第154話 おもちゃ箱

 種族の代表たちとの会談が終わり、これからの方針も決まった。

 セコイアはエイルと共にアールヴ族へ魔力密度測定の指導を行う。

 測定の魔道具があるからエイル単独でもやれないことはないけど、セコイアの手を借りた方がより効率的にアールヴ族による魔力測定習得が進むはず。

 ルンベルクとエリーは交互に俺の護衛を任せ、俺は植物鑑定で彼らに協力を約束した。

 ネラックにあったスギゴケ(魔力型)のような植物の発見に寄与できれば最高なのだけど……。

 

「たった一日の滞在ですが、やれる限り協力させていただきます」

「そのようなことは。賢公様自ら動いてくださるなど望外の喜びです!」


 猫族の代表は真っ白の猫耳の片側だけをぴくりとさせ、恐縮したように言葉を返してきた。

 そうなのだ。猫族の代表へ謝罪した通り、俺たちが滞在するのはたったの一日である。

 本日夜まで過ごし、どこかで宿泊して翌日の昼頃にはネラックへ向かう予定だ。

 本当は適切な植物の発見まで協力したい。だけど、ネラックの街に残してきた課題が山積みだった。

 投げっぱなしにして作業を任せている案件も一つや二つじゃあない。

 特にシャルロッテに対応してもらっていることには危急のものもある。彼女は笑顔で送り出してくれたけど、ネラックにはまだ後回し後回しにできるような余裕なんてないのだ。

 初のレーベンストックに来てトンボ帰りとは……何のためにきたんだと自嘲しそうになったが、来た甲斐は絶対にあると自分に喝を入れる。

 彼らに「直接」綿毛病の詳細を伝えることができたことだけでも大きな一歩になったはず。

 ネラックの代表で実際に綿毛病の克服に尽力した者である俺の言葉だからこそ、疑いもせず真摯に受け止めてくれた……に違いない。


「こちらです」

「代表自ら案内していただきありがとうございます」

「いえ、私一人となってしまい、こちらこそ申し訳ありません」


 前を歩く壮年の猫族の代表が振り返らぬまま頭を下げた。

 彼以外の代表は、街の人たちに植物を集めるよう指示を出しに行っている。

 彼は俺の案内として残り、植物鑑定会場まで連れていってくれるというわけだ。

 会議をした場所でそのまま鑑定をしてもよかったのだけど、あの場は人を集めるに向かない。

 天気も良いし、屋外の広場で次から次から植物を持ってきてもらう方が効率がいいだろう。

 

 もっとも、広場がよいのではと思っているのは俺であって、前を行く彼ではない。

 どんな場所に行くのか分からないけど、きっと俺の考えているような場所に近いところだろうと思う。

 そうじゃなかったら、わざわざ場所を変えようなんて言って来ないのだから。

 

 俺たちは会議した部屋を出て、天井が高い細い路地のような石畳の道を進んで行く。

 やっぱりここは城壁の中に作られた隠された会議室のような場所なのかな? こういう場所ってなんかワクワクする。

 

 行き止まりを右に進んだところで、ぱっと視界が広くなる。


「おお」

「他国の街は初めてです!」


 俺とエリー同時に歓声をあげた。

 ルンベルクも口には出さないが、右眉を上にあげ何か思うところがある模様。

 

 舗装のやり方が公国とはまるで違った。

 土を押し固めた上に一メートルより少し大きな正方形の石の板を敷き詰めている。

 色は薄いピンク色……かな。元は白かったのかもしれないけど、日光なのか植物なのかの影響で色が付いたのだと思う。

 

「ヨシュア様!」

「お、おう」


 エリーに呼ばれ上を向く。

 そうだよな。まず最初に道を見るなんて俺くらいのもんだろう。

 

「へえ。こいつはおもちゃ箱みたいな街並みだ」

「綺麗です」


 豆腐のような形をした建物が道沿いに並んでいる。

 豆腐と表現したけど、建物の色も漆喰が塗られていて真っ白なんだ。

 公国のように斜めになった屋根はなく、上部も平になっている。屋根は屋根で取り付ける理由はあるのだけど、こうして平にしているのもまた理由がある。

 理由は……ええと。ポールにでも聞いてみるか。

 

「公国や辺境国とは装いが異なりますか?」

「ええ。まるで異なります。真っ白の建物は住居ですか?」


 猫族の代表が足を止め、朗らかに問いかけてくる。

 対する俺はもう完全にお登りさんといった感じで彼に返す。


「地域によって住処の形は大きく異なります。バーデンバルデンは雨風が少ない草原ですので、このような形になっております」

「良質の石灰が採掘できるのでしょうか?」

「それもあります。辺境伯様は建築にも造詣がおありなのですね」

「いえ。かじった程度です」

「ははは。ご謙遜を。でしたら屋根が無いあの形にも興味を持たれたりされたのでしょうか」

「はい! それはもう」


 つい声が大きくなってしまった。丁度知りたいと思っていたことを彼が口にしたものだから。

 

「各家には梯子がかけてありまして、上に登ることができるようになっております。あそこで洗濯物を干したり、たまにの雨の時は雨水を溜めたりしているのですよ」

「へえ。おもしろいですね」


 屋上の庭みたいなものなのかな。

 高い位置だと砂塵の影響が少ない、のかもしれない。乾燥地帯なら、ちょっとした風でも細かい粒子が舞い上がるからな。

 

 ◇◇◇

 

 猫族の代表の後ろをてくてくと歩くこと十分ほど。

 大きな広場が見えて来たと思ったら、壮麗な宮殿が視界に映る。

 こ、これはすごいな。

 ローゼンハイムの教会もなかなかのものなのだけど、こちらはこちらで美しい。

 薄緑色の四角い門構えは高さ十五メートルほどあり、壁には意匠が凝らされ、これだけで一級品の美術品のようだった。

 奥にある本殿はスカイブルーの丸いモスクのような円柱が三本立っていて、ここからだとちゃんと確認できないけどタイルが貼られているのではと思う。

 

 広場は中央に行くほど低くなっていて、円形に植樹が行われていた。

 中央部分は円形になっていて、直径百五十メートルといったところか。

 

「ここは青の広場と言います。バーデンバルデンの象徴であり、青の宮殿には部族全ての神を祭っております」

「すごいところですね。ネラックの広場なんてこれに比べればまだまだです」

「お褒め頂き誇りに思います。青の広場へ植物を持ってこさせるように伝えております。辺境伯様はこちらでお待ちいただけましたら」

「承知しました」

「すぐに寛げる椅子、天蓋を準備いたします。それまでご辛抱ください」


 と猫族の代表は言うが、俺たちがここに来ることが既に伝わっていたいたようで遠くに荷物を乗せた台車を引く人たちが近づいてくるのが見えた。


「待っている間に一つお聞きしたいことが」

「はい。何なりとお申し付けください」

「お名前をお聞きしても?」

「失礼いたしました! 私は猫族の長と代表を兼任していおりますタイガと申します」

「タイガさん、改めてよろしくお願いします」


 壮年の猫族ことタイガと握手を交わす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る