第225話 湖発見

「熱気球は空気を暖めることで空気を膨張させ、外の空気より気球の中の空気を軽くすることで浮き上がる」

「膨張とは膨らむということでありますか?」

「うん。重さが変わらなくて大きさが二倍になったとしよう。そいつを半分に切って、元と比べると重さも半分になる。水に浮かぶ船を考えてみてくれ。水より船の方が軽いから浮くだろ。それと同じことなんだよ」

「なるほどであります!」

「飛行船も同じ原理でさ。中に軽い空気を入れることによって周囲の空気より軽くなり浮き上がる」

「同じことでありますね! ですが、そうなりますとどこまでも浮き上がっていくのではないでしょうか?」


 なるほどそう来たか。

 この世界の気圧がどうなっているのかはまだ分からない。

 科学だなんだと言っても、必要に駆られたところを撫でた程度しか調査を行っていないんだ。

 といっても、重力もあれば飛行船が意図した通りに動いていることから、概ね地球基準でも間違っていないと思う。

 魔力の影響を受けていないはずはないけどね。細かいことは、落ち着いた後に気が向いたら調査をしてもいいかな?

 

「ボールを空に向かって投げると落ちてくるよな」

「はい! ボールと飛行船が関わってくるのでありますね」

「うん。ボールが地面に落ちるのは、地面に引っ張られるからなんだよ。もちろん飛行船も地面に引っ張られている」

「飛行船が落ちないのは、船が水の中に沈まないのと同じでありますね」

「うん。海とか湖は深く潜れば潜るほど体にかかる重さが大きくなっていくよな。これを水圧という。空の場合も同じように気圧ってのがあるんだ」


 そこまで説明したところで、シャルロッテがポンと手を叩き、大きく目を見開き喜色をあげる。


「理解したであります! 空は海と逆なんですね。上にいくほど軽くなる。ので、飛行船の中にある空気を調整して高さを保っているでありますね!」

「そんなところ。もっともっと高くのぼると空気が薄くなり過ぎてそれ以上浮かび上がることができなくなるか、空気がなくなって息をすえなくなってしまう」


 シャルロッテと科学談義をしている間にも飛行船がゆらゆらと速度と高度を落とし始める。

 テーブルマウンテンのどこが目的地なのかはそのうち探せば見つかる。

 ならばと、はるか上空から朧気に見えた崖の上から落ちる大瀑布を近くから鑑賞してみることにしたんだ。

 近くまでくるといかにこの大瀑布の規模が大きいか分かるというもの。

 現在の高度は崖から上に100メートルくらい。それでも水飛沫が当たるんじゃないかと錯覚するほどだった。

 飛行船は密閉されているので、外からの音がかなり減じる。それでも大瀑布の水が流れ落ちる音がハッキリと聞き取れた。いや、工事現場にいるくらいの大音量だ。

 会話をするにも声を張らないと聞き取り辛い。


「飲まれるとひとたまりもありませんね」

「これだけでも来てよかったよ。絶景だな」


 シャルロッテの感想に自分の所感を重ねる。

 アルルがこくこくと頷き、尻尾をピンと立てた。


「滝の裏は安全なようじゃの」

「うん」


 セコイアの物騒な言葉にアルルも同意する。

 うへえ。滝の裏に何かいることがあるのかよ。ゲームとかだと、隠し通路があったりして中にアイテムが置いていたりなんてこともあったな。


「バルトロとガルーガにもこの景色をゆっくりと眺めて欲しいよな」


 俺の言葉を聞きつけたのか、機関室近くにある窓際の辺りからバルトロがよっと二本の指を立て横に振る。

 彼の隣には豹頭の偉丈夫ことガルーガの姿もあった。


「ヨシュア様。ちゃんと見てるぜ。すげえなここ」

「伝説の水龍の住処ではないかと思ったほどだ」


 操舵の手が離せないと思っていたのだけど、どうやら杞憂だったな。

