第213話 大花火
「間も無く作戦範囲に突入します」
ルンベルクが厳かに告げる。
俺がちょうど倉庫から船頭に戻ったところだった。
「災禍の中心地に至る前に試し打ちしよう」
「承知いたしました!」
俺の掛け声に力強くルンベルクが応じる。
彼はいつもの礼ではなく、シャルロッテのように手を額につけた敬礼をした。
魔物を倒すという側面があるから戦いと言えるわけでもあるけど、俺の中では災害対策のイメージの方が強い。なので、彼の敬礼にちょっとばかし違和感を覚えるが、これもまたルンベルクらしいと思い直す。
人はその歴史において様々な災害に対し人工的な対策をとってきた。
水害、干ばつ、津波、火山噴火、地震などなど。自然は偉大で人知が及ぶ範囲の外にいる。だけど、起こった後のことならば対処できるのだ。
ダムを作り、堤防を作り、揺れに強い建物を。
そう。人類の歴史は災害と共にあった。
魔素の動きを変える。溜まり過ぎた魔素に対処することもまた同じ。
人工的に魔素を堰き止めたり、流れる場所を作ったり出来ることが理想だが、今回は間に合わなかった。将来的には水害対策のごとく、魔素対策も行いたい。
さて、いよいよだ。
機関室からピーと高い笛の音が鳴り響く。窓の外を睨んでいたルンベルクがこちらに顔を向けた。
彼と並ぶように、バルトロ、アルル、シャルロッテ、ガルーガがそれぞれの目で俺を見つめている。みんな俺の合図を待っているのだ。
ここにいないメンバーは機関室にいるリッチモンドのみ。他は立ち上がった俺の膝からずり落ちたセコイア。
あ、ペンギンもいる。彼は隣の椅子の上で嘴を上にあげぼーっとしていた。
何も考えていないわけはないのだが、外見だけだとそう見える。一体彼の聡明に過ぎる頭脳で何を検討しているのか、聞いてみたいが今は時間がない。
「さて、諸君。いよいよだ。タイミングはルンベルクに任せる。シャルは俺の傍に。他のみんなは配置についてくれ」
「はい!」
アルルがピシッと右腕を上にあげた。他のみんなもそれぞれがそれぞれらしく応じる。
さあ、状況開始だ。
先頭の椅子に腰掛けると、当たり前のようにセコイアが膝の上にちょこんと座る。足元にはトカゲのゲ=ララ。ペンギンはそのまま動かず椅子の上にいる。
この場に残った最後の一人であるシャルロッテには俺の補佐をしてもらうつもりだ。尚、足元で時々チクチクする爬虫類は数に入れていない。
ゲ=ララは万が一の時の備えである。セコイアが頼りになると言うのだから、たまに尻尾でペシペシしてくるのも我慢しようじゃないか。
さてと、状況を確認するとしようか。双眼鏡を手に取り覗き込む。
おし、バッチリ見えるぞ。
「投入。時限式A」
ルンベルクの低い声が開始を告げた。
ダイナマイト型魔道具は全て時限式になっている。AからEまであり、Aが一番動作開始までの時間が長い。
安全性が一番高いAから投入することは事前に決めていた。
飛行船を改装してこしらえた開口部からダイナマイト型魔道具が投下される。
は、速い。あっという間に米粒より小さくなったダイナマイトの赤色を双眼鏡の視界で必死に追いかける。
「ダメだー。こんな小さな魔道具を追いかけることができるわけないだろおお!」
「何も追う必要はないのだよ。ヨシュアくん」
「ん?」
「動作すれば分かる」
瞑想状態だったペンギンがくわっと目を見開く。ついでに両フリッパーも高々と上にあげた。
言われてみればもっともだ。誘導機能を持っているわけでもないし、カメラが備え付けられているわけでもない。
なので、そもそも正確性を担保することなど不可能なのだ。
「閣下。あと五秒です」
俺の懐中時計を託したシャルロッテが残り時間を告げる。
「確かに。だいたいの位置さえ把握していれば問題ないか」
実験では上手く行った。高度実験ももちろんしている。しかし、実戦は初である。
そうこうしているうちにシャルロッテのカウントダウンが進む。
「三、二、一……」
ピカアアア!
