第177話 宴の後

 トントンとセコイアとバルトロが馬車からきた。

 一方、御者役のガルーガは既に御者台から降りて馬の様子を見ている。

 

「どうだ?」

「特に負荷がかかった様子はないな。結構な荷物を積んでいたはずだが」

「いいんじゃねえか。トロッコの代わりに馬車を引かせるなんて、よく考えたもんだぜ」


 馬のたてがみを撫でたバルトロは、ニカッと白い歯を見せた。

 ガルーガはガルーガで馬のソエに触れながら、「確かに」と言葉を漏らす。

 

 そんな二人を見つめていたら、腰に衝撃が。


「ヨシュア。何をぼーっとしておるのじゃ」

「馬の様子を見ていたんだってば」


 腰にアタックしてきたのはセコイアだった。

 このまま頬をすりすりとしてきたので、狐耳をピンと弾き油断させたところで引きはがす。


「それならあの二人の様子を見れば一目瞭然じゃろうて」

「そうだな。うん」


 再びアタックしてきたので、華麗に回避する。

 すると勢い余ったセコイアはエリーの腰に抱き着く形になった。

 しかし、流石のエリーである。セコイアアタックでは一ミリたりとも重心が動いていない。

 エリーはどうすべきか迷っている様子で、縋るような目で俺を見つめてくる。

 それに対し、「放置しておけ」という意味を込めて無言で首を左右に振った。


「子供じゃないのじゃあ」

「ヨシュア様が持ち上げるようにと」

「ぬうう」


 セコイアの脇に両手を入れ、高い高いの要領で彼女を抱き上げるエリー。

 対するセコイアは足と尻尾をパタパタさせている。うん、意図は違ったけど彼女が喜んでくれているようで何より。

 

「ボクもヨシュアみたいに仮装すればよかった。お揃いにするのじゃ」

 

 高い高いされたままのセコイアがむううと頬を膨らませる。

 

「馬車組はみんな仮装していないんだな。すまん、ずっと作業をしてくれていたのか?」

「そうじゃの。早く動かしたくてのお。収穫祭に間に合わせるとトーレとガラムが特に」

「へえ。出てこないんだけど……」

「出て来ぬかもしれんな」


 遠い目をするセコイアに何だろうと不思議な気持ちになった。

 何とかして収穫祭に間に合わせたいことと馬車の中から出てこないことが繋がらないぞ。


「まあ、満載しているから。あの人らでもすぐには終わらないんじゃねえか」

「ほう。あ、そういうことね」


 腰に手を当て、口笛を吹くバルトロからようやく察した。

 息が酒臭い。彼は素面に見えるけど、相当飲んでいるな。

 となると、ガルーガの発言も合点がいく。

 「結構な荷物」とは全て酒のことなんじゃないか! 収穫祭は飲めや歌えやのお祭りだから、それに合わせて飲みたい。

 それも、馬車鉄道の開通に合わせて、ってことだな。


 ピコーンとトーレらの状況を察した時、ちょうどエリーに降ろしたもらったセコイアが服の袖を引っ張ってきた。


「そういえば、ヨシュア。宗次郎はどうしたのじゃ?」

「あ、しまった。置いて来ちゃった。徒歩でこっちに向かっているかも」

「馬車鉄道じゃったか。考えたのはキミじゃったが、宗次郎も原案を作ったんじゃろうて」

「そうなんだ。鉱山からどうやって重たい鉱石を運ぼうかと考えてさ。鉄も豊富にあることだから、鉱山で鉄を溶かしてそのまま馬車鉄道を敷こうと」

「坑道にあるトロッコをこのような技術に転用するとは。恐れいった。誰しもが思いつきそうでそうではない」

「計算してくれたのはペンギンさんだからな。実用化できたのもペンギンさんあってのことだよ」


 だというのに最大の功労者を置いて来てしまったのか。

 アイデアは俺が。理論構築はペンギン。設計図を描き、実物にしたのがトーレとガラムら職人たちである。

 露天掘りができる鉄鉱山というか丘を発見したはいいが、街まで結構な距離があった。険しい道を回避するルートは見繕ったが、効率的な運搬を鑑み馬車鉄道を敷設してみようとなったのだ。

