第226話 ガラタボルクの宿

 バルトロらはすぐに猫頭の獣人を連れて戻ってきた。

 彼らが「辺境国からきた」と告げると、「聞いております」と嬉しそうに迎えに来てくれたとのこと。

 この辺りは猫族の領域らしく、族長から俺たちの噂を聞いていたとのこと。

 族長か。確か名前はタイガだったっけ。

 バーデンバルデンでひたすら植物鑑定をした時に手伝ってくれた人だ。彼が猫族によろしく伝えてくれたのだろう。ありがたい。

 自分が「辺境伯その人である」ことを告げたら彼らに気を遣われると思い、あえて名前だけの自己紹介に止める。職業は聞かれたら応えることにしよう。

 職業は「辺境伯」だとまずいよな。

 この体つきだと農業やら職人……は厳しい。そうだな。タンテイとでも言うか。

 なんて考えていたことも杞憂に終わり、特に職業やらお日柄を聞かれることはなかった。


「ガラタボルクの宿にようこそ」


 猫頭の獣人がルンベルクのように優雅な礼をして、入り口扉の方へ腕を向ける。


「宿泊の予定はないのですが、食事だけでも大丈夫ですか?」

「もちろんです。当宿は温浴施設が売りです。是非、入浴していってください!」


 三角形の建物は温浴と宿泊施設を兼ねたホテルだった。

 建物の裏手に地下へ続く螺旋階段があり、テーブルマウンテンの底までの道となっているのだと。

 このテーブルマウンテンを含めた地域はガラダボルグと呼ばれていて、猫族だけでなく他の種族まで訪れる人気の保養所だと言う。

 この高さまで岩の中を掘り進めるなんて、一体どれだけの時間がかかったのだろう。機会があれば、階段を降りてみたい。登るのはちょっと……。


「人間がここを訪れるのは二度目なんですよ」

「そうなんですか。レーベンストックは人間が少ないですものね」

「私がオーナーになってから、という但し書きがつきますがね。宿の歴史は古く、私で四代目になります」


 オーナーである猫族の獣人はアルルと異なり猫頭にふさふさの全身と族長と同じようなタイプで、耳と鼻がよく動く。

 いろいろこちらに尋ねたいことがあるようで、さっきから喋りっぱなしだ。


「ヨシュアさん、ガラタボルグの湯に入ると体の芯までポカポカしますよ!」

「へえ。ネラックには温泉がないんだよ。ゆっくり過ごせる温泉があればなあ」

「お湯を持って帰りますか?」

「飛行船……あの空飛ぶ船なんだけど、飛行船はあまり物を積めないんだ。空に浮かべなくなってしまう」

「あんな乗り物はじめて見ました! 従業員一同、あれ飛行船に興味津々です! 空の旅なんて物語の中だけと思ってました!」


 なんて感じでさりげない言葉を交わしつつ施設の中へ。

 先にお代を済ませることにした。

 辺境国貨幣を出すと彼は快く受け取ってくれて、ホッとする。といっても辺境国の貨幣が評価されたわけじゃなく、魔法金属の価値そのものが評価された形だ。この分だと公国以外でもこの貨幣で通用するかも。

 この貨幣はある意味物々交換と同じことだものな。魔法金属の価値が貨幣の価値となっているので。

 金や銀を持ち歩いているようなものだ。

 

 ◇◇◇

 

 そんなわけでさっそくやって参りました。温泉に。

 脱衣所でバルトロと二人並んで服を脱ぎながら軽く言葉を交わす。


「バルトロ、ここは水着を着ないとダメなんだって」

「おう。水浴び施設みたいなもんなんだな」

「体を洗う場合は右手にある扉らしい。先に洗ってから行こうか」

「ガルーガが先にそこの様子を見てくるってよ」


 右手扉の向こうはシャワールームになっていて、石鹸も置かれていた。

 他にはカイメンスポンジと大き目のブラシが並んでいる。

 ブラシ? 何に使うんだろうと思っていたらガルーガがブラシを背中に当ててゴシゴシとやっていた。

 なるほど。長い毛を持つ種族だとこうやって体の汚れを落とすのか。

 

「ヨシュア殿。この体は人間より手間がかかるのです」

「硬そうなブラシだけど、痛くないのかな?」

「全く。分厚い皮膚と毛は多少の攻撃では傷がつかない」

「へえ」


 すげえな。獣人の毛皮って。鎧を着なくても革鎧の代わりくらいにはなるのかもしれない。

 鎧は重たいからな……。革鎧ならともかく全身鎧なんて着たら身動きが取れなくなる。

 一度だけ着たことがあるんだけど、すぐに音を上げて脱いじゃったよ。

 

「分厚い皮膚や鱗がなくたって、ヨシュア様は鎧なんて着なくてもいいぜ。俺たちが護るからよ」

「あ、うん。あ、そうだ。バルトロにガルーガ。狩りで武器が痛んできているだろ」

「そうだな。そろそろ新調してもいい頃かもしれねえ」

「ガルーガはどうだ?」

「オレはこの前の戦いで柄が歪んでしまったのです。ですが、安心してください。ちゃんと獲物は持っています」


 お、丁度いいじゃないか。

 魔物騒ぎももうすぐひと段落つきそうだし、頑張ってくれたみんなに俺から何かお礼をと思っていたんだよ。

 二人には武器がいいかと思って。

 

「バルトロ、ガルーガ。武器職人に知り合いはいる?」

「いるっちゃあいるぜ。ローゼンハイムに」

「じゃあさ。もう少し落ち着いたら武器を作らないか? ちょうど、素材があるんだよ」

「ヨシュア様がそう言うなら、行ってくる、な、ガルーガ」


 ニカッと白い歯を見せるバルトロに対し、戸惑ったように頷きを返すガルーガ。

 対称的な二人だけど、漂う空気から仲がいいんだなと感じた。

 剣やハルバード? に使うくらいの魔法金属なら用意できる。魔法金属は希少で、宝石に似た価格で取引されることもあるほど。

 今は人工的に作ることができるから、以前より希少価値が低くなっているけど、それでも希少は希少だ。

 作るのに結構な手間がかかるんだよな。魔法金属だけを精製しているわけじゃあないし。

 

「ヨシュアー! まだかー!」


 遠くからセコイアの声が聞こえた。

 そのうち待ちきれなくなって、男子用シャワールームにまで乗り込んできそうな勢いだな。

 急ぎ体を洗い流し、シャワールームを出たら脱衣所に水着姿のセコイアがふんぞり返っていた。

 両手を組み、椅子から足を投げ出して行儀が悪いったらありゃしない。

 

「お待たせ」

「男の方が遅いとは何てことじゃ。どうじゃ、ヨシュア?」

「どうだって?」

「ほれ、よくみんかい」


 立ち上がってその場でくるりと回転するセコイアだったが、はてと首をかしげる。

 薄紫のビキニを着ていらっしゃるけど、あ、分かった。

 

「尻尾をうまく通した?」

「それ、それなのか!」

「耳はいつも通りだし、アルルとシャルも待っているんだよな。行こう」

「う、うむ」


 狐耳をペタンとさせ尻尾がしおしおになるセコイアだったが、それでも俺の手を握りしめ横にならんだ。

 休日のお父さんと娘スタイルってやつだな、うん。

 妻役はいないが、きっと微笑ましい光景を演出しているに違いない。

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