第211話 であります!

 ――シャルロッテ。

 ヨシュア様がローゼンハイムで演説されてから早三日。公都からの領民が続々とネラックに到着し始めました。

 元より増え続ける領民のために、住居に余裕がありましたが、さすがに数が数だけに新たにインスラを建築する必要性に迫られたのです。

 これはポールさんらの活躍で概ね対応完了しました。ポールさんら大工の腕が確かなこともありますが、建材とインスラの規格を統一していたことが即応性に大きく貢献したのです。

 更に弟にも協力を仰ぎ、公国の資金で公国南西部から食糧支援を受けているのでした。

 公国も迅速に対応して頂き、さすがはヨシュア様が率いていた文官たちと感心しきりです。

 一時的にこれで凌ぎつつも長引くことも考慮し、流入した領民にも働ける人には働いてもらうように割り振りも決めました。

 主に牧場と農場ですね。

 誰も住んでいなかった地域ですので、土地は豊富にあります。まずはキャッサバとソーモン鳥の増産から始めようかと。

 ソーモン鳥は公国の宝だと私は思っています。この鳥無くして公国の肉を支えることなんてできません。

 遠く都市国家連合より輸入されたと聞いています。私の生まれるずっとずっと前の出来事だと父から聞きました。

 育ちが早く、群れる習性から飼育も容易と理想的な家畜なのですよ。

 そして、なんといっても温帯性キャッサバです!

 不毛の地と言われている……いえ、言われていた辺境でこれほど素晴らしい作物があったなんて。

 温帯性キャッサバは僅かな肥料で育ち、どれだけ荒れた土地でも生育することが分かっています。南部の緑が無い大地でさえも、きっと緑で埋め尽くしてくれることでしょう。 まだ南部まで農場は広がっていませんが……南部もいずれと思っていますが、挑戦するのは安定してから、ですよね。

 他の地域がまだ一割程度しか開拓できてませんので、先にそちらからです。

 もっともっと働かないとですね!


「シャルロッテ様、確認を」

「了解であります!」


 ヨシュア様の像を背に大広場へ続々とやってくる領民たちの様子を伺っていると、新しく雇い入れた文官に声をかけられました。

 さあ、お仕事です! ワクワクして参りました。

 ヨシュア様も後で様子を見に来られるとおっしゃってましたし。ですが、何故か彼は大広場に来ることを避けているのです。

 本物のヨシュア様はこの像より素敵なのですけどね。街の若い娘たちは像を見ただけでもきゃっきゃと騒いでいるくらいですから、本物の逞しくも凛々しいお姿を見たら、もう大変なことになるんですよ。

 更に、更に、像とヨシュア様が並ばれた時にはもう。


 ……っは。つい、ヨシュア様のことで思考が横道にそれてしまいました。

 それでもちゃんと指示は出していたのですよ。

 ローゼンハイムから来た領民たちを振り分けていると、先ほどの文官が耳打ちしてきました。

 どうもよろしくないようで、彼の顔が曇っています。

 彼が何を懸念しているのかすぐに察しました。


「シャルロッテ様……」

「問題ありません。普段から流民を受け入れてますので」

「普段と異なり受け入れる人数が段違いなのですが」

「大丈夫です。いざとなれば馬車を使いましょう。保管している馬車が大量にあります」


 ネラックには毎日、誰かしら新しい住人がやってきてます。ローゼンハイムからの大移動に紛れて、ここまで来た流民は一人や二人ではありませんでした。

 全て受け入れましょう。馬車で来る人が多いので、壊れた馬車や使わなくなった馬車を保管しているのです。

 食糧にしたって誤差の範囲ですしね。


「承知いたしました!」

「案内する人手がもう少し欲しいところでありますね」


 ふむむと顎元まで伸びた自分の赤毛に触れ、どうしようかと考えていると、にこーっと微笑んだ二人の少女が自分に向け小さく手を振っていました。

 一人はエルフ、もう一人は人間です。

 二人とも私のよく知る人でした。魔道具職人の娘マルティナと綿毛病の時にヨシュア様が直接治療に当たったミーシャです。


「シャル様! わたしたちもお手伝いしたいです!」

「し、たい。です」


 こんな少女たちに任せてはと不安な気持ちがよぎりましたが、「いいえ」と心の中で首を振りました。

 自分もヨシュア様もこの子たちくらいの頃に大人のお手伝いをしていたなと思い出したのです。ヨシュア様はともかく、私の無邪気なお手伝いは大人たちに迷惑をかけたかもしれません。

