第217話 閑話.黒衣
ローゼンハイム外壁上から矢が射られる姿を遠目で眺め、目を細めるガルーガ。
「いよいよ始まったか」
「がっちり護る感じかねえ」
「そうだな」
バルトロの言葉に頷きを返しつつ、ガルーガは厳しい目つきで外壁を睨む。
外壁前にズラリと集まっていた騎士たちは分厚い門の中に消え、壁を盾にする様子だった。
ガルーガは彼らが整列していたから、てっきり突撃でもするのかと思っていたが、事実は違ったようだ。
バルトロに至っては「暴れる機会を失ったな」などとうそぶき肩をすくめる始末だった。
これにはさすがのガルーガもたしなめようとしたが、先んじてアルルがバルトロに「めっ」と腰に手を当て注意する。
「悪りぃ悪りぃ」と彼女に謝罪するバルトロの様子を見たガルーガは、「こいつ案外尻に敷かれるタイプか」なんてことを考えたとかなんとか。
「ん、矢じゃあいつらはビクともしねえのか」
顎の無精ひげを撫でながら、バルトロが眉をひそめる。
彼の懸念通り、モンスターの一団は矢を受けようが構わず前進してきていた。その歩みは遅く、行進するくらいの速度だ。
「矢では奴らの鱗や毛皮は通らんか」
「どうやら矢は時間稼ぎだったみたいだぜ」
どうやら外壁の上の準備が整ったようだった。
キリキリキリと歯車が動く音がして――
ヒュン。
風を切る音と共に矢が飛ぶ。
いや、矢ではない。大きさから判断するに槍だろうか。
次々に飛来する槍にガルーガは「ほう」と感嘆の声を出す。
「発射台の数を揃えているのだな」
「ありゃ、バリスタかそれを改造したもんかねえ」
「槍ならば攻撃が通っている」
「いいんじゃねえか。この調子だと俺たちが暴れる隙は無いかもなあ」
「それに越したことはない」
「まあな。ちっとだけ寂しいがな」
「ダメ!」
「わーったってば。その顔やめてくれ」
ぷんと頬を膨らまし尻尾を振るアルルに頭が上がらない様子のバルトロだった。
その態度にくすりと笑いそうになるガルーガだったが、ぐっと飲み込む。
「ん、だが」
「めっ」
「アルル、俺でも分かるくらいだ。お前さんなら既に感じ取っているだろ?」
「行く?」
「もう少し様子を見てから、だよな?」
バルトロとアルルが揃ってガルーガへ目を向ける。二人に判断を委ねられた彼は困惑した様子で片耳をたたむ。
「オレが決めるのか?」
「うん。バルトロはダメー」
こくこくと頷くアルルと腕を組みニヤリとした笑みを浮かべるバルトロは、どうやら本気らしい。
「俺は性急に過ぎ、アルルは判断ができない。頼むぜ、相棒」
「あいぼー?」
猫のような大きな目をまんまるに開いたアルルがガルーガを見上げる。
対する彼は右手を前に出し拳を作った。
これにバルトロがコツンと拳を合わせ、アルルも彼の真似をする。
「冒険者風に言えば、オレたちはパーティだ。背中を預けることができる頼りになる者。だから、相棒とバルトロが言っている」
「アルル、頼りになる……?」
「オレより断然頼りになるさ」
「嬉しい!」
アルルは辿々しく自分がこれまで頼りにされてきたことが無かったと語る。
それがヨシュアの元でメイドになって以来、いろんな人から頼みごとをされて嬉しいと満面の笑みで言うのだ。
ガルーガは彼女の過去を想像し、胸の奥がキュッとなる。あの実力だ。ヨシュア殿の屋敷に来る前は……。いや、詮索は無しだ。
今ここに笑顔を浮かべるアルルがいる。それでいい。
「人にはいろいろあるってこったな」
「そうだな」
「俺もルンベルクの旦那以外は、ヨシュア様のところに来るまで何をしていたかなんて知らねえ」
