第152話 口元が緩い
外壁にほど近い場所にあった開けた土地に飛行船が着陸した。
着陸してタラップから降りている最中、自分の考えが足りなかったことに気が付き肝が冷える。
「たまたま」着陸可能な場所があったからいいものを、もしバーデンバルデンが深い森の中だったりしたらと考えたらゾッとするよ。
飛行船が着陸するためには、ネラックのように発着場があることがベストなのだけど、平で遮蔽物のない場所でないといけない。
「ヨシュア様」
タラップの下で片膝をつくルンベルクに名を呼ばれ、ぐるりと首を回す。
行き当たりばったりだったことは反省すべきことだけど、うまくいったので結果オーライだとしておこう。
初飛行の時にちゃんと確認項目を記述しておけばよかった。あの時も浜辺が見えたから着陸したんだよな。
浜辺には木々なんて無いし、海と砂浜の美しさに目を奪われ他のことを考えてもいなかった。
俺に続きエイルが。その後ろからエリーら他の人が順に飛行船から降りてくる。
外は意外にも俺たちを誘導してくれたアールヴ族以外に人の姿は無かった。
これだけ目立つシチュエーションだから野次馬が集まってるかもと思ったんだけど……。
「本来ですと、領民総出で歓迎すべきところ、このような形になってしまい申し訳ありません」
エイルが悲しげに言うが、軽く首を左右に振って応じる。
「いえ。統制をしていただきありがたいです。綿毛病が蔓延している中、それをおして集まってしまう人も出てくると思います。それで深刻な状態になってしまっては事です」
「ご配慮、痛み入りますわ。ヨシュア様は本当にお優しい方です」
「いえ、配慮の出来る方はエイルさん、あなたです。あの短時間でここまで指示を出して統制してしまうのですから」
「私ではありません。バーデンバルデンに詰める部族代表の方々の尽力です」
「来られているのですか?」
「部族の長である方もいらっしゃいますが、そうでない方もいらっしゃいます」
ふむ。いまので何となく分かった。
各部族が一堂に会するバーデンバルデンは、種族間の決め事や調整、国としての外交についてコンセンサスを取る場所だ。
部族にはそれぞれ「長」がいて、長が部族で一番の上位者である。
バーデンバルデンには長の意思を汲んだ代理人を派遣しているのだろう。長は部族をまとめる仕事があるからな。
エイル曰く、長が直接バーデンバルデンに詰めている場合もあるみたいだ。
この辺は、各部族の事情によるといったところか。
「こちらへ」
前へ出たエイルに導かれ、彼女の後ろをゾロゾロと着いていく。
俺たちが着陸した場所は、街の東部分だった。
なので、城壁が北と南に続いている。上空から見る限り、南側と西側に門があった。
ここが街の入り口なのだろうけど、彼女は南には向かわず北へゆっくりとした足取りで進んで行く。
一体何が、と少しワクワクしながら城壁を見たり、反対側に広がる草原をチラチラしたりとしていたら後ろから服の袖を引っ張られる。
「のう、ヨシュア」
「ん?」
「飛行船に乗り込んだ後のことを覚えておるかの?」
「そらまあさすがに、今日起こったことくらいは覚えているけど」
「もう一つの理由ってのは何じゃ? 結局説明せぬままじゃったろう?」
そんなこと言ったっけ、俺?
ん、うーんと。
あ、思い出した。確か、飛行船に乗り込んでセコイアに風の魔法を頼もうとした時のことだったか。
エイルにお願いしたら道に迷わず最短距離でいけるかもとかそんなことを説明していた記憶だ。
二つの理由があるとか言って、一つはエイルのことだと言った。
「もう一つか。大したことじゃないから、忘れてくれていいよ」
「そう言われると、何としても聞きたくならんかの?」
「いや、本当に大したことじゃないんだ」
「とっとと言わんか」
「……くだらなさ過ぎて気が抜けるがいいのか?」
「言ってみよ」
言っちゃうぞ。いいんだな?
