第212話 オレオマエマモル
「ヨシュア。本当にキミも行くのかの?」
「やっぱり足でまといかな?ペンギンさんも」
「正直、そうじゃの」
飛行船のタラップのところで、腕を組んだセコイアが小さな牙を出し、うーんと眉間に皺を寄せている。
やっぱり俺が行くことは避けた方がいいのか。危険が伴うことは分かっていたけど、余りセコイアに負担をかけるわけにもいかないよな。
仕方ない。乗船するのはやめて、屋敷で待機とするか。
「閣下。でしたら自分も搭乗させて頂けませんか?」
そこへ見送りに来ていたシャルロッテが申し出る。
彼女がいれば風魔法の助けになるから、セコイアの負担は減るが……。
あの狐耳の大魔法使いは、風を維持しつつ空を飛ぶことができる。それだけでは足らぬと彼女は俺の作戦参加に対し懸念を示していたのだ。
うーん、ペンギンと共に乗り込んで、魔道具の調整がうまく行ってない時はその場で修正できればと思っていたのだが、せっかくのシャルロッテの申し出があったけど、ここはみんなに任せるしかないか。
ガシガシ。
今度は何だ。
足元がチクチクする!
「痛っ! お、来ていたのか。シャルが連れてきたの?」
「いえ、朝に餌をあげた後は丸くなって休んでおりましたが」
大きな口を開いて俺の足をぱくんとした小型爬虫類はあいもかわらずふてぶてしい。餌ならシャルロッテがちゃんと与えているじゃないか。食べ過ぎは良くないぞ。
無視して話を進めようとしたら、爬虫類は脚からのそのそと俺の体を登ってくる。
『オレ、オマエ、マモル』
「ありがたいことだけど、今回は諦めようかなって」
しかし、ここでセコイアが割り込んできた。
「ゲ=ララが来るならよいぞ。ヨシュアと宗次郎の守護を任せてもよいのじゃな?」
『マモル、安心シロ。オレサマ、口にしたことは違えナイ』
え、ええ。この小さな爬虫類に俺だけじゃなくペンギンまで護る力があるのか?
「ヨシュア。牛乳娘も乗船させてくれるかの?」
「人数に余裕があるから、シャルさえよければ構わないけど」
「何事も備えあればと、キミは心配性じゃからな。ボクもキミと密着できない時があるやもしれん」
「あ、うん。ゲ=ララを膝に乗せておけばよいのかな」
「ボクがいない時はの。牛乳娘とイチャイチャできると思っておったか? 残念残念」
「いや……」
そんなことは微塵たりともと言おうとしてやめた。だってシャルロッテがとっても悲しそうな顔でこちらの様子を窺っているのだもの。
うん、分かるよ。彼女はいつもゲ=ララを抱っこしていたからさ。
ゲ=ララからしてみても彼女じゃなくて、俺だものな。となれば、彼女にはペンギンの世話でも……。
「ヨシュアくん。連れて行ってくれるのだ。最後まで入念に点検をしよう」
「だな。しっかりと観察をしなきゃ。俺たちは念のための抑えなのだから」
ペンギンのフリッパーと指先を合わせ、頷き合う。
公国北東部の様子はバルトロたちが連日観測を行い、公国と情報を連携していた。
はぐれモンスターの一団はついに防衛線を越えてしまったのだ。
ローゼンハイム到達まで、もう時間的猶予が殆どない。
急ピッチで準備をしてきたが……できれば今少しの時間が欲しかったというのが正直なところ。
そんなわけで、本日、作戦決行となったわけだ。
いろいろあったが、俺とペンギンも参加できることになった。
◇◇◇
飛行船に乗り込むや、ちょいちょいとセコイアが顎で先頭を示す。
「ん?」
「はよ、座るのじゃ」
「魔道具のチェックをしたいのだけど」
「大丈夫じゃ。猫娘が持ってくる」
「そうか。って。自分が座りたいだけだろ。俺はゲ=ララを抱えないといけないんじゃないのか?」
『足元でいイ』
えええ。そうなの。
