第224話 保養地へ
いざ休みとなるとソワソワして落ち着かない。分かっているさ。この感覚はよろしくないなんてことを。
自分の目標を誤ってはいけない。毎日が日曜日を目指し、早期引退してのんびり暮らすのだ。
のんびりって何するの?
……ハンモックで寝そべって、とか。ペンギンと興味本位で研究するとか。星を見て星図を作るのだってよいよな。
よし、まだいける。ここで仕事のことしか浮かばなくなったら末期症状なのだ。
公国の立て直しが佳境の頃は、寝ても覚めても内政のことしか浮かばない時期があった。あれは危険だ。過労死するぞ。
「何を一人芝居しておるんじゃ?」
「ご苦労」
「いいんじゃぞ。二人きりの遊覧飛行とくればいつでも駆けつけるからの」
「え、あ、うん」
あれ、俺はそんなことを言ったっけ。
自慢気に口の端から八重歯を見せ頷くセコイアに対し、一抹の不安が首をもたげる。
記憶に残っていないけど、夢遊病のように発言していた?
まさかそんな。意識はしっかりしていたはず。
せっかくの休日なので、遠出しようかなとセコイアを誘ったんだよね。どこにいくのかはまだ決めていない。行ったことのない場所ばかりだから、旅のしがいはあるぞ。
都合よく温泉とかあれば嬉しいのだけど、残念ながら現在のところ辺境に観光地は存在しない。いずれ観光街も作られることになるだろう。ネラックの人口増加が止まることを知らないからな。
ありがとう、シャルロッテと文官、街の代表のみなさん。おかげさまで急速な人口増加に対し、何ら問題が起こっていない。
道をこれでもかと広くしていてよかったよ。ローゼンハイムの大通りと同じくらいの道幅があるからね。人口が10万人規模になっても問題ない。
街としては問題ない、も、問題ない……。は、ははは。
「セコイア」
「今日は積極的じゃな」
彼女の手を握ると狐耳がピンと立ち、ご機嫌そうに尻尾も反応する。
なんだか休日の父娘みたいで朗らかな気持ちになってきた。
ご機嫌をとったのにはもちろん理由がある。
ほら、飛行船が見えてきたらすぐに狐耳がぴこんと反応したじゃないか。
「な、なんじゃと……」
「俺たちだけで飛行船を動かすことはできないじゃないか」
「手を握ってきたのも、下心があったからじゃなあ」
「そう言いつつも手を離さないセコイアであった」
「むきぃー」
お、セコイアの手が離れた。
っと。後ろから抱きついて来やがった。まあいいんしゃないか。この様子だと問題なさそうだ。
「ヨシュア様、それ。はがす?」
とことこと寄ってきたアルルが小首をかしげる。
対する俺は首を横に振り、しばらくこのままにしておいてやろうと彼女に返す。
セコイアをはりつけたまま飛行船に入ると、既に旅の仲間が集まっていた。
アルルとセコイアに加え、バルトロとガルーガの二人にシャルロッテだ。アルルたち三人は定期的に公国東北部へ行ってもらっているし、シャルロッテの激務は言わずもがな。
忙しそうなみなさんに声をかけてみたわけだけど、一部来ることが出来なかった人もいる。
致し方ないことだけどね。
「飛行船の操縦はバルトロとガルーガに任せていいかな?」
「おう。任せろ。どこに向かうんだ?」
「どうしようかな……」
「そのことですが、閣下」
ビシッと敬礼したシャルロッテがバルトロとの会話に割り込んできた。
どうやら彼女に何かしらの案があるようだ。
無言で彼女に続きを促すと、ハキハキした声で彼女が返答する。
「レーベンストックより保養地についての話を聞いております」
「ほほお」
「是非一度来て欲しいとのことであります。行ってみますか?」
「場所は分かるのかな?」
「地図を頂いております!」
シャルロッテから受け取った羊皮紙に描かれた地図をバルトロとセコイアに見てもらう。
山の山頂付近だとのことで、これなら到着できそうだとのことだった。
セコイアパワーで加速したら2時間くらいで行けるんじゃないかとなったので、今日の目的地が決定する。
◇◇◇
レーベンストックにこんな場所があったなんて驚きだ。
南アメリカはギアナ高地にあるテーブルマウンテンと呼ばれる地帯をご存知だろうか。
切り立った数百メートルの崖が山のようになっていて、名前の通り崖の上が平になっている地形のことだ。
場所はレーベンストック東北部辺りになる。以前訪れたバーデンバルデンが南部なので、この辺まで徒歩でくるとしたら何日かかることか。
飛行船ならば遮蔽物もなく、あっという間に到着できる。今回はセコイアの風魔法により普段の二倍近くスピードが出ていたので尚の事。
それでも二時間ちょっとかかるのだから、相当な距離があると言えよう。
「それにしても絶景だな」
崖に雲がかかり、すとんと落ちる大瀑布は圧巻だ。この距離から確認できるほどだから、大瀑布は相当な規模だと思う。
俺の声に反応したアルルが窓際の手すりから手を離し、首だけこちらに向ける。
「ヨシュア様。あの山の上?」
「地図によるとそうらしい」
「みんな。登ったの?」
「たぶん……ひょっとしたら崖の中に道があったりするのかも」
「飛んだ? のかも?」
「アールヴ族なら飛べるか」
アルルとワクワクしながら会話しているというのに、膝の上に座り足をブラブラさせていた狐耳が口を挟んできた。
「高すぎて到達できん」
「高さ制限って結構きついんだな」
「そうじゃの。一部の鳥ならば可能かの。飛竜も無理そうじゃ」
「夢のない話を……」
「そうではないぞ。ヨシュア。逆じゃ。夢があると思わんか?」
「魔法で飛べるとかそんな話?」
「キミは自らの偉業を過小評価する傾向にあるの。この場合は宗次郎との合作かのお。カガクじゃよ。夢があるとボクが言っているのは」
「飛行船なら、もっと高くまで飛べるからか」
「その通りじゃ。リンドヴルムが直接呼びかけに来るほどじゃからの。空の王にしか許されない高さをカガクの船で行くことができるのじゃから」
我が事のようにふふんと鼻を鳴らすセコイアの様子に目尻が下がる。
飛行船を建造することができたのは、いろんな人の協力があってのこと。その中にはセコイアも含まれる。
「閣下。到着まで今しばらくの時間があります」
「そうだな。テーブルマウンテンのどこに保養地があるか分からないし。探さないとだからな」
「テーブルマウンテン?」
「すまん。俺が勝手に名付けたんだ。山に頂きが無く平になっているからさ」
「なるほどであります。話が戻るのですが、到着までのお時間でご教授頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「俺に分かることなら」
「感謝いたします! 飛行船は何故浮き上がるのか疑問に思っておりまして。気球と同じ原理でしょうか?」
「似た感じだよ」
シャルロッテだけじゃなく、アルルも耳をピコピコさせて傍に寄ってきた。セコイアもせわしなく耳を動かし、俺の説明を待っているようだ。
彼女には説明した記憶があるんだけどな……。
※更新忘れてました、、そして感想返信滞っておりすいません!
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