第176話 収穫祭2
「アルルはミイラ? かな。エリーは吸血鬼?」
「うん!」
「は、はい。伝承にあるバンパイアなのですが……」
「はい」と右腕をシャキッとあげるアルルであったが、腕に巻いた包帯がほどけてしまう。
彼女が街中で全裸にならないか、ちょっと心配になってきた。
大事なところはちゃんと縛っているんだよね? エリー。
ま、まあ。アルルはともかく、彼女が手伝ったのなら万が一もないか。うん。
一方のエリーはというと、喋る時に顔をあげ俺を見上げるようにしていたが、言葉の最後の方でまたうつむいてしまう。
頬が少し赤い。
この恥じらいはどういった意味あいからきているのだろう?
彼女は胸だけを覆う黒いブラみたいな布に、黒のホットパンツの上から、膝下まである黒いマントだけという装いである。
動くとたわわがゆさゆさしていた。
マントの裏地は赤で、黒髪黒目で全身真っ黒の彼女によく映える。
「エリー。君がこうだと思ったものでいいんだよ。その伝承上のバンパイアがどんな格好をしていたかなんて誰も気にしないさ」
「そ、そうでしょうか」
「うん。二人ともホラー路線だけど、可愛く仕上がってるよ。心配しなくても大丈夫。うん」
「はい! ヨシュア様!」
ぱああと笑顔になるエリー。
どうやら、もじもじとしていたのは羞恥心からでなく、「間違ってるかもしれない」との恥ずかしさからだったようだ。
「やったー。エリー。ヨシュア様が。かわいいって」
「え、あ。か、かわ、かわ……」
「うん。二人とも可愛い仮装だよ。他のみんなのも見てあげてくれ。みんな気合い入ってるから」
ぶしゅーと真っ赤になって両手で顔を覆うエリーをよそに、アルルはこてんと首を傾け尋ねてくる。
「ヨシュア様とぺんたんは、おそろい?」
「よく分かったな。その通り。ペンギンさんは帽子だけだけど」
「よっ」とアルルに向け右フリッパーをあげるペンギン。
「冒険者さんみたい? アルルよくわからない。だけど。お揃い。いいな。アルルも、ヨシュア様みたいに、かっこいい、なれるかな」
「アルルのも今度作ろうか。デザイン案はペンギンさんだけどね」
「うん!」
アルルからカウボーイならぬカウガールかな。彼女ならズボンよりスカートのが良さそうだ。
「あ、シャルさんの。かわいい!」
「そ、そうでありますか。鱗ならまだ少しあります」
くるくると目移りする彼女の次のターゲットはシャルロッテだった。
目を輝かせ、彼女の肌色が多い装いを見ている。
かと思えば、ルンベルクへ目がいき「リッチモンドさんみたい」ときゃっきゃしていた。
エリー? 彼女はようやく再起動したところだ。
本来の目的を思い出したらしく、俺の前に立ち「あちらです」と腕を中央大広場の方へ向けた。
◇◇◇
「うわあ……」
「素敵ですよね!」
思わず変な声が出てしまったのだけど、エリーはご機嫌そのものである。
あれだよあれ。あの見たくない像が装飾されているんだよ。
古代ギリシャのようなトーガを着ている姿だった像が、様変わりしていた。
どこから持ってきたのかゴージャスな赤マントに、金色のボタンダウンを装着していて、頭にはライオンかな?
獣耳がくっついている。よく見てみたらマントから尻尾が見え隠れしていた。
「『素敵ですよね』じゃないんだよ!」とはエリーに言えず、苦笑いするだけの俺……。
彼女らは俺のことを思ってこの像を装飾してくれたのだろうから、無碍にはできないよね。
となれば、黙る以外にない。褒めるなんてことは、絶対にできない心の狭い俺だから、な。
「ヨシュア様、こちらへ」
「うん」
誰が置いたのかとか、既に気にならなくなっていた。
いつも当たり前のように設置されているからな。俺専用らしい演壇。
置かれているのはもはや突っ込むことはしない。だけど、何であの像の前に置くんだよ!
