く右の袖を引っ張られたので、体が傾く。
思わず引っ張られた方へ目を向けたら、狐の尻尾の毛が逆立っていた。
そういやセコイアは飛行船を出てからここまでずっと傍にいたんだったな。
「ヨシュアあああ。今晩はボクと一緒じゃなかったのかあ」
「え、そうだな。一緒でもよいけど」
エイルに目くばせしたら、彼女はニコリと微笑み頷きを返してくる。
せっかくなら、ペンギンも呼ぼう。
◇◇◇
お待ちかねのお食事タイムが始まった。
急な俺のお願いにも関わらず、宿のシェフは存分に腕を振るってくれたみたいで感激する。
テーブルにはボール状の器に入った白濁したスープが人数分並べられていた。赤と緑の彩が見えるけど、紅ショウガとほうれん草か何かなのかな?
こいつは楽しみだ。
他にもこの地方の特産である装飾竜の香草焼きや中華風の揚げパンといったものも用意されていた。
さっそくスープにフォークを沈め、中の様子を確かめてみる。
細い麺にゴマとトンコツの香りに懐かしさがこみ上げてきた。
「お、おおお。これぞまさしくラーメン!」
食べてみたところ、とんこつラーメンにとてもよく似た味だった。
熱々じゃなくて口に入れても火傷しないくらいに冷めてはいたけど、味をそこなうほどじゃない。
隣の椅子に立ってラーメンに口をつけていたペンギンも目を輝かせていた。
「ほ、ほうほう。ヨシュアくん。これは……なかなか」
「ペンギンさんは喋らずに食べた方がいいんじゃないかな」
姿こそペンギンだけど紳士的なを絵にかいたような彼だったが、食事の時だけは別だ。
何を食べても、口からこぼし、器からもこぼし、食べ跡も汚い。
喋ると更にこぼれるときたもんだ。
「変わった味じゃが。存外いけるの」
「おいしい、です!」
セコイアとアルルの耳が揃ってピンと立つ。
ルンベルクは「ほう」と感心した声を漏らしつつ、どんな食材が使われているのか探っている様子だった。
バルトロは行儀悪くズルズルと音を立てて食べていたのだけど、勢いから見るにラーメンの味が気に入っているはず。
そうだよな。音を立てて食べるのもまた良い。
これもまたラーメンのだいご味だよな? 美味しそうな音とでも言えばいいのか。
「閣下。変わったパスタですが、もう少し辛くてもおいしいかもしれません!」
「辛子味噌とかあればいいんだけど、そうだな。味噌の研究をするのもいいかもしれない」
シャルロッテの感想に辛子味噌を入れたとんこつラーメンを想像し、口元が緩む。
いずれ、食材開発をやろう。自分の趣味全開でな!
こうして、俺的大満足なディナーはつつがなくお開きとなったのだった。
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