第157話 タイガ
「ふむふむ」
草餅は中に餡子が入っていないかわりに、栗をシロップで煮込んだものが入っていた。このシロップ……もしや、砂糖を使っている?
砂糖、砂糖か!
公国で最も一般的な甘味料はハチミツである。辺境だとカンパーランドシロップだな。
公国時代に砂糖を使った料理なりお菓子を食べたことは数えるほどしかない。
というのは、砂糖の原産地が原因である。砂糖は遠く都市国家連合を経由して輸入されていた。
確か都市国家連合に所属する島嶼がサトウキビの産地だとか何とか。
「辺境伯様、いかがいたしましたか?」
「いえ、この栗に使われている甘味料が気になりまして」
一口食べたまま思案していた俺に向けタイガが不安そうに問いかけてくる。
いかんいかん、ついつい考え込んでしまった。
俺の返答を聞いた彼は納得がいったのか「うむうむ」と頷き、言葉を続ける。
「それはある種の虫を煎じたものです」
「へええ。養殖できるのかな?」
「試したことはありませんが。木の蜜に集まる甲虫の一種です」
「サンプルを頂けるのでしたら、是非とも」
言った後しまったと気がつく。砂糖ではなかったものの、似通っている甘味料はとかく貴重だ。それをいけしゃあしゃあとうちで育てたいからなんてことは不躾に過ぎる。
すぐさま否定しようとしたが、タイガがにこりとした顔で先んじた。
「準備いたします。生きているものが手に入ればいいのですが。煎じ方もあなた様につきそうどちらかにお伝えするよう手配します」
「い、いえ! それはさすがに」
「もし、量産できた暁には、我々にも卸して頂けると幸いです。その際は少しお勉強して頂けますと」
「い、いえいえ。こちらが輸入させて下さい」
「市場に回るほどはとれていないのです。人工飼育に挑戦する者もおらず」
「でしたら、共同開発ということにさせて頂けますか? できれば、誰か一人、派遣してくださると」
タイガは驚いたように細い目を見開き、品の良い笑い声をあげる。
「辺境伯様、本当にあなた様という方は。単に人が良いというだけでなく、商業的、政治的な感覚も含め、感服いたしました」
「い、いえ」
人材が欲しいこちらが資金を出すというのは、レーベンストック側に譲った形に見えるかもしれない。だけど、辺境国にも多大なメリットがある。
俺たちが欲する人材をタイガは理解しているはず。
それは、砂糖に似た甘味料の元となる虫のことに詳しく、煎じ方にも精通している人物である。
実験をするのは俺たちの資金だけど、件の人材がいることで、どれだけ助かることか。
時間も資金も数倍変わってくることだろう。
甲虫の飼育に成功した暁には、もちろんレーベンストックに技術を持って帰ってもらうつもりだ。
レーベンストックで砂糖産業が花開けば嬉しい。その時には辺境国でも砂糖を生産していることだろうけどね。
だけど、レーベンストックと辺境国では国の規模が大人と子供以上に違うので、彼らは彼らで砂糖を輸出することに支障はないはず。
彼らの協力が徒労に終わらぬよう、甲虫の人工飼育を成功させねばな。
ん? もちろん俺には飼育技術なんて微塵たりとも持ち合わせていない。有識者を集めて、あれやこれやと試すことになるだろう。
辺境国はネラックの街一つで構成されている小さな国だ。小さいからこそ小回りが利き、トップダウンで注力したい産業に力を注ぐことができる。
成功率はそこまで悪いものじゃあない、はず。
他力本願万歳であることは否定しない……。
おっと、俺だけ草餅を頂いているじゃないか。
「エリー、ルンベルクも草餅を頂いてくれないか? せっかく二人の分もタイガさんが準備してくださったのだから」
「恐縮です」
「畏まりました。お心痛み入ります」
二人がタイガに向け深々と頭を下げる。
座ってもらおうとしたのだけど、俺が口を挟む前に彼らは立ったまま草餅に手を付けた。
「ほう……」
「美味しいです」
ルンベルクが目を細め、息を漏らす。エリーはもう幸せいっぱいといった感じで頬が緩んでいた。
「おいしいよな。草餅」
「はい。味もさることながら、魔力が回復することによって疲れた体の改善に効果があるかと愚考いたします」
「ほ、ほう」
「ヨシュア様もギフトの多用でお疲れのことでしょう。この草餅で少しはお元気になられたのでは?」
「ま、まあそうね」
口ではそう言ったものの、変な形で顔が固まってしまったじゃないか。
微塵たりとも体力が回復したとか、感じなかったぞ。おいしかったのでリフレッシュはできたとは思うけど……。
ルンベルクが嘘を言うはずもなし。となると、この草餅には魔力回復効果があるってことか。
てことはだな。餅の原料である小麦粉に似た粉は特筆すべき特徴はない。
甲虫が原因であったらお手上げだけど、一度調べてみる価値はある。
そんなわけでさっそく草餅を植物鑑定してみる。
ほ、ほう。
「タイガさん。草餅に使われている草は希少なものなのでしょうか?」
「いえ。珍しいものでではありません。雑草扱いされているほどですので」
となると。量を集めることも容易いか。いけるかもしれんぞ。
「なるほど。この草……カヤツリグサの一種なのですが、一般的な多年草、一年草に比べると単位面積あたりの魔力保有量が10倍にも及びます」
「それが食べた時、疲労回復、魔力回復効果がある原因なのですね」
「そうです。地下茎を伸ばすタイプの草なんですけど、根と葉から魔力を吸収するんです」
「そう言う事ですか!」
「はい。ネラックから持ち込んだスギゴケ(魔力型)ほどの魔力吸収量がありませんので、ベッドのように敷き詰めて、その上に患者を寝かせればいけるかもしれません」
「ありがとうございます! まさかたった半日で目的のものが見つかるとは!」
感極まったように俺の手を両手で握りしめるタイガ。
「これは私の力で発見したものではありません。タイガさんの気遣いがきっかけでルンベルクとエリーが気づき、発見に至ったのです」
「辺境伯様……。私は公爵時代のあなた様の噂を何度も聞いてきました。領民が崇拝するほどまで信頼厚い君主だと。正直、一体どれほどのものかと訝しんでおりました」
「噂は所詮噂ですからね。噂には尾ひれがつくものです」
「いえ! 私は以前の自分を殴り飛ばしたい。あなた様がこれほどまで慕われる理由を肌で直接感じることができました。長の身でありながらも、あなた様に付き従いたくなるほどに」
「それは過分な評価ですよ」
は、ははは……。
本当にたまたま発見しただけだからな。
分かってるって。発見したことに対して言っているんじゃないってことを。だけど、手放しで褒められるほとのようなことをしたつもりはない。
「え、ええと。タイガさん。すぐに植物を集めている人たちに作業を止めさせないとですよ」
「そうですね。すぐにカヤツリグサ? でしたか。を集めさせるように指示を出します!」
タイガは控える若い猫耳族の二人に目配せをする。
頷きを返した彼らはすぐに動き始めたのだった。
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