第153話 レーベンストックの長たち
セコイアが俺の膝にちょこんと腰かけたことでこちらの準備が整ったと判断したようで、円卓を取り囲んだレーベンストックの人たち全員が立ち上がる。
ハスキー犬のような頭に全身ふさふさの毛をした獣人が代表して口を開く。
彼はアルルやセコイアと違い、耳と尻尾だけもふもふの動物の毛皮のようになっているわけじゃあなかった。
体躯はがっしりした大柄な人間に似ているけど、ガルーガに近い感じだな。もふふさでわしゃわしゃしたくなる。
「犬族の長を務めるワーン・ベイダーと申す。此度は遠く辺境国よりレーベンストックの危急に駆けつけて下さり、感謝の念を禁じ得ぬ。よくぞ参ってくれた」
「辺境国のヨシュアです。綿毛病の蔓延とお聞きしてます。対応策の概要はエイルさんに伝えております」
低いがよく通る声だ。
長自らがここに来るってことは、他の人たちもぞれぞれの種族の重鎮かもしれない。
あ、遅まきながらようやく察した。ここに集まった人たちは各種族がバーデンバルデンに使わせた代表たちなんだな。
この短時間で意思決定権を持つ部族会議のメンバーが全て集合するとは、彼らの気の入れようがありありと分かる。
続いて犬族の長ワーン・ベイダーは彼から見て右手側に立つエイルに顔を向けた。
「勇敢なアールヴ族エイル。全部族を代表して礼を言う。我々では辺境国へ行くまで一ヶ月以上かかってしまう」
と言うことは馬と徒歩を併用したとしても三週間くらいかかるのかな?
下手したらもっとかかるというのに、彼らは辺境国からの救援を信じて待っていた?
いや、何も辺境国だけに頼ったわけではないだろ。四方八方に使者を送ったに違いない。
綿毛病に対し彼らはなりふりかまっていられなかったはず。その証拠に到着まで相当な時間がかかる辺境にまで顔を出したのだから。
「ワーン・ベイダー。医術、回復魔法の担い手として何もできず。せめてという思いからです。感謝される謂れはありませんわ」
柔らかな笑みを浮かべたエイルがワーン・ベイダーに応じる。
「うむ」とばかりに頷きを返した彼は再びこちらに体ごと向き直った。
「ここに集まった者の紹介は後からにさせていただけませんかな? 先に憎き綿毛病のことをお聞かせいただきたい」
「承知しました」
ワーン・ベイダーが礼をして着席する。
自己紹介の代わりなのか彼の右に立っていた猫耳の壮年の男が礼をして腰を下ろした。続いて彼の右隣りの兎頭の獣人が。
更にエイル、俺を挟んでネズミ頭、ガルーガと同じ虎頭。最後に熊耳の妙齢の美女が頭を下げ着席した。
では、今度はこちらから喋るとしますか。
会釈をしてから、膝を浮かそうと……セコイアが邪魔だったのでコホンと咳払いで誤魔化しそのままの体勢で語りかけることにした。
「綿毛病はレーベンストックの方々の力があれば、『貴国の中だけ』で必ず克服できます。ご理解いただくために綿毛病の仕組みを簡単に説明します」
エイル以外の全員が息を飲む。
本当なのかと半信半疑の様子だったが、誰もがここで口を挟んでくるような無粋なことはしなかった。
「綿毛病はある種のキノコの種のようなものが体内に入ることで発症します。キノコの栄養になるのは魔力です。まずこれを念頭に置いてください」
続いて俺たちがどうやって綿毛病を克服したのかを詳細に述べる。
彼らは一言一句聞き逃さないと耳をそばだて、後ろで控えていた書記官らしき人がいつの間にか室内にいてメモを取っていた。
「ヨシュア様。我々が準備すべきことは、『魔力の計測』と『体内魔力を調整してくれる何か』の二点ということでしょうか?」
「そうです」
事前に綿毛病の仕組みと対策について伝えていたエイルが、合いの手を打ってくれる。
そこでルンベルクがそっと耳打ちしてきた。