渋々ながらも、像を背にするように演壇を登る。
段を登りきると、鼓膜が破れんばかりの大歓声が迎えてくれた。
「諸君」
一言声をかけると、途端にシーンと静まり返る。
両手を広げ、にこやかな笑みを浮かべ大きく息を吸い込む。
「諸君、今日という日を迎えることができてこの上ない喜びだ。全員一丸となり、街の発展に尽くしてくれた。心からの感謝を。今日は、飲んで食べて、楽しんで欲しい!」
ワアアアアアア!
と割れんばかりの歓声と盛大な拍手が巻き起こる。
一言だけにしたけど、俺が長く喋ったら祭りの開始が遅くなってしまうからな。
みんな、思い思いの仮装に身を包んでいて、お祭り感満載だ。
トントンと壇上から降り、並ぶエリー達の元へ戻る。
「じゃあ、みんなもそれぞれ楽しんで欲しい。エリー、アルル、収穫祭の準備、ありがとうな」
「とても、楽しかったです。このような機会を与えてくださり、感謝いたします」
「うん!」
エリーとアルルがペコリと頭を下げた。
あれ? ペンギンは一緒に行動していたからいるのは当然として、セコイアや職人たちの姿が見えないな。
みんな、こういう飲めや歌えやのお祭りは好きそうなのに。
「バルトロとガルーガもいないか。彼らは既に飲んでいるかもしれないけど」
「いえ、二人とも鍛冶場で手伝いをしております。もう間もなくこちらに到着する頃だと思いますが」
俺の独り言を聞いたルンベルクが彼らの行き先を教えてくれた。
「ん。ひょっとして、完成したのかな」
ピンと来たぞ。
それなら彼らがまだ来ていないのは納得できる。街側から鍛冶場に向けて工事をしていたから、工事の最終地点は鍛冶場前のはず。
この日までに完成させようと、急ピッチで進めていたのかもしれない。
「見に行ってみるか。では、各自、楽しんで。護衛は……必要ないと言いたいところだけど、そうもいかないんだよな」
「お供いたします!」
「今日はエリーだったか。んー。セコイアと合流したら、護衛は彼女に任せよう。アルルも一緒についてきてもらえるか?」
「はい!」
二人にはお祭りを一緒にすごしてもらいたいなあと思って。
俺の護衛という役目がなかったら、きっと彼女たちは一緒にお祭りを楽しむはずだから。
せっかくの収穫祭なのだから、俺の護衛で水を差すなんてことをしたくない。
◇◇◇
二人を連れて、中央大広場から斜め上の道に入りてくてくと進んで行く。
それにしてもびっしりと家が建っているよなあ。少し前まで何もない荒地だったなんて、信じられない。
「そろそろ、レールが見えてくるはずだけど」
「ヨシュア様。馬車がきます」
「お?」
俺の目にはまだ見えないけど、アルルの視力だと見えるようだ。
ということはもう、やって来るかな。
地面に敷設された鉄のレールが見えてきたところで、ようやく俺の目でもハッキリと馬車と馬が確認できた。
ガタンガタン。ガタンガタン。
お、この分だと俺が着くのと同じくらいに向こうも到着しそうだな。
御者台にはガルーガがいて、馬は一頭。
馬車は通常の馬車より縦に長く、横幅も若干広い。同じ形の馬車が鎖でもう一台連結されている。
後ろの馬車の連結部にはバルトロの姿も見えた。
馬車は鉄のレールに沿って進んでいる。
「このような乗り物初めて拝見しました。これは一体どういったものなのでしょうか?」
「これは、馬車鉄道といって、馬一頭で通常の馬車の四倍から五倍の荷物を運ぶことができるんだ」
レールを敷いていく様子を見ていたエリーだったが、何に使うものなのか楽しみにしていたのかな?
工事を始めた時にもどんなものができるのか尋ねてこなかったんだ。
実物を見て、大きな目を見開いて驚いた様子だった。
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