 敷設までに時間がかかるが、一度に運ぶことができる量が格段に増え、馬の数も少なくて済む。

 ……正直に言うと、鉄道という浪漫を再現したかったというところが大きい。

 線路があれば、初めて鉱山に向かう者にとって道しるべとなる。難点は定期的なメンテナンスが必要なことだけど、どれくらいの手間になるのかは未知数。

 馬車鉄道が機能しなくなってしまう可能性もあるが、新しい技術を取り入れていくこと自体は無駄にならないはず。

 

「ヨシュア様。わたし。ぺんたん、おむかえしてくる」

「ありがとう。助かるよ」


 じっと会話を聞いていたアルルが耳をピンと立て右手をビシッとあげる。

 ぴょんとその場で跳ねた彼女は、物凄い速度で駆けて行った。

 全力疾走しなくてもいいのに、と言おうとしたらもう声が届かない距離になっていたのである。

 

 さて、飲んだくれはどうなっていることやら。

 馬車の扉を開けると、むわっと酒の匂いでくらりとくる。

 ついて来ようとしたエリーとセコイアに「待って」と手で示す。

 匂いだけで酔いそうだよこれ。

 

「おー、ヨシュアの」

「ヨシュア坊ちゃん。ささ、ささ」


 赤ら顔のガラムは大きなジョッキを傾けながらご機嫌に俺の名を呼ぶ。

 トーレは顔色が一切変わっていないけど、かなり飲んでいることが窺える。

 

「ん、これ」


 トーレからあまりに自然な動作でカップを手渡されたものだから、ちろっと舐めてみた。

 この味、キャッサバ酒じゃないな。


「ビールか。いつの間に大麦を」

「畑で育てていたんですぞ。収穫祭に合わせて、ですな」

「ちゃっかりしているな。育てたのはトーレたちが?」

「違いますぞ。分けてもらったのです。全部ビールにしましたぞ。ふぉふぉふぉ」

「領民たちの分も?」

「もちろんです。もちろんですぞおお。ビールの海に沈めるほど作りました故」

「……」


 ま、まあいいか。待望のビールを飲むことができているんだし。

 俺はこうキンキンに冷やして飲みたい。セコイアに頼めばやってくれるかな?

 

『ほう。ビールかね。麦芽は良いものだね』

「うお。もう来たのか」


 よおと右フリッパーをあげるアルルの胸に抱かれたペンギン。


「どんなものが作れるのだっけ?」

「代表的なものは水あめだね。あとはアミラーゼを抽出すれば、胃腸薬にもなる」


 公国語に切り替えたペンギンが嘴をパカパカとさせた。

 ふうむ。いろいろできるんだな。

 

「ヨシュアの。ほら、たんとある。飲め飲め」

「全く、仕方ねえな。まあいいか。今日はお祭りだ」


 コップに入ったビールを一息で飲み干す。

 おおお。これは中々。

 さすが、ガラム拘りのビールである。

 

「ヨシュア様。お酒ですか?」

「エリーはノンアルコールじゃないと。そうだ。ガラム。ここにある樽を一つもらっていっていいか?」

「もちろんじゃ。外で飲もうというのじゃな」

「そそ」


 すると、エリーがさっそうと馬車の中に入ってきて、大きな樽をひょいっと持ち上げた。

 ガルーガに頼もうと思っていたのだけど、まあいいか。

 彼女は顔色一つ変えていないし。

 

 外に出て、集まったメンバーで地面に座りぐるりと円になる。

 いつの間にかおつまみ類やらも用意されていて、ジュースもちゃんと運ばれてきていた。

 馬車に積んでいたのかな?

 ともあれ。

 

「収穫祭を楽しもう。乾杯!」


 立ち上がって杯を掲げると、他のみんなも同じように手持ちのジョッキを上にあげる。

 コツンとそれぞれのジョッキを打ち付けあい、「乾杯―」と声を揃えた。

 

 収穫祭を開くことができ、ネラックの街は順調そのもので推移している。

 次は何をやろうか。やることは相変わらず山積みだけど。ようやく形になってきた。


※ここで第二部終わりにしようと思っていたのを忘れてました。きゃー。

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