第197話 見えたぞ……
「これか、この方法だな!」
時刻は深夜二時を過ぎている。ネイサンには一時間ほど前まで付き合わせてしまった。
彼が就寝した後は、いろんな形で分割してもらった検体を組み立てることができるかどうか確かめていたんだ。
結果、ついに発見した。
答えは版画だったのだ。いや、版画と表現しただけで実際には版画じゃあないんだけどね。
雷獣の毛にある魔力回路を500枚のガラス板にちょこっとずつ写し取る。
全てのガラス板を重ねると魔力回路が完成するといった具合だ。
これならば、組み立てることも容易だし、分割して魔力回路に魔力が流れる様子を観察することができるはず。
「よおし、これならいけそうだ……だがしかし……」
分割する方法はこれでいい。問題は「何分割」できるかだな。
魔力回路は複雑怪奇だ。たとえるならCPUの電気的信号を捕える……は言い過ぎかもしれないけどどこまで細かく分割できるかが成否を握っていると言っても過言ではない。
電気的信号を捕えるってのは言い得て妙かもしれないな。電気を魔力に置きかえれば似ているかもしれん。
電気は一定の大きさにして流す仕組みだけど、魔力はそうじゃないんだよな。ここが、今回の分析を困難にしている原因である。
単に魔力回路を人工的に再現するだけじゃあ、魔力が電気にならないんだ。
魔力の強弱も含めて魔力回路に魔力を流さなきゃなんない。
「セコイアはお手軽に使っていたけど、魔法ってやべえな……」
生命の神秘ってやつか。
セコイアらが作り出す人工的な魔法も体内にある魔力回路の何かに働きかけて使っているのではと予想される。
ハチがどうやって飛ぶのか、人工的に再現するとなると非常に非常に困難だ。
そう考えれば、魔力回路の再現も似たような……。
ガタン。
あれ、何を考えていたんだっけ。眠気が勝ち、額を机にごっつんこしてしまった。
ええと、確か……。
ふわりと誰かに抱え上げられたような気がした。
◇◇◇
「むにゃー」
ん。どうやらあのまま寝落ちしてしまったらしい。
枕さんが気持ち良すぎて動きたくなくなるが、そうもいっていられない。
エリーかな、俺をベッドまで運んでくれたのは。深夜だったし、朝方に彼女が俺を運んでくれたのだろう。
「よおおし。今日もやりますかー!」
立ち上がって三角ナイトキャップを右手に掴み、気合を入れる。
空元気だよ……。
どうでもいいお話しではあるのだけど、三角ナイトキャップな、実は四つもあるんだ。
洗い替えもバッチリさ。俺が持ってきたわけじゃないんだけど、いつの間にかヨシュアクローゼットにセットされていた。
毎日綺麗に折りたたまれて、使ってくれと言わんばかりに置いてあるのだ。
鍛冶場で寝泊まりしている今でも変わらずパジャマとセットで三角ナイトキャップも持ってきてくれていた。エリーが。
「そういえば、枕も」
細かいところまで気配りしてくれてんだなあ。枕も慣れ親しんだものだと今更ながら気が付く。
ほんと俺のメイドには勿体ない子だよ、彼女は。
コンコン。
その時、はかったかのように扉をノックする音が響く。
「エリーかな?」
「はい。エリーです。ヨシュア様、おはようございます」
「すぐ行くよ」
「朝食の準備は整っております。ペンギンさんがお待ちですよ」
「ペンギンさんには魚でも食べて待っててくれと」
「すでにお召しになっております」
準備万端で待ち構えているわけね。
別れて作業をしている場合、お互いの進捗確認は肝要だ。
報告をし合ってから、作業に取り掛かる方が作業効率が上がる。
◇◇◇
「なるほど。分割かね。ブレイクスルーじゃないか、やったな、ヨシュアくん。もっちゃもっちゃ」
「うまく行くといいんだけど。分割自体にまだ課題があるんだ」
「そうだね。後は分割した場合にちゃんと魔力が流れるかも問題点だね」
「あ、そうか……確かに」
ペンギンと会話することで自分が考慮していなかった課題が次々に浮かび上がってきた。
うまく行かなかったら次の手を考えればいいだけさ。
汚らしく食い散らしながらペンギンが昨日分の報告をする。
「魔力回路に色をと考えたのだが、まるで見当がつかない。別のアプローチを試そうと試行錯誤を始めたんだよ」
「細胞に色をつけるのとはわけが違うってことかな」
「そうだね。ヨシュアくんと私は魔力や回路に対する知見が無さ過ぎる。基礎研究なしにその先を求めることは難しいと判断した」
「だなあ……基礎研究からとなると数年単位でかかってしまう」
俺たちが分かるものに置き換えることができれば、十分とはいかないまでも知見はある。
数学、物理、化学……何らかの学問とリンクするなら話が変わってくるのだけど。
「ヨシュアくん。1+3と2+2は同じことだと思わないかね?」
「算数の答えかな……どっちも4だよな」
「そう。どちらも結果は4なんだ。私はここを研究対象にしてみる」
「ペンギンさん、まるで意味が分からない……」
「そうかね。いいかいヨシュアくん。魔力回路Aと魔力回路Bがあったとする。流す魔力の量が異なった時、同じ結果をもたらすこともあると思わないかね?」
「何となくだけど意味が分かった。それって数学的計算で何とかなるものなの?」
「分からない。だが、数式に当てはめてみようと思う。もしこれで計算ができるのなら大発見だよ」
すんごい発想だな。しかし、本当にできるのなら、人工的な魔力回路の発展に大きく寄与するだろう。
ペンギンが言わんとしていることは、魔力回路の平坦化だ。
俺が顕微鏡観察でさんざ苦労していた通り、魔力回路に流れる魔力量とスピードは回路の場所によって異なる。
流す量とスピードが違うと、魔力は電気に変換されない。
そこで俺は魔力回路を分割し、魔力の流れを解析しようとした。
ペンギンはパーツごとの魔力回路と魔力を数値化して、数式に当てはめ同じ結果を及ぼす魔力回路と魔力を導き出そうとしている。
つまり、一定の魔力値を流した場合に魔力が電気になるよう、魔力回路を整えようというわけだ。
電気とCPUのように、一定の魔力を流せば効果を得ることができる魔力回路に。
自然を人工に変換しようってことだな。
できるできないは別にして、俺かペンギン、どちらかの方法がうまく行けば魔力回路開発が大きく前進する。
「それじゃあ、それぞれこの方針で進めて行くってことでいいかな?」
「もっちゃ……そうだね。ティモタくんにも共有しておくよ」
「助かる。俺はこの後ネイサンと籠るから」
「承知した。途中、ネイサンくんを頼るかもしれない。君の邪魔はしないつもりだけどね」
「うん。ネイサンには苦労をかけっぱなしだけど、そうもいっていられない状況だから我慢してもらおう」
「致し方ないことだが。私が言えたものではないのだが、この研究が終わった暁にはネイサンくんに褒美を与えてもらえないか?」
「もちろん。そのつもりだよ。この研究の成否がもしかしたら公国だけじゃなく、辺境国もレーベンストック、帝国さえも救うものになるかもしれないのだから」
そうだよ。目的を忘れたらダメだ。
魔力回路の開発がゴールじゃない。公国東北部の魔力溜まりをどうにかすることが目的なのだから。
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