第198話 デスマーチ
――七日経過。
「う、おうふ」
研究内容を分割のみに注力することに切り替えて、もう五日になるのか。
ネイサンの活躍により、500までなら分割し、再構築する手順を構築できた。
浄化のギフトを使った分割は先に手順ができていたのだけど、再構築に手間取ったんだ。
というわけで、ネイサンのお手伝いはもう終了している。
「……ペ、ペンギンさんの方も見に行くか……」
開発のためにそれぞれ部屋を分け、集中できる環境を作った。
集中できるのはいいけど、七日中、六日が寝落ちとかそろそろ倒れるんじゃないかとか思ってきたり。
毎朝食事の際には報告し合っていたが、ペンギンも相当研究に熱を入れている。
倒れていないか心配……。エリーが俺とペンギンのお世話をしてくれているから、大丈夫だとは思うけど。
時刻は深夜一時を回ったところ。
この世界にはテレビとかスマートフォンなんてものはないから、暗くなるとみんな寝てしまう。
例外は酒飲みくらいのものである。そんな飲兵衛たちでも夜中の12時を過ぎると静かになるのだ。
ペンギンの部屋に行くと、やっぱり起きてた。
魔法のランプが煌々と輝きを放ち、椅子の上に立ったペンギンがノートとにらめっこしている。
「ペンギンさん……」
「ヨシュアくんか。どうだい?」
「こっちは何とか」
「そうかね。私の方もちょうど今、理論が完成したところだ。あとは理論通り行くかどうか君とティモタくんの協力を仰ぎたい」
「うん。しかし、紙とペンも使い辛いってのによくここまで」
「慣れだよ慣れ。君とトーレさんがフリッパーに固定するペンを開発してくれたからね」
ペンギンは自慢気に右フリッパーをあげて嘴を開く。彼のフリッパーにはペンギン専用ペンシルが装着されていた。
こいつは研究開発を行うにあたって必須アイテムなのだ。
フリッパーにしゃきんと装着することで字を書くことができる。
さすがのペンギンでも頭の中だけで複雑な計算を行うことは難しい。メモを取っていれば振り返ることもできるからね。
「え、えっと。確認していいかな?」
「数式をかね?」
「数式そのものじゃなくて、さっき理論構築ができたって」
「いかにも。理論的にはこれで正だと確信している。だが、得てして理論と現実は異なることがある」
「しかしよくもまあ……数値化なんてできたものだよ」
「それを言うなら君の方もだよ。CTスキャンのように輪切りにして、は少し異なるか。版画に近いんだったね」
「うん。俺の方もやっと分割したものを構築する手段を確立した。こっちはそもそも物理的にやっているからバッチリだよ」
「素晴らしい! 先を越されてしまったね」
「いやいや」
こっちはそもそも分割って手段自体があった。
魔力を流すことは諦め、分割して再構築するだけに注力したからな。
ペンギンの理論があれば、魔力回路の形をみて整えてやれば完成に向かう。
しかし、マジでやっちまうとは、恐るべしペンギンだよ。
彼の書いたノートをチラリと見てみたけど、まるで何を書いているのか分からない。
「計算がとても複雑なのかな?」
「それほどでもないよ。電卓があれば楽は楽だがね」
「計算ミスも減るし。いずれ電卓も開発したいところだよな」
「そうだね。今回の魔力回路の仕組みを使えば、開発できるかもしれない。その前に魔力回路の基礎研究が必要だがね」
「んだなあ。魔力回路の形と組み合わせによってどのような動きをするのかが解明されれば。電化製品を魔道具に置き換えることも夢じゃない」
「落ち着いたら、のんびりと開発してみるさ。魔力の世界は非常に興味深い」
そいつは任せた。
俺はペンギンさんが作ってくれた冷蔵庫を使ってアイスクリームが食べられれば嬉しい。
寝そべってゆっくりとね。
「しかし、ペンギンさん。今日のところはもう休もう」
「そうだね。さすがに頭が疲れてきたよ」
言うや否や、電源が切れたかのようにペンギンが動きを止める。
ちょ、おい。そこで止まると椅子から落ちるって。
慌ててペンギンを支えるが、重みに負けてペンギンと共に床に転がった。
も、もういいや、持ち上げるのもしんどい。
◇◇◇
翌朝目覚めると自室で寝かされていた。またしてもエリーのお世話になったようだ。
この日はバルトロら遠征組の報告を受ける予定になっている。
屋敷まで移動すると言っているのに、彼らが来てくれるというからそのままお言葉に甘えてしまっていた。
これで彼らの報告も三度目か。
となると、着替えないとな。
枕にさよならを言って、いつもの服装に着替える。
ちょうどそこで、バルトロらがやって来たようだった。
「みなさん、お待ちです」
「ありがとう。すぐ行くよ」
来客を告げるエリーに右手をあげて応じ、大きく首を回す。
さって、公国北東部はどうなっているかな。
「みんな朝から集まってくれてありがとう」
部屋に入って椅子の前でいつもの感じで挨拶をする。
こちらからはペンギン、エリー、屋敷から来てくれたルンベルク。
調査組といえば、アルルはいつもの感じだけど、セコイアは両腕を組み渋い顔をしている。
何より、飄々としたバルトロまでが眉間に皺を寄せていた。
こいつはただ事じゃあないな。
「バルトロ。どうしたんだ?」
「こいつはまだ予測なんだが、ちいとマズイ事態になるかもしれねえ」
「うむ」
バルトロの言葉にセコイアが続く。
二人の熟練者が予想したことだったら、かなりの確率で正しいんじゃないか?
続けてくれとバルトロに仕草で示す。
「行って戻ってを繰り返していた一団。ヨシュア様が注目してくれと言ってたろ」
「うん。奇妙な行動をしていた」
「そいつらを経過観察してたんだけどな。どうも、目的地があるように見えたんだ」
「目的地か……」
バルトロの説明によると、奴らは連日のように魔素溜まりの外に出てきている。
だが、ある程度進むと戻って行く。
ここまでは俺も把握していた。彼らにとって魔素が薄い地域は苦痛なのだろう。
息を止めて潜水するかのように、我慢できなくなったら戻る。
目的は不明だった。
バルトロらの観察によって、集団にはリーダーがいることが分かったんだ。
特にそいつに他の魔物が従っているような感じではなかったのだけど、そいつの魔力なのか魅力なのかに引っ張られるようについてくるモンスターがいて集団になっていた。
リーダーに率いられた集団は日に日に遠征できる距離を伸ばしている。
途中で他の生物と遭遇しても、魔素溜まりの中にいた時のように襲い掛かることもしない。
無害だと言えば無害なのだけど、実はこいつには目的地がある……というのがバルトロの談である。
「そいつはローゼンハイムを目指してんじゃないかと思ったんだよ」
「公都を? 一体何の目的があって」
「分からねえ。だが、奴らは日に日にローゼンハイムに近づいている」
「猶予はどれくらいありそうだ?」
「そうだな。ローゼンハイムの警備隊の網に引っかかるまであと三週間……いや、早ければ二週間くらいかもしれねえ」
こいつは開発を急がないと。
ローゼンハイムでモンスターが暴れるとなったら一大事だぞ。
※結局デスマーチをやるヨシュアさん
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