「そうか。知りたくは無いのか?」
「知りたく無いと言えば嘘になる。が。今が在ればいい。だろ?」
「違いない」
ガハハと笑う二人に対し、アルルがキョトンと首を傾けた。
ひとしきり笑ったガルーガは戦いの場へ再び目を向ける。
モンスターの一団は槍の攻勢により、倒れて動かなくなった奴もいた。しかし、全体の一割いればよい方か。
槍を避ける奴、受けても皮膚を貫かない奴、あげくは槍が刺さったままで平気で歩くモンスターまでいる。
やはり、この一団。強い。
倒れたモンスターでもランクにすればBの上位。Aに手が届くくらいかもしれん。
◇◇◇
一方そのころ、外壁側。
自ら外壁の上に立ち、じっと戦況を睨む騎士団長だったが、眉間の皺がますます深くなっていた。
「奥に行けば行くほど、強力なようですね」
隣に立つ副長が殊更明るい声で騎士団長へ意見を述べる。
「すまん。私が暗くなっていては示しがつかんな」
「いえいえ。騎士団長ケンネルはそうでなくては」
「副長リンツが笑い飛ばす役目だったか」
「その通りです。騎士団長」
騎士団長は組んだ両手をほどき気のおけぬ友へ向け苦笑した。
一方で副長は彼の態度など気にも留めずパンパンと両手を叩く。
「皆の者、絶え間なく槍を射かけろ!」
「ハッ!」
騎士団は矢では太刀打ちできぬ相手との戦闘経験を積んでいた。
魔素の流れが変わり、モンスターが動き始めてしまったあの森でのことだ。
あの時は遠距離から矢を射かけることを諦め、剣で突撃した。その経験を活かし、街の職人らと協力し此度の戦いで持ってきたのが改造型バリスタである。
思惑通り、矢を受け付けぬモンスターであっても貫くことができた。
しかし、これで打ち倒すことができたのは、前衛にいるモンスターのみ。
奴らは後ろに行けば行くほど強力になり、槍さえも効果を示さなくなっていた。
それでも、騎士団と集まった戦士たちは槍を叩きこみ続ける。
これで少しでもモンスターの動きが止まれば目的が叶うのだから。
戦闘を開始する前に彼らは戦闘目標を定めている。
それは、外壁を利用してモンスター集団の歩みを止めること。全てを打ち倒す必要はない。
ヨシュアの手紙による助言を信じ、彼らの息切れを狙うことにしたのだ。
「どのような手段を使ったのかは分からぬ。しかし、ヨシュア様ならば東北部の魔素だとて、鮮やかに解決してみせたはず」
「ならば、次は我らが奮闘する番ですな」
「如何にも。む……」
「向かいますか? 騎士団長」
騎士団長と副長の目に見逃せぬ光景が飛び込んできた。
モンスターの一団が中央で割れ、最後尾にいた黒衣を纏った人型のモンスターがゆっくりと前に歩み始めたのだ。
黒衣の中は壁の上からでは確認できない。骸骨の姿をしているのか、それとも彼らには想像できぬような異形なのか、実際に見てみないことには不明。
黒衣だけではなく、後ろには影を切り取ったかのような竜の形をしたモンスターが続いている。
更には黒衣に付き従うように宮廷魔術師風のローブが宙を舞う。
「あの三体は別格だな……」
「どれだけの力を秘めているやら。もし魔法やブレスを使われたら厄介ですな。壁が破られないとも限りません」
「ならば、打って出るか」
「さすが騎士団長。そうこなくては。自分も、もちろんお供させてくださるのですよね」
「好きにしろ」
騎士団長と副長は急ぎ、外壁の上から下へ向かう。
一方、モンスターの一団は件の三体以外は完全に歩みを止め、三体の様子をじっと見守っていた。
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