第127話 飛行船
「確かにシャルの意見も一理ある。突然トップがいなくなった組織に多少の混乱が起こることはあるだろう」
「閣下のお力は閣下が考える以上にかけがえのないものなのです。ネラックも閣下があってこそ」
シャルロットに気を遣って言ったものの、公国に残してきた人材は本当に優秀であることは間違いない。
社長が突然逃亡したとしても、ブツブツ文句をいいつつ優秀な社員が会社を盛り立ててくれる。
しかし、公国の内情を知るシャルロッテがここまで言うのだ。
念のため別方向から動くとするか。
「予言と神託の内容を調べることはできるか?」
『ヨシュアくん。私もそれが気になるのだよ。是非とも情報を入手して欲しい』
今度はシャルロットに先んじてペンギンが口を挟む。
「閣下。予言と神託の内容を調査します。それほどお時間かからず、お伝えできるかと」
「急がなくていい。その代わりと言っては何だけど、一言一句正確な情報を頼む」
「承知しております。情報を複数入手し、整合いたします」
「ありがとう」
額に手を当て敬礼するシャルロットは生気に満ちていた。
任務となると燃えるのが彼女である。さすがワーカーホリック……でも、仕事を自分で増やす俺も俺だよな……うん。
『ヨシュアくん。情報入手前だが、少し認識合わせをしてもらえないか? 君も同じようなことを考えていると思うのだが』
「神託と予言のこと?」
『いかにも。大前提として謙虚な君のことだ。自分が公国にいなくともと考えているかもしれない。しかし』
「うん。俺が特に追放されるような理由はないってことだよな」
『まあ、それでいい。理由なき君が公国を追われた。その理由が神託と予言にあった』
「神託と予言は慎重に吟味されているはずだ。その結果、俺が追放だった」
『ふむ。そのことから、予想されることは二つだ』
指を二本立てたつもりだったのだろうけど、残念ながらフリッパーは二又に別れていない。
ピンとフリッパーを上にあげたペンギンだったが、ちらっと自分のフリッパーを見て俺と目を合わす。
そんなつぶらな目で見られても、困る……。
予想されることか。
一つは文章の読み間違いだろう。
追放と何かを勘違いしたという線。シャルロッテの予想だな。
「もう一つは……あ……」
『君もそこに興味をもったのだろう。私もそこを懸念した』
おいおい、何でもっと早くこのことに気が付かなかったんだよ俺!
俺自身のことについて述べたのだろう神託と予言に自分は触れるべきじゃないと思っていた。
本来ならば、触れるべきじゃあないことは確かなんだけど……この可能性に気が付いてしまったからには何としても予言と神託の内容を入手せねば。
「閣下。申し訳ありません。自分にもご説明していただけるとありがたいのですが……」
おずおずとシャルロッテが上目遣いで尋ねてくる。
「ごめん。勝手に進めてしまって。一つはシャルの予想している『誤認』だ。もう一つは全く別の視点になる」
「と言いますと?」
「カンパーランドに行く理由が追放ではなく、退避だったとしたらどうだ?」
「……ま、まさか……そ、そんな……」
「一つの可能性だ。予言と神託から読み取ることのできる可能性についてはできる限り考慮した方がいい」
神託と予言は意味の取り違えがあったにしろ、必ず「当たる」んだ。
俺がカンパーランドに行く、じゃあなくてもカンパーランドに公国の民全てを移動させる、など何でもいいのだが、理由が「追放」ではなく「緊急退避」だったとしたらどうだろう。
未曾有の災害が公国に迫っているから、なんて理由が言葉の裏にあったとしたら……。
有り得ない話かもしれない。だけど、ペンギンとシャルロッテの言葉を信じるのなら、そもそも俺が公国を離れること自体が「有り得ないこと」なのだから。
有り得ないことが起こる原因は……と考えると不安ばかりが募る。
『ともかく、情報を入手するまでは何とも言えんよ。シャルロッテくんのもたらす情報を待とう』
「だな。シャルが来たってことは準備が整ったってことかな?」
ペンギンの意見にうむうむと頷きつつ、今度はシャルロッテに確認を取る。
「はい。準備が滞りなく済んでおります!」
「待たせちゃったな。よし、行こう」
綿毛病の件があってから、早一ヶ月、収穫の季節を迎えようとしていた。
◇◇◇
鍛冶屋周辺がこうも変わるとは来た頃だと想像もつかなかったよ。
水道橋が出来て、川の向こうから連日資材が街へと運び込まれている。
運びやすくするために、車輪付きの荷台も改造したのだよな。
アストロフィツムの樹液結晶からゴムが生成でき、そのゴムを使ってノーパンクタイヤを作ったんだ。
ノーパンクタイヤは空気の入っていないゴムでできたタイヤで、オフィスで使う台車なんかの車輪はこれでできている。
台車との違いは、車軸が木製ってことかな。鉄がないわけじゃあないんだけど、いろんなところに使うし、木材の方が加工できる人手が多いことから木製になっている。
ゴムタイヤを履かせることで、作業効率がグンと上がったと聞く。
それに加え、街の中心部までの道も整えたので石で跳ねて荷台が倒れる心配もない。
「閣下、こちらです」
「うん」
シャルロッテにペンギンを抱っこしてもらい、鍛冶屋を出て右手に進む。
綿毛病の時に使った隔離用の建物の向こうに、赤レンガでできた駅のような施設がある。
周囲から50センチほど高くなるようにレンガを敷いただけなんだけど、動物が侵入しないように1メートルほどの高さがある柵も設置していた。
そこには、クリーム色の横長の楕円といった形をした風船みたいなものの下部にプレハブのようなものがくっついた乗り物が鎮座している。
こいつは飛行船だ。そして、この赤レンガの施設は「発着台」ってわけだ。
いずれ作ってみようと思っていたんだけど、思いのほか早く完成したんだよね。
もちろん、この裏にはガラムら職人たち、バルトロら素材集め班、ペンギンを始めとした研究チームの努力あってのものだ。
俺もできる限りの協力をしてきた。
膨らませて、いざ飛び立てるとなると感動もひとしおだよ!
「いざ見てみると、かなり巨大だな! すげえ。みんなありがとうだよ、ほんと」
「私もこれほどの巨大な乗り物、見たことがありません! 閣下とペンギン師のお力あってこそです」
『ようやくテスト飛行までこぎつけたね。水素の抽出に時間がかからなければ、もう少し早く飛びたてたのだがね』
足をパタパタと揺らしながら、ペンギンが冷静にそんなことを言ってのけるが、彼は彼でやはり興奮を抑えきれない様子だ。
足のパタパタがとっても激しいから……。
飛行船の前まで来ると、横並びになったルンベルクとエリーが上品な礼をする。
近くで見ると、思った以上に巨大だな。
自分が設計から関わったからサイズは把握している。だけど、机上と実物は違う。
「やっぱ、すげえなこれ」
『全長80メートル。全幅15メートル。全高20メートル。なかなかに壮観だね』
帝国の飛竜なんて比べ物にならないくらい大きい。
秘境にいる古龍は超巨体らしいけど、飛行船と比べると小さく見えるんじゃないかな。
「他のみんなはもう乗り込んでいるのかな?」
「左様でございます」
ルンベルクに尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
「じゃあ、行こうか」
右手を上げ、開け放たれたままの飛行船の入り口にある扉をくぐる。
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