第128話 動いた動いたぞ
飛行船の中に入った。
すると、真っ先にかつてないほどの笑顔を見せ、はしゃいだ様子のバルトロが右手をあげこちらに駆けよってくるではないか。
「ヨシュア様、すげえなこれ! こんな大きな船が浮くんだよな!」
「うん。浮く……はず」
「これもカガクってやつの力なのか。すげえな、カガク!」
「いや、設計思想は科学なのだけど、魔法と科学が半々ってところだな」
「そうなのか! 詳しいことはよくわからねえけど、呼んでくれてありがとうな!」
飛行船は400キロくらいまでなら乗せることができる計算である。
6-8人乗りってところなので、誰を呼ぶのか少し悩んだ。
後からでいいと言ってくれた職人たちを省き、ハウスキーパーの四人、セコイア、シャルロッテ、ペンギン、俺に加え、素材集めに尽力してくれたガルーガも呼ぶことにした。
合計9人となるが、セコイアとペンギンはそう重たくないからこれでも限界重量に達していないはず。
「ヨシュア様。火の番は誰が行いましょうか?」
「今回、火は使わない。だけど、移動にはセコイアとシャルの力が必要だ。機関の操作はバルトロとルンベルク、ガルーガに頼んでいいか?」
「畏まりました。不肖ルンベルク。誠心誠意バルトロとガルーガ両名と共に任務に励みます」
かしずくルンベルクにそう伝え、窓枠に手をかけ狐耳をピコピコさせているセコイアへ目を向ける。
シャルロッテは俺の右隣でこくりと頷きを返す。
飛行船は水素ガスを使って浮き上がらせる。水素を入れるための空気室は二つ。申し訳程度にプロペラと呼ぶにはおこがましい風車を取り付けたのだけど、魔石パワーで動かしたところ何の役にも立たなかった。
そこで、シャルロットとセコイアに協力してもらうことにしたんだ。
気球の時に二人がやってくれたように、飛行船も彼女らの風魔法で動かす。
いずれはプロペラを開発して……魔石の動力だけでちゃんと動くようにしたい。
さっきバルトロに言った通り、魔法の恩恵は非常に大きい。
直接動かす力も魔法だし、素材にも多数の魔力を使用しているのだから。
例えば、飛行船の風船みたいな部分。この素材はカエルの表皮とゴムを合成したものに魔力でコーティングを施している。
コーティングっていっても……ミスリルや魔石を作る時みたいに魔力を充填させた箱の中に入れておくだけだけどね。
こうすることで、強度が増し熱に強くなる。水素ガスは非常に燃えやすいから助かった。
動き始める飛行船に感じ入っていたら、嘴をパカパカ鳴らしたペンギンが声をかけてくる。
『飛行船そのものより、技術革新と言っていいのか、科学と魔法の融合によるノウハウが溜まったのが大きい』
「だな。特筆すべきは魔道具だよ」
『私もそう思う』
――ウオオオン。
汽笛のような音が鳴り響き、水素ガスの充填が済んだことを知らせた。
ティモタら魔道具職人の知恵を借りることができたのも非常に大きい。
パーツパーツに分け、電気で動く機関の代わりに魔道具を採用したのだ。数え上げればきりがないけど、飛行船の制作は多大な収穫があった。
もちろん、飛行船そのものも「使える」んだけどね。
ゴゴゴと鈍い音がして、ついに飛行船がふわりと宙に浮きあがった。
「動いた! 動いたよー」
「こら、アルル。騒いじゃダメ」
窓に張り付いたアルルと、彼女を窘めるエリーの様子に目を細める。
「シャル、セコイア。高度が出たら頼む」
「任せておくがよい」
「お任せください!」
自信満々に胸を反らすセコイアとビシッと敬礼を返すシャルロッテ。
しかしまあ、よくぞ完成までこぎつけたものだ。
アルルの隣にある窓を覗き込み、上へ上へと移っていく景色を眺める。
ネラックの街は本当に大きくなったよな。
シャルロッテの報告によると、既に人口が6000人を突破しているとのこと。
当初の市政計画では5000人規模くらいまで耐えられるものにしたのだけど、更なる拡大が必要になった。
この分だと、どこまで増えるかわからないので20000人規模にまで街の範囲を拡大しようと思っている。
といっても、この人数になるとさすがにネラックの街単独で全てを賄うことは難しい。
その為、シャルロッテの故国であるガーデルマン伯爵との会談の場を予定しているのだ。
これに向け、シャルロッテといろんなことを詰めないといけないってのが今一番の課題である。
貨幣とか、通商のやり方とか……数え上げればきりがない……。
押し寄せる激務のことを想像し、はああと大きなため息をつく。
幸い、流入してくる領民は食糧を抱えて来てくれる人が多いこともあり、まだ何とか食糧は自給できている。
人が増えれば、その分狩りに出る人も増えるし、農業人口も格段に増加しているからな。
といっても、収穫までに時間がかる。冬を迎えるまでに新たに植えた作物が収穫できる見込みなのが幸いだ。
「エリー。すごいね! おうちがいっぱいだよ!」
「牧場も見えるわ」
「わああ。でも、もう小さくてどれがどの家畜さんか分からないね」
「農場も、空から見るとどれほど大きくなったか分かるわ。領民の方々がどれほど頑張られたか」
うるうると目を潤ませたエリーが感慨深げに街を見下ろしている。
一方でアルルは見えるもの見えるものに次々と興味が移っているようだった。
『私も見たいのだが、いいかね?』
「エリー。すまん。ペンギンさんを抱えていてもらえないか?」
「はい! 只今参ります」
ペンギンをまるでぬいぐるみのように軽々と胸に抱いたエリーが窓枠に立つ。
隣に来た彼女の横顔は長いまつ毛に真っ直ぐ整えられた前髪が相まって古風な日本人女性を彷彿とさせる。
「何か粗相がございましたか……」
俺の視線に気が付いたエリーがこちらに顔を向けた。
「ううん。いつもながら綺麗だなと思ってさ」
「はうう」
一糸乱れぬ真っ直ぐになった前髪のことを褒めたつもりだったのだけど、触れたらいけないことだったかもしれない。
真っ赤になったエリーがペンギンをぎゅうっと抱きしめてしまった。
こ、このままではペンギンがむぎゅうっと潰れてしまう。
「アルル。ペンギンさんを救い出すのだ」
「はい!」
アルルがつま先立ちになってエリーの首元へふうと息を吹きかける。
途端にへなあと力が抜け、ペンギンがエリーの手からすり抜けた。
そこをアルルが素早くキャッチしてペンギンを胸に抱く。
ふう、大事に至る前でよかった。
『まだ景色を見ていないのだが……』
「アルルが見せてあげるね」
『ありがたい』
ペンギンさん、あんた大物だよ。もう少し遅れていたら大怪我をしていたというのに。
おっと、二人の微笑ましい様子を眺めている場合じゃない。
「エリー。すまん。変な意味で言ったんじゃないんだ」
「わ、私が綺麗などと……ヨシュア様ご自身のことをおっしゃったのですよね」
「俺はこうほら、身なりに気を遣っているわけじゃないし。いや、エリーが髪の毛を整えてくれたりしているから、それなりに整ってはいるけど」
「髪の毛……ですか」
「そうだな。明日にでも切ってもらえるか?」
「はい、喜んで!」
エリーの顔に笑顔が戻ってくれてホッと胸を撫でおろす。
そんなやり取りをしている間に目標高度に達した飛行船は、風魔法によってゆっくりと横に動き始める。
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