第155話 はじめようか
「辺境伯様、お会いできて光栄です! こちらへ!」
「ありがとう」
アルルより少し年上くらいの猫耳の女の子が、椅子に向け手のひらを伸ばす。
緊張からか笑顔は強ばり、尻尾が小刻みに揺れていた。
そんな彼女に向け朗らかな笑みを返し、ありがたく着席させてもらった。
椅子の前には家の中で使うような天板の分厚い立派な机が置かれている。これ、持ってくるのが大変だったろうに。
それにこの机、ドラゴンの彫り物までされている。……どこから持ってきたんだろ、これ……。
続いて彼らは四隅にポールを立て布を張り、屋根まで完成したのだった。
後ろにエリーとルンベルクが控えているのも相まって、外に居ながらにして執務室にいるかのような雰囲気となる。
ずっと設置の様子を見守っていたタイガが、全ての作業が終わったと見たのか、深々と礼をして傍に置いた椅子に腰掛けた。
彼の後ろには先程の女の子と彼女より年長だろう青年が立つ。
青年はタイガや女の子と異なり、ロシアンブルーのような猫頭だ。
猫族には猫耳タイプと猫頭タイプがあるみたいだった。他の種族もそうなのだろうか。
ついつい、しげしげと青年を見つめてしまった。
「間もなく民が参り始めると思います。殺到したとしても私どもが統制いたしますのでご安心を」
「お願いします」
会釈を返したものの、彼もここで俺が青年に注目してしまっていたことに気が付いたようだった。
彼は柔和な笑みを引っ込め、真剣な顔でこちらに問いかけてくる。
「……辺境伯様は私が『混じりもの』だというのに、族長であることをどう思われますか?」
「混じりもの……ハーフということですか?」
「ハーフ。それはまた良い表現ですね!辺境伯様は種族というものについて隔たりを感じることはありますか?」
「羨ましいと思うことはあります。私のメイドに猫族がいまして。彼女、とても身軽なんですよ! 体も柔らかいし、私なんて」
彼は他の種族と猫族との間に生まれたということなのかな。この言葉から察するに他の種族との間に生まれた彼は猫頭ではなかったと推測できる。
となると、アルルも後ろの女の子もハーフってこと?
猫族事情はよく分からない……な。
猫族の猫耳と猫頭の件で脳内が一杯になっていた俺に対し、タイガは口を開いたものの戸惑ったように口を閉じた。
「どうされましたか?」
俺が尋ねると彼は意を決したように真っ直ぐ俺を見つめ問いかけてくる。
「不敬を承知でお尋ねします。辺境伯様は本当に敬虔な聖教徒なのでしょうか」
「一応、聖教徒ということになっていますが、正直……。聖教徒といえども人間以外の種族についても対等との教えとなっておりますよ」
何だそんなことを心配していたのか。
うちには獣人どころか、ペンギンまでいるんだぜ。
人間並みの知性を持ち、言葉を交わし合えるのなら友人となれる。
「くだらないことを聞いてしまいました。辺境伯様はハーフであるとか、血統であるとか気にする方ではないと知っていながらお聞きしてしまいました」
「ハーフでありながら、族長になられたことを気にされていたのですか?」
「はい。いつも気にしておりました。ですが、辺境伯様を見ていると私もという気持ちになってきます。働きで自分こそ相応しいと示せばよいのですよね」
「それは違う」と否定しようと喉元まで出かかったが、グッと堪える。
俺はそんな聖人のような人ではない。転生し公爵の血筋に生まれたことをラッキーと思って、これで楽できると喜んでいた。
現実は非情であったが……。
しかし、血統だとか種族、人種だとかで穿った見方をすることをしないようにはしてきたつもりだ。
これは公爵に生まれたからというわけではなく、前世の記憶からだな。
社会人になってから本当にいろんな人に会ったものだった。人は決して見た目で判断してはいけないと何度か思い知らされたしさ……。
「誰しもが多かれ少なかれ、仲間意識を持っています。我々とてそうです。聖教徒はまず聖教徒から救う。ですが、辺境伯様は我らを救いに来てくださった」
「公国は万全の体制を敷いています。他の国は遠すぎますし。私たちは辺境にいますからね」
迂遠な聞き方だったが、俺がまず聖教国へ救援に向かわなかったことを不思議に思っていたのか。
聖教の信徒の殆どは人間だ。なので、彼は真っ先に俺がレーベンストックに来た事について疑念を抱いていたのかも。
はははと軽く笑うと、釣られてタイガも口元の皺を深くして笑顔で返す。
「ヨ、ヨシュア様は」
「エリーゼ」
小刻みに首を震わせ感極まった様子で俺の名を呼ぶエリーをルンベルクが窘める。
「エリー。思うところがあったら言って欲しい。よいよな? ルンベルク」
「御心のままに。出過ぎた真似申し訳ありません」
「いや、こうして公の場で発言していい悪いを判断し、言うべきところでちゃんと律してくれることにいつも感謝しているよ」
「ヨシュア様……」
ルンベルクが絹のハンカチを目元に……。
いつもながら彼は感動屋だなあ。
「ヨシュア様は『今』の私を見てくださいます。出自のことをヨシュア様から尋ねられたことは一度たりともございません」
「そうだったな」
うんうんと頷く。
エリーの言う通りだ。俺は彼らの過去を尋ねたことはない。
どのような過去がハウスキーパーたちにあったのか、知りたくないと言えば嘘になるけど、むやみに詮索すべきではないと思っている。
出自も分からぬ人を家の中に受け入れるなんてもってのほかだって?
いやいや、彼らは信用できる。だって、俺が信じているルンベルクが自信を持って紹介してくれた人たちなのだから。
現に彼らが家に来てから現在に至るまで、俺が満足のいかない仕事をしたことなど一度たりともない。
辺境に行くと伝えた後も、「ついていく」と即答してくれた。
本当に俺には勿体ないハウスキーパーたちだよ。
「すいません。内輪の話をこのようなところで」
「いえ、辺境伯様のお人柄を垣間見ることができ、胸が熱くなりました。名残惜しいですが、そろそろ歓談も終わりですね」
タイガの言う通り、最初の来客がやってきたようだった。
服装から察するにネズミ族の夫婦かな? どちらもネズミ頭でぬいぐるみのように愛らしい。とてもモフモフしている。
彼らは大きな籠を二人で挟んで持っていて、俺に向けペコリとお辞儀をする。
籠にはこんもりと緑色が積まれていた。
さて、植物鑑定タイムの始まりだ。
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