 ですが、最初はみんなそうなんです。

 お手伝いの中で学び、次はもっと上手にやれる。

 それに、彼女たちはこの街のことをよく知っています。


「でしたら、新規住宅地域は分かりますか?」

「はい !病院からあっちに行ってこっちです!」

「では。この方たちをご案内してもらえますか? 向こうにハインさんがいますので。ハインさんはお分かりですか?」

「短、い。女の、人。オレン、ジの髪」

「そうです。では、二人一緒で案内をお願いします」


 コクコクと頷く二人に微笑ましい気持ちになり、胸が暖かくなりました。

 彼女たちの活躍もあり、領民の受け入れは極めて順調に進んだのです。

 騒ぐ人も無く、皆さん指示に従って下さったのも進捗がよかった原因の一つでしょう。


 ◇◇◇


 屋敷に戻り、表を箒で掃除していたエリーさんに挨拶をしました。

 相変わらず、女性らしくて綺麗です。自分はガサツで……いえ、考えるのはよしましょう。邪な考えがよぎった自分に向け、「他人と比べるより過去と現在、未来の自分を比較しろ」というヨシュア様の言葉を復唱することにしました。


「ヨシュア様はお戻りです」

「ありがとうごさいます!」


 エリーさんに向け敬礼し、ヨシュア様の居室に向かいます。


「失礼いたします!」

「どうぞー」


 軽い調子で応じてくださるいつもお優しいヨシュア様。

 部屋の扉を開き、ビシッと精一杯の敬礼をします。

 部屋には椅子に腰かけるヨシュア様と机の上でペンギン氏がパタパタとフリッパーを振っていました。

 

「陣頭指揮をありがとう」

「いえ! 概ね完了いたしましたであります」

「そうか。もし怪我人や病人がいたら急ぎ対応して欲しい」

「幸い、怪我人は出ておりません。体調を崩されている方は、病院で受け入れております」

「ありがとう。年配の人も多いから、助かったよ」


 柔らかな天使の微笑みを浮かべるヨシュア様にくらりときてしまいそうになります。

 しかし! お仕事中であります!

 ですので、ぐぐっと堪え、平静を装……ぐ、負けそう……だ、大丈夫。

 頑張れ、私!

 

「ヨシュア様はペンギン氏と何を?」

「今日のところは何とか終わって、シャルの報告が来るまで雑談していたんだよ。この後、風呂へと思ってる」

「そうでありましたか。お待たせし、申し訳ありません!」

「いやいや、遅くまでありがとう」

「……ペンギン氏が何やら言いたそうでありますが」


 さっきからペンギン氏が嘴をパカパカさせて興奮した様子です。

 きっとヨシュア様とカガク談義でもなさっていたのでしょう。


「あ、まあ。ちょっとな」

「そうだね。災禍が終わってから、必ず」

「実験用の水晶はストックだけでも足りるかな」

「実験段階ならば、問題ない。幸い、レールもある。鉱山の方は作業の邪魔になるから、鍛冶場から伸びる路線を使おう」

「課題がありまくりだけど、俺もそっちで実験に勤しみたい……」

「ヨシュアくんは事後処理が終わってからだね」

「そうね……」


 何やらとても興味深いことをお話しされていたようです。

 折を見てヨシュア様かペンギン氏に聞いてみることにしましょう。


※あばばば、更新し忘れておりました。感想返信も滞りすいませぬー。

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