閃光弾が爆発したかのようにとある一点を中心に物凄い光がさく裂し、後からドドドオオオンと轟音が響き渡った。
花火の数十倍の規模だ。
ぽかーんと空いた口が塞がらなかった。
飛行船の速度はできる限り落としているので、視界が動いて行く速度が非常に緩やかだ。
なので、双眼鏡で光った場所を見ることも容易い。
「ちょ、ちょっと思った以上に威力が強い……かな」
「魔素密度から計算するに、電気変換量は想定内に見受けられる。しかし、少し発動までの時間が長かったね」
ペンギンが冷静な判断を下すが、俺は内心気が気じゃないぞ……。
風の影響か地面が丘のようになっていたからか、原因はいくつかあるだろうけど、ダイナマイト型魔道具は発動する前に地面に転がった。
それでも発動したのだから、衝撃耐性は十分だったということだ。
しかし、しかしだな。
電気がピカッと光り、爆風を伴って衝撃波となることは想定内だった。
双眼鏡からだから、俺の見間違いの可能性があるものの、爆心地は直径五メートルくらいのクレーターができている。
あれだけの土を吹き飛ばす威力となると、生物は一瞬でバラバラになってしまう。
TNT火薬に換算したらどれくらいなんだろうか。
公国北東部に領民が一人たりとも残っていないことは確認済みとはいえ、余りの威力に乾いた笑いが漏れた。
「ヨシュア様。時限式Bに変更されますか?」
「そうだな。時限式BとCを投下してくれ」
「御心のままに」
ルンベルクが指示を出すと、ダイナマイト型魔道具が再び開口部から落ちていく。今回は二個だ。
今度は空中で爆発し、凄まじい閃光に目がくらみそうになった。
「計算によると地面から百メートル以内に殆どの魔素が溜まっているのだっけ?」
「そうじゃ。実証実験とやらはもういいのかの?」
膝の上にいるセコイアに呼び掛けると、耳をピコピコさせた彼女が聞き返してくる。
無言で頷きを返すと、ひょいっと彼女が床に降り立ち尻尾をピンと立てた。
「後は任せておくがよい」
「魔素を計りながらで大変だと思うけど、セコイア頼りだ。頼んだぞ」
「うむ。魔素の感知なら右に出る者がいないのじゃ。大舟に乗った気でいるがよい」
「ありがとう。俺は魔道具のチェックでもしておくよ」
「なら私もヨシュアくんを手伝おう」
ルンベルクと会話を始めたセコイアに向けグッと拳を突き出す。
対する彼女は人差し指を立てにいいっと笑みを浮かべた。
んじゃま、俺は倉庫の方へ行くとしよう。椅子から降りようとして転げ落ちそうになっていたペンギンを支え、シャルロッテに抱っこしてもらった。
俺が自分でペンギンを持とうとしたのだけど、「閣下。ここは自分が」とか申し出てくれたので彼女に任せることにしたのだ。
決して、俺が抱えるとよたよたするから彼女にお願いしたとか、そんな理由ではない。彼女から申し出てくれたのだから、無碍にもできないだろ?
そういうことだ。ははは。
◇◇◇
ドオオン、ドオオン。
遠くから爆発音が聞こえる中、バルトロらに次々とダイナマイト型魔道具を手渡していく。
セコイアの指示でAからEのどれを使うのか決め、彼らが俺に必要なタイプを伝えるといった流れ作業である。
「アルル。魔物はどうなっている?」
「ん。ぱーん?」
「強力な魔物が集まっていると聞いたけど、まだなのかな?」
「これから、みたい」
首をこてんと傾けるアルルにダイナマイト型魔道具を手渡す。
受け取った彼女は首だけを下げくるりと踵を返した。
ザイフリーデン領の領都が本丸だ。あの場所に集まったモンスターを壊滅することができるかどうか。
思った以上にダイナマイト型魔道具の威力が強烈だったから、大丈夫だとは思うが……。
※追放された転生公爵3巻が6月10日に発売となります。ウェブ版もまだまだ続きます!引き続きよろしくお願いいたしますー。3巻の表紙にペンギン気球が乗っております。是非、表紙だけでもチラ見してみてください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます