第196話 ネイサンのちょっといいとこを
「ひゃああ。こんな世界があったのですね!」
「ミクロの世界は確かに別世界みたいだよな」
顕微鏡を覗き込んだままネイサンが驚きの声をあげる。
分かる、分かるよ。いつも目に入っているものを拡大すると、全く違う世界が広がっているんだ。
顕微鏡があるなら、天体望遠鏡も作ってみたいな。いや、作るのは俺じゃなくてトーレなんだけどさ。
これだけ精密な工作ができるのだったら、天体望遠鏡だって容易い……はず。
落ち着いたら晴れた日の夜にのんびりと空を見て、「お、惑星」なんてのも乙なものだ。
はあああ。いつになったらそんな日が訪れるのだろう。三年後だっけ? もうあと二年半もないけど、いや、弱気になるな。俺。
きっと俺の野望は達成される。そうに違いない!
「ヨシュア様、これと僕の『浄化』がどう繋がるのですか?」
「ネイサン。君の浄化のギフトなんだけど、言い換えれば『分解』なんじゃないかって思っているんだ」
「分解……ですか。より分けるという意味ではそうなのかもしれません」
「アルコールを抽出した時さ。アルコールとその他に分けたじゃないか」
「あの時は発想の転換に驚きました!」
ネイサンの浄化の応用力は素晴らしい。
ワインからアルコールとその他に分けた場合は、アルコールの方が浄化される対象になりアルコール以外が残り、アルコールは排除される。
逆にアルコールの方が多い液体を浄化すると、アルコールが残って純度が高くなるんだ。
浄化は浄化される物質と残る物質に分けるスキルと言えよう。
ネイサンが無意識にやっていることなんだけど、選択もできるんじゃないかって予想を立てている。
だけど制約もある。たとえば、生物を浄化……分解することができない。
この生き物ってのも曖昧でさ。先ほどのワインだって菌類が含まれているし、ブドウだって元々生物であり無機物じゃあない。
つまるところ――。
「試してみないとできるかどうかは分からない。いくつか試したいことがあるんだ。付き合ってもらえるか?」
「もちろんです。僕にできることなら。ガラムさんから公国が大変なことになっていると聞いてます。もし僕が少しでも助けになるならこれほど嬉しいことはありません」
ええ子や。
彼は俺の説明をコクコクと頷きながら聞いてくれた。
メモまでとって。ガラムにはもったいないじゃないか、俺の部下に欲しいぞ。
いや、彼の希望は職人か。文官じゃあない。
……諦めるか。彼には彼のやりたいことに向かって真っすぐに進んで行って欲しい。
俺の野望のための礎になってもらいたいなんて、酷い話だよ。
誰だよ、そんな酷いことを考えた人は。俺だよ!
なんて一人乗り突っ込みをしている間に、ネイサンがとったメモをまとめている。
「ヨシュア様、手順ですが、これでいいですか?」
「どれどれ。うん、この内容でバッチリだよ。順番にやっていこう」
「はい!」
元気よく返事をするネイサンに口元が緩む。
よっし、じゃあ順番に試していくとするか。
◇◇◇
「次行きます」
「あ、ネイサン。ギフトを使用すると人によっては極度に疲労するとか聞いたことがある。問題ないのかな?」
「僕のギフトはそれほど強いものではありませんので、殆ど疲れません。お気遣いありがとうございます」
「人によってはギフトを使うと疲れちゃうんだよな」
「そう聞いています」
ネイサンがギフトを連続使用しても問題ないことは喜ばしい。
俺も植物鑑定をいくら使っても全く疲れないんだよな。ギフトを使う場合、MPみたいなものを消費すると聞いたことがあるような、ないような。
魔力密度5の俺にMPなんてあるとは思えない。だから、俺はギフトを使おうが全く疲れないのだ。どうだ。ははは……。
虚しくなってきた。
さて、ネイサンの協力があって「浄化」のギフトを活用できる目途がついてきたぞ。
浄化のギフトは推測どおり分解や分割にも利用できることが分かった。
雷獣の毛にあるどの部分を分解できるのかを試行錯誤してみたんだ。
「ネイサン。たぶん、うまくいく。少しやり方を変えていくつか試したい」
「はい。疲労感はまだ全然ありませんので、ご協力できます」
「少しでも疲れを感じたら教えてくれ。無理は絶対にしないでくれよ」
「ちゃんと伝えると約束します」
「うん、無理ばっか言ってごめん。でも、光明が見えそうなんだ」
「ヨシュア様、一体何をなさろうとているのですか?」
「目指すものは『魔力回路の分割』なんだ」
力一杯に彼の質問に応じたのだけど、彼の反応は芳しくない。
はてとばかりに首をかしげるだけだった。
「俺がずっと顕微鏡とにらめっこをしていたのは、雷獣の毛に魔力を流し、電気に変わる仕組みを解明するためだったんだけど」
「はい。お聞きしております」
「それなら話が早い。魔力が電気に変わるのは雷獣の毛の中に構築されている魔力回路に魔力を流すからだ」
「なるほど。魔力回路を再現できれば、雷獣の毛がなくても魔力から電気を作ることができる、というわけですね」
「その通りだ。だけど、魔力が魔力回路を流れるのはほんの瞬きの間でさ。数百回とこの目で見たけど、とてもじゃないけど追いかけられないんだ」
「魔力回路が複雑過ぎて、余りに短い時間で流れるから……あ、そういうことですか!」
ネイサンも察しがついた様子。
彼の浄化のギフトを活用し、複雑過ぎる魔力回路を細かく分けて、個別に観測する。
分けることで複雑な回路を単純化し目で追えるようにできないかという事なんだ。
「これまでの試行錯誤で、浄化のギフトでは雷獣の毛を分解することはできないけど……いや正確には雷獣の毛のうち物理部分が分割できない」
「魔力回路は分解できたということですよね」
「うん。だから、どのように分解・分割すれば元の魔力回路に組み戻せるかを試したい」
「分かりました! ヨシュア様はやはり天才です!」
それほど大したアイデアが浮かんだってわけじゃないので、悪い気はしないけど褒められ過ぎると照れてしまう。
「四分割してみて、戻せるかを試す。戻せるやり方が分かったら、どこまで分割できるかに挑戦したい」
「はい。顕微鏡で確認しながら、ということですね」
「うん。ネイサンが認識しているかどうか、が大事だと分かったからね。君次第になってしまって負担をかけるけど」
「元に戻すところは僕のギフトではできません。分割の方はお任せください」
「よっし、じゃあ始めるとしようか」
これがうまく行けば、魔力回路の解明ができるかもしれない。
一筋の光が俺に再び活力を与えてくれた。
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