魔法で護ってもらう時は膝の上に乗せないと、とか誰かが言っていたような。そうじゃないような。
いや、俺だっていつもいつも膝の上が必要だと思っていたわけじゃない。
しかし、いざとなった時にはこうして密着していなきゃいけないとばかり。
じとーっと狐耳の後ろ頭へ視線を送ると、ヒクヒクと彼女の肩が揺れる。
一方でトカゲはのっしのっしと歩いてきて、俺の足の上に真っ白の腹を乗せた。
隣の席にペンギンが立って、その後ろにシャルロッテが控える。
他の人は何かと準備に動いてくれている様子。
「ゲ=ララは魔法を使うの?」
『案ずるナ。さっき言っただロ』
「リンドヴルムが見たいとでも言ったのじゃろ。ゲ=ララはあやつの加護も持っている。安心するのじゃ」
「まあ、セコイアがそう言うなら」
この狐は涎モードの時と真面目モードの落差が激しい。
甘えた感じじゃない時の彼女の言葉に嘘はない。俺の弱さもちゃんと考慮して、更に安全マージンを取ったうえで大丈夫との発言だ。
魔法やら加護のことなんぞ全く知らない俺が推し測ったところでどうにもならん。
最初から理解を放棄して、信じる。これしかないし、考えることを放棄するのはとても楽なのだ。ははは。
「キミはカガクのことだけを考えておればよい。魔法のことは任せよ」
「俺とペンギンさんは何事も無ければ見てるだけだよ。頑張ってくれるのは、バルトロ達だから」
「最初に実証実験を行うのじゃろ? そのためについて来たのじゃろうに」
「うん。やり方はルンベルクを中心にみんなへ伝えてはきたけど、直接見る方がより確実だ」
「うむうむ。ボクも楽しみにしておる」
座ったまま足をブラブラさせるセコイアは見た目だけなら子供そのものだった。
そこへ大荷物を抱えたアルルが尻尾をゆらゆらさせながら登場する。
「アルル。1セットでよかったのに」
「そうなの? アルル、持てるだけ、持ってきたよ」
「ありがとう。そこに置いてくれ。ギリギリまでチェックしたい」
「うん。ペンタンもどうぞ?」
「ありがとう。アルルくん」
アルルが「はい、はい」と俺、ペンギンの順に魔道具を手渡してくれた。
見た目はダイナマイトに似るこいつは、本作戦の秘密兵器である。
これは苦労して完成させた魔力回路を組み込んだ魔素を電気に変換する魔道具だ。
時限式に改造を行い、威力の調整も済んでいる。
机上の理論はペンギンの計算によると、完璧のはず。
鍛冶場付近でやった魔力培養器を利用した実験も成功した。
ダイナマイトに似た魔道具を指先でコンコンと叩く。
調整するとしたら時限式の発動までの時間と威力の調整くらいなのだが、今はちゃんと配線が繋がっているのかチェックするくらいだな。
魔力回路は複雑怪奇だが、他の仕組みは単純だから俺でもすぐにチェックができる。
チェックマニュアルも用意していて、ここに持ち込んでいるのだ。ははは。イラストを描いたのはトーレだけどな!
「アルルくん、バルトロくん、ガルーガくんは今一度、確認を行ってもらえるかな? 万が一、疑問点があれば解消しておきたい」
俺に魔道具のチェックを任せたらしいペンギンがフリッパーをアルルに向ける。
コクコク頷いたアルルはペンギンをひょいっと抱え上げて、トコトコと船尾側へ歩いて行く。
「いよいよじゃな。整備はもう良いのか?」
「せっかくだから全部チェックするよ。直接倉庫に行った方がはやいか」
「それならば、杞憂でございます。全てお持ちいたしました」
「あ、ありがとう。ルンベルク」
優雅な礼をする執事の足もとに魔道具がパンパンに入った袋が置かれていたのだった。
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