第156話 ひたすら鑑定だ!

 ネズミ族の二人は夫婦じゃなくて兄妹だった。

 体つきで大人か子供か判断できることが多いけど、ネズミ族は大人になってもセコイアくらいの身長にしかならないのだよね。

 なんで知ってるのかって?

 円卓のテーブルがある場所で会談をしたとき、各部族の代表がいただろ。そこでネズミ族の代表とも別れ際に握手を交わしている。

 じゃあどこで判断したのかというと、声だ。

 男の子の方が少年みたいな声だったことから、女の子の方もまだ小学生くらいと予想できた。


「ど、どうですか?」


 不安気に鼻をひくひくさせ、固唾を飲んで見守る兄の方。妹は兄の服の袖を掴みじっとこちらを見つめている。


「一つ一つ調べていくよ。ありがとう」


 いつの間にやら彼らの後ろに数組並んでいたので、俺の鑑定が終わるまで待っててもらうわけにもいかなかった。

 彼らは控えていた猫耳の女の子に導かれ、天蓋の外に移動して行く。


「辺境伯様! ワタシは商人をやっておりましてです。この辺りでとれないものも、持ってきましたですはい」

「ありがとう。全部確認させてもらうよ」


 パンパンに膨らんだお腹が特徴的な熊頭の商人が次の来訪者だった。

 クリーム色のエプロン姿とつぶらなおめめも相まってぬいぐるみのようだ。毛色は焦げ茶色である。

 抱きしめたら気持ち良さそう……。おっといかんいかん、仕事仕事。

 しかし、こうも並んでいると一人一人の相手をしていたら、鑑定することが出来ないな。

 

「ルンベルク。せっかく来てくれた人たちにせめて直接お礼を言おうと思っていたのだけど、こうも並ぶと俺の作業が進まない」

「然りと存じます」

「代わりに受け取りを任せてもいいかな。俺は鑑定に精を出してると伝えて欲しい」

「御心のままに」


 片膝をつき傅いたルンベルクが、頭を下げ了承の意を示した。


「エリー。持ってきてくれたものを整理しつつ、一つずつ俺に渡してもらえるか?」

「はい!」


 エリーと協力して、ようやく本題の植物鑑定を開始する。


 一つ目。

 ふむ。ふむふむ。

 雑草の一種だが、虫下しに使えるそうだ。特段魔力は関わってない。


 二つ目。

 蔦状植物か。ブドウの一種らしい。乾燥したステップ性の気候が至適だそうだ。ネラックで育てるなら南側の崖がある辺りかな。

 水やりさえすれば育ちそう。


「次、頼む」

「はい!」

「っと、大きいな」

「私が支えます」

「ありがとう。そのまま持ってて」

「ヨ、ヨシュア様の手が……」

「すまん、ついコンコンしてみたくなるんだよな」

「いえ! しかと手を重ねていただいても」


 ふんすと鼻を鳴らすエリーのことはスルーして、彼女の持つ瓜の一種を鑑定することにした。


「え、えええ……」

「ヨシュア様に何か危機が!」

「あ、いや。鑑定の結果に驚いただけだから、そのポーズはやめような」

「は、はしたない真似を、申し訳ありません」


 両手の指先を曲げガオーのポーズをしてにじり寄るエリーを窘める。

 彼女は自分の体勢が恥ずかしかったのか、頬を赤らめ顔を逸らす。

 

「これ、瓜だと思ったら種だった」

「大きな種なのですね」


 種はアーモンド型で手の平に収まりきらないほどの大きさがある。

 色は暗褐色で縦に細かい線が入っていた。


『名前:ジャイアントホホバ

 概要:種子から良質のオイルがとれる。保湿効果が高い。

 育て方:貧栄養、雨量の少ない地域で育つ。水の与え過ぎに注意』

 

