第158話 夜這い
その日の晩、アールヴ族エイルの屋敷に泊めてもらうことになった。
彼女の家は蔦が覆う白の箱といった感じだ。
蔦が赤い小さな花を咲かせており、純白の外壁、濃い緑色の蔦とよいコントラストになっている。
彼女の屋敷は広場にくるまでに見た他の住居より大きいものの、作り自体はバーデンバルデン風だった。
各種族ごとに自分たちの故郷にあるような家を作るのかと思ったけど、個々人に任せているとのこと。
一例として、エイルの屋敷に泊まることが決まる前、猫族のタイガからも是非にと誘われたんだよ。その時彼から聞いたところ、彼の屋敷はバーデンバルデン風ではないとのことだった。
エイル曰く、気候風土にあった家の方が快適に過ごせるのだそうだ。
確かにそれはそれで理にかなっているよな。ネラックの街並みは公都ローゼンハイムと似たような感じになっている。俺は特に辺境風の独自性を出そうと指示はしなかった。 だけど、五十年もすれば自然と辺境国風ってのが生まれていると思う。
長い時を経るといつのまにやら伝統ができているものだ。俺が老衰するまでにどんな風に変わるのか楽しみである。
もちろん、ゆったりとした暮らしをしながら時折街を眺める……ことになっているはず。
……よそう。未来の妄想は。今を乗り切らなきゃ未来は来ない。
「ふ、ふふふ」
あまりの激務さに変なテンションになってしまい、客室のベッドに寝転がり不気味に笑う。
「ひょっとして、ボクに欲情しはじめたのか。構わんぞ」
「いや、全く」
隣のベッドからぴょこんと跳ねた狐耳は俺の寝そべるベッドにダイブする。
対する俺はゴロンと転がりベッドから降り、そのまま立ち上がった。
後ろでベッドがドスンと音を立てる。
「なんじゃもう。ボクと同衾しておきながら」
「異国だから護衛が必要。それはまあ理解できる。だけど、同じ部屋じゃないといけないのだっけ?」
「もちろんじゃ。ほれ、既にこの部屋には風の結界を施しているのじゃ。ボクがいなければ解除されるぞ」
「……風の結界なんてあるのか。てっきり、賊が押し入った場合、セコイアが物理で殴るのかとばかり」
「キミはボクが偉大なる魔法使いであることを分かっておらぬな」
「物理もできるだろ?」
「……まあ、素手で壁をブチ破るくらいなら。たいしたことはできん」
え、えええ……。ここの壁をぶち抜くの?
日本じゃ考えられんレベルの物理だそ、それ。
となると、エリーもそれくらいはできちゃう?
「あ、そういやさ。風の魔法って飛行船でも使っていたよな」
「うむ」
「あれは離れていても大丈夫とかなんとか」
「ボクだからじゃよ。どうじゃ、褒めてよいぞ。褒めるときは頭を撫でるのじゃ」
「ほいほい」
ふわふわの頭を撫でると彼女は気持ちよさそうに目を細める……だけじゃなく口元も緩む。
これだけ油断しているのなら、いけそうだ。
「じゃあさ。偉大な魔法使いのセコイアだったら、結界とやらも離れていても維持できそうだな。どれくらい離れてもいけそうなんだ?」
「そうじゃな。200メートル、いや400はいける」
「よおしわかった。セコイアさんをお隣にご案内ー」
「結界があると言うとるじゃろ……はっ! ヨシュアー!」
「冗談だって。何が起こるか分からないし。悪いけど一晩頼むよ」
さあ、俺のベッドからどいたどいたと手をシッシとする。
しかしセコイアはゴロンと俺のベッドに寝転がり両足をバタバタとさせるばかり。
仕方あるまい。それならそれで、セコイアのベッドで寝ころべばいいか。
幸い、彼女用のベッドは俺と同じサイズである。子供用の小さなベッドだったら難儀したけど、これなら全く問題ないぜ。
コンコン――。
セコイアと睨み合い、場所取り合戦をしている最中、扉を叩く音が響く。
「どうぞー」
「辺境伯様。お嬢様はまだ起きてらっしゃったのですか」
「まだまだ元気みたいですね」
やってきたのは昼間とは装いの違うエイルだった。
黒っぽいピタリとしたドレスを纏い、頭に金色のかんざしをさしている。かんざしの先にはアールヴ族をイメージしたものなのか、アゲハ蝶があしらわれていた。
両手で左右からつまみ引っ張っていたセコイアの頬っぺたから手を離し、何事もなかったかのように立ち上がり彼女に応じる。
「まだやり残したことがありましたか?」
「いえ。タイガより大車輪のご活躍だったとお聞きしております。改めて感謝を」
「私はほんの少し背中を押したに過ぎません」
「ここに参ったのは、お嬢様の前では少し……」
目を伏せ、蝶の羽を震わせるエイル。黒いドレスから覗く鎖骨が妙に艶めかしい。
このシチュエーションを放っておくセコイアではなく……。
「なんじゃー。ボクがどうしたというのじゃ」
「お子様は引っ込んでなさいってことだ」
「なんじゃとお!」
飛び掛かってきたセコイアを華麗に回避し、ふふんと鼻を鳴らす。
そんな俺の耳元に背伸びしたエイルがそっと顔を寄せる。そこで、彼女の背中がチラリと目に映った。
なるほど。背中が大きくあいているドレスなのか、これだと羽を邪魔しない。
「……夜伽に参ろうとしたのですが、お嬢様もいらっしゃいますし……」
「え……」
ギョッとして思わず彼女を凝視する。
対する彼女はいたずらっぽくくすりと微笑み、つま先立ちになった足先を元に戻す。
「冗談です。ご気分を害されてしまったのでしたら、申し訳ありません」
「いえいえ。私にそのような冗談を言ってくれる人も少ないので。気さくに接して頂いた方が好ましいです」
公爵という立場だと、気楽に接してくれることは少ない。
バルトロやアルルに喋りやすい口調で、と言って実際そうしてくれているんだけど、そうはいっても俺はやはり雇い主なわけで……。
セコイアやペンギンみたいな人が近くにいてくれて本当によかったと思っている。
「今日は天気もよく、風も強くありません」
「いつもはもっと風が強いのですか?」
「はい。このような日ならと思い、見に行かせたところ幸運にもいました。是非、辺境伯様にも見て頂きたいと参じた次第です」
「見る? とは」
「夜空に浮かぶ星のような光景をご覧になって頂こうと」
「それは貴重な体験ができそうです。エリーやルンベルクも誘って見に行かせてください」
「はい。お二人もお呼びいたします。準備が整いましたら屋敷の広間までお越しくださいませ」
上品な礼をしたエイルはしずしずと扉口まで歩き、再び深々と礼をしてから部屋を出ていく。
「んじゃ、行くか。セコイア」
「星のごとくか。何があるのじゃろうな」
「何となく、これじゃないかなってのはあるけど、考えるのはよして楽しみにしときたい」
「うむ。ならばいざ行かん」
「準備はいいのか?」
「このままでよい。キミもじゃろ?」
「おうとも」
ぺしんと手を叩き合い、すぐさま部屋を出るセコイアと俺であった。
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