「ヨシュア様。例の水草をお持ちいたしましょうか?」
「持ってくるよう指示を出してなかったよ。ごめん。エリーかルンベルク、どちらか向かってもらえるか?」
うっかりしていた。魔力測定器はちゃんと持ってきたんだけど例のスギゴケ(魔力型)を飛行船に置きっぱなしにしたままだった。
俺の意を受けた二人は、目配せし合いエリーが動く。
二人ともきっちりとした性格なので、どちらが行っても船内のスギゴケがどこにあるかが分からないなんてことにはならないはず。
他国ということもあり、護衛能力を重視してルンベルクが残ったってわけかな。
個人的には一人で外を歩かせるのだからルンベルクの方がとも思うけど、どっちもどっちか。
これだけの歓待を受けているのだ。こっそりと刺客が、なんてことはないだろう。
「代表のみなさん。魔力の測定については、アールヴ族にお任せいただけますか?」
俺とルンベルクがやり取りしている間にエイルが他の代表に向け提言する。
「魔力の扱いに長けたアールヴ族が担ってくれるのならば、心強い」
ワーン・ベイダーが深々と頭を下げた。
続いて他の種族の代表ももろ手をあげて賛成する。
「魔力の測定については、セコイアの助力をお受け下さい。エイルさんだけでは他の人に周知するにも人手不足でしょうから」
「ご協力痛み入ります。船内で手ほどきは受けましたので、魔道具をお貸しいただけますとそれで十分です」
「魔力測定器はお伝えしました通り、お渡しいたします。ご利用ください」
「何から何までありがとうございます」
立ち上がって深々と頭を下げるエイルに他の代表も続く。
今度はワーン・ベイダー、続いてエイルに目を向けた。
「種族によって耐えることのできる魔力の下限値が変わってくると思います。個人差もありますので、測定できる人は一人でも多い方が望ましいです」
「魔道具の製造もできればよいのですが。我々は公国や帝国に比べ魔道具の技術力がありません。急を要する今であるからこそ、アールヴ族にと考えております」
「はい。私も確実な方法を取られるのがよいと思います」
「もう一方の課題『体内魔力』の件については、残りの種族が全力で当たらせていただく所存です」
「辺境国で発見したものは魔力を吸うコウモリとスギゴケという水草でした。この地にも似たようなものは必ずあるはずです」
数十人の治療を行うだけなら、ネラックからバーデンバルデンまでスギゴケを輸送すりゃいいんだけど、そうはいかない。
綿毛病は既に蔓延しており、数十人治療したところで焼石に水だ。
ネラックでもまだまだ綿毛病の患者が出ているように、継続的に治療していく必要もある。
なので、レーベンストックが独力で全てを賄えるようにしなきゃならないのだ。
「辺境国の代表たるあなた様が直接お越しいただけるとは。レーベンストックはこの御恩を忘れません。必ずやお返しさせていただくことをお約束いたします」
ずっと押し黙っていた、いや、敢えて口を挟まないようにしていた猫耳の代表が感謝の意を伝えてきた。
「困った時はお互い様です。この困難、是非とも乗り越えましょう!」
平然とにこやかにほほ笑み返したものの、実のところ俺が行く以外の選択肢はなかったんだよな。
綿毛病の仕組みと対応策を語ることができるのは、俺以外にセコイアとペンギンのみ。
その中で政治的な交渉事があった場合、対応できるのは俺だけである。
なので、俺が行くことは必須だってってわけだ。
シャルロッテに綿毛病の詳しい内容を教え込めば彼女でも対応できただろう。
だけど、彼女は彼女でガーデルマン伯らとの交易についての交渉事を任せてしまっているからなあ。
文官を育てないと……。
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