 ホホバということに驚いたんだよね。

 地球産のホホバはほんの小さな種である。鑑定結果の情報によると地球産のホホバと同じような用途で使うことができそうだ。

 食用よりは、マッサージオイルやシャンプー、トリートメントオイルに利用することがおすすめである。


「こいつは持ち帰って育てたいな。特にネラックの女性陣が喜びそうだ」

「この種が、ですか?」

「うん。この種から採れる油は保湿効果がとても高く、肌に直接塗っても大丈夫なほど低刺激性なんだ」

「素敵ですね!」


 エリーと顔を見合わせ頷き合う。

 帰るまでにこの種をいくつかもらえるように交渉しよう。

 

 ◇◇◇

 

「これは……芋だな……食用」

「次はこちらです」

「……一年草、特に使い道はない」

「どうぞ。ヨシュア様」

「これも特筆すべきことはない……」


 最初の頃は一つ一つ鑑定するたびに感想を述べたり、一喜一憂したりしていたのだけど50を超える頃からどんどん口数が少なくなっていった。

 100を超えるころには作業となり……今は150個目くらいだろうか。

 

「ヨシュア様。ずっとギフトを使われていらっしゃるのですか?」


 客人の対応を続けていてくれたルンベルクが肩で息をする俺を心配し声をかけてくる。

 

「うん、流れ作業が続いてるから。疲れてきてしまったよ」

「エリーゼ。ヨシュア様はどれほどのギフトを?」

「212回です。対象を見つめるお姿が素敵です」

「ヨシュア様。早急に休息を挟んで頂けますよう愚考いたします」

「ん?」

「いかなヨシュア様と言えども、ギフトの連続使用が二百とは尋常ではありません」


 そ、そうなの?

 疲労感があることは間違いないけど、ギフトを使ったからではない。

 単純作業が辛くて……が原因だ。

 今までこれほど連続で植物鑑定を使ったことはなかったけど、特に体調に変化はないのだけど。

 辺境に来た頃も食用の植物を探すために大量に鑑定した。あの時も特にこれといって体に問題はなかった。

 

「辺境伯様。我らのことを慮るお気持ちは重々承知しております。ですが、ルンベルク殿のおっしゃる通り、少しお休みになってください」


 今度はタイガが気を遣ってくれる。ここでようやく俺は彼の様子に気が付いた。

 彼は俺に休憩を挟んでもらうように言う機会を窺っていたのだな。集中して回りを見る余裕が無かった。


「お言葉に甘えて、少し休ませて頂きます。その方が結果的に数をこなせそうです」

「どうぞ、ご休憩ください。ハーブティーと何か軽食をお持ちします」


 タイガの言葉に反応した猫族の青年が、ささっと天蓋から外へ出ていく。

 女の子の方は外で来客をさばいてくれているようだった。

 

 間もなく猫族の青年がお盆にティーポットとカップを乗せて戻ってくる。

 コポコポとカップにハーブティーを注いでくれる青年。

 彼は俺の分だけではなく、ルンベルクとエリーの分まで準備してくれた。


「一緒に頂こう。二人とも座って」

「失礼いたします」

「畏まりました」


 二人も着席し、続いてお茶菓子がテーブルに置かれる。

 お、草餅かな?

 こいつは珍しい。公国でも一度だけ食べたことがあるのだけど、日本で食べたことのある草餅と少し食感が違うんだよな。

 もち米? に似たような小麦粉ぽい何か……ええと、名前は忘れてしまった……を使っているのだっけ。


「このお菓子、公国では草餅というのですが、バーデンバルデンではよく食べられるのですか?」

「客人をもてなす時に使われることがございます。特に長旅でバーデンバルデンに訪れた客人に振舞われます」

「貴重なものをありがとうございます」

「いえいえ、それほど貴重なものではありませんので恐縮です」

「食べると元気になるなんて素晴らしいお菓子ですね」


 異世界を侮ってはいけない。文字通り疲労回復することもあるからな。

 痛み止めを飲んで頭痛が消えるがごとく、疲労も同じように消えてしまう夢のような食べ物が……。

 シャルロッテ辺りに知られると、毎日食べさせられそうだ……。いやいや、働き続けることが目的のお菓子ではないだろうに。

 

 それはともかくとして、さっそく一つ食べてみよう。

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