 ん。

 ポンと俺の肩に手を置いたセコイアが自慢気にふふんと鼻を鳴らす。


「セコイアが風の魔法で?」

「うむ。配慮のできる女なのじゃ」

「ありがとうな」

「褒めて良いぞ」


 無言で彼女の頭を撫でる。狐耳がペタンとなり、目を細めるセコイア。

 自分で言ってりゃ世話ないよな……なんてことがチラッと頭をよぎったが、彼女の善意に心の中でもう一度感謝の気持ちを述べた。


「さて、そろそろ見どころのある景色を見つつ景勝地を探すことにしようか」

「ヨシュア様。あれ」


 ちょいちょいと服の袖を指先で挟んだアルルが、形の良い顎を窓側に向ける。


「ん?」

「滝があるじゃろ。滝が落ちる手前の水溜りは分かるかの?」


 セコイアよ。そうは言ってもここからだと滝の水飛沫が激しくてテーブルマウンテンの上にある川がとても見え辛いのだ。

 額に手をやり目をこらす。う、うーん。


「湖……になってるな」

「そこじゃ。建物がある。人の気配もする」

「まるで見えん。誘導してもらえるか」

「うむ」


 相変わらず野生児の視力は凄まじい。ひょっとしたら視力以外のもので「見えて」いるのかもしれないけど。

 魔力を使うとか感知するとかだと、俺には無理そうだ。

 やれやれと顎に手をあてる。

 そこへ、アルルがにいいと俺を見上げてきた。

 

「ヨシュア様、これ」

「お、おお。双眼鏡か。すっかり忘れていた……こんな基本的なことを」

「はい!」

「ありがとう」


 アルルから双眼鏡を受け取って覗いてみたが、やはり水しぶきによるモヤでよくわからない。

 結局同じことだったわけである。

 いいんだ。セコイアに案内してもらえば、そのうち俺にだって見えるんだもん。

 

 ◇◇◇

 

 テーブルマウンテン頂上から見て上空50メートルほどを飛行船が行く。

 速度は馬より遅いくらいで、ゆっくりと動いて行く風景に感動しきりだ。

 三角形の岩山をくり抜いてつくった建造物と螺旋状になった地下へと続く坂道は絵本に描かれた景色がそのまま出て来たようで、思わず声をあげてしまうほど。

 幸い、湖のほとりは木々がなく飛行船が着陸することができそうだった。

 無事着陸し、外に出て先ほどまで空から眺めていた三角形の岩山へ目を向ける。

 

 思った以上に大きいな。横幅は200メートル近く、高さは20メートル程度だろうか。


「ヨシュア様。先に俺とガルーガで見てきていいか?」

「うん。近くで待ってるよ」

「アルルが。ヨシュア様を。護る」


 うんうん。頼んだぞ。アルル。

 彼女は素手なのだけど、遊びにきていても護衛の役目を忘れていない。

 今回はバルトロとガルーガに加え、セコイアもいるからな。アルルとシャルロッテのことの安全も確保できる。

 さりげにこの中で一番頼りになるのは、隻眼の虎頭ではなく狐耳なんじゃないだろうか。

 俺だって察することくらいできるんだぞ。大魔法使い、はいはいなんて思っていたこともあったけど、飛行船を動かすための風魔法を単独で担えたり、更には超高速で動かすことまでできてしまうのだ。並みの魔法使いだと二人がかりでやっと、という飛行船をだ。

 なので、彼女はきっと俺に換算して10人から15人分くらいの働きはするのだと思う。

 

「な、セコイア」

「何がじゃ?」

「頼りになるってことさ」

「うむ。任せておくがよい。竜だろうが魔獣だろうが、ボクにかかればなんてことはないのじゃ」


 無い胸を張るセコイアはおだてるとすぐ調子に乗る可愛い人なのだ。

 これでも腕は確かなのだから、誤解してしまうんだよねえ。

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