後悔するぞ。
尚も迷っていたら、前に回り込んだセコイアが行く手を阻みせっついてきた。
仕方ない。俺は言いたくないんだ。だけど、セコイアがどいてくれないから仕方ないことなんだ。
「いやほら。俺が行き先の指示を出さなくて済むじゃないか」
「そうじゃの。ヨシュアの手が空き一石二鳥ってわけか」
「それなら一石三鳥だな。俺の膝が空く」
案内役が必要だからと俺の上に座ったわけじゃないか。
それが必要なくなったとなれば、俺の役目も無くていいわけだ。
「むきー」
「だから、聞くなって言っただろう! それに結局ずっと膝の上に座ってただろうに」
ぽかぽかと俺の太ももを叩くセコイアに向け苦笑いする。
そうしている間は立ち止まっているわけなんだけど、みんな俺とセコイアが動き出すのを待っててくれた。
そんな一幕がありつつも、テクテクと歩くこと20分ほどでようやくエイルが立ち止まる。
「ここです」
彼女が示す場所は、人一人分通ることができるほどの木製の扉だった。
扉は城壁にまるで勝手口のように取り付けられている。ここから城壁の中を通って街へと至ることができるのかな?
◇◇◇
エイルが扉のノブに手をかざす。すると、ノブがぼんやりと淡い光を放った。
「ご足労いただきありがとうございます。中へ」
そう言ったエイルが胸元に手をやり会釈する。彼女の動きとともに触覚と羽根も僅かに動いた。
「ヨシュア様。いかがいたしましょうか」
「俺が最初に入るよ」
お伺いをたてるルンベルクに目配せし、小さく首を左右に振る。
失礼を承知で安全のために自分が先に入るべきか、それとも待機すべきか、を彼が問いかけてきたのだ。
中には何があるか分からない。だけど、客人として導かれ先に護衛役を入れることには気が引ける。
実のところ、公国だと主人が後から入ることは失礼に当たらないのだけどね。
むしろ、数人先に入れてからなんてことをする大貴族もいる。
偉い人は最後に登場するってことだ。
扉に向かうと扉口にいたエイルが先に中へ入り厳かに告げる。
「カンパーランド辺境国ヨシュア辺境伯がお見えになりました」
指を揃えて胸に当て背筋を伸ばしたエイルに迎え入れられ、ゆっくりと中に入った。
――パチパチパチパチ。
入ると一斉に拍手の音が鳴り響く。
拍手は三十人ほどが腰掛けることができるくらいの円卓をぐるりと取り囲む人たちによるものだった。
円卓は濃い焦げ茶色の落ち着いた雰囲気を受ける木製で上板が分厚いことから、高価なものだと推測できる。
円卓を取り囲む人たちは全部で7人とそれほど多くは無い。
同じ種族の人はおらず、各種族一人が来ているのだろうと分かった。
「どうぞ、おかけ下さい。お連れ様も是非」
「いえ、円卓の後ろで控えているアールヴ族の方と猫族の方がお座りになられておりません。ですので、私どももそれに合わせさせていただきます」
ルンベルクとエリーには立っていてもらい、セコイア……は好きにしてもらおう。
彼女は俺の部下でもなんでもなく、身分や立場の外にいる存在だ。羨ましい……俺も早くそうなりたい。
扉から一番遠い席に座り、後ろをルンベルクとエリーが控えた。
「そこで、ここに座るの?」
「席に余裕がなかろうて」
当然のように膝の上に腰掛けてきたセコイアである。
「座りたいだけだろ。別に構わないけど、飲み物禁止な」
「子供じゃあるまいし。何を言っておるんじゃ」
「そのままだよ」
確率7割くらいで飲み物をこぼす。口から垂れてくるのを含めてだけどね。
※あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
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