第126話 予言と神託
鍛冶屋に備え付けられた黒板にカリカリと字を書きながらちょこんと椅子の上に立ったペンギンに講義をしている。
知的な彼に俺が教えるとか何だか不思議な気持ちだけど……。
知的好奇心の強い彼とセコイアには、知れることはなんでも知っていてもらいたいと思う。
俺から伝えようとしなくても、向こうからグイグイくるのでこちらが対応しきれないほどだけど、ね。
今日はたまたま待ち時間ができたので、彼が以前から気になっていたらしいこの世界の歴史について語っていたというわけだ。
『ほうほう。帝国から分離独立し公国となったと。であるから、王ではなく公爵が一国の主というのが』
「俺やペンギンさんからしたら確かに違和感を覚えるかもしれない。ローマ帝国は知っている?」
『もちろんだとも。ふむ。王号を公爵に置きかえればいいのかね?』
「細かくは違うんだけど、俺にとってはそれが一番しっくりきた」
かつて人間世界は多くの国がひしめく群雄割拠状態だった。
戦いを繰り返すうちに次第に強国と小国に別れ、最終的に一つの国が人間世界を支配する。
その国は帝国となり、帝国の元で人間社会は一時的に平和を謳歌することになった。いわゆる、「帝国の春」と言われている時代だ。
その後、帝国は地球の歴史でもよくあったように時間の経過とともに腐敗していく。
力をつけた貴族が争い、再び戦乱の世に舞い戻る。
帝国の領域は半減したばかりでなく内乱が続き、残る地域も元帝国貴族がお互いに争う始末だった。
そんな最中、聖教と聖女の活躍があり、帝国は半減した地域を再統一する。
残った地域も公国を始めとしたいくつかの国が自立したものの、平和を取り戻す。
公国の初代公爵は元皇帝の腹心で、彼をいたく尊敬していたそうだ。紆余曲折があり、一国の主となっても彼は帝国を重んじ自らを公爵とした。
もちろん、帝国の公爵としての地位を保持していないのだが、形式上帝国から爵位を授与された状態になり今も続いている。
といっても、完全なる独立国家なので帝国から何かを命じられるわけではないのだけど。
『ふむ。宗教の元にゆるやかな文化的素地を共有しているのかね?』
「んー。元々同じ国だった歴史があるから、地球史とは少し違うかな。人間以外の種族が起こした国もあるし」
ペンギンはフリッパーをパタパタさせ興味深いと言った風に嘴をパカパカ打ち鳴らした。
『聖教と聖女が、と言っていたね。この世界の宗教は地球と異なるのかね?』
「うーん。似たところもあるけど、似ていないところもある。この世界には『ギフト』って産まれながらの力があってさ。魔法みたいなものなんだけど」
『ほうほう。確か君も植物鑑定を持っていたね。私も何らかの鑑定能力が欲しい。ネイサンくんの浄化の力も素晴らしい!』
「聖女は神の声を聞く『神託』、枢機卿は『予言』というギフトを持っている」
『神の声かね。にわかには信じがたいが……この世界には神が実在し顕現するのかね!』
「いや、それは分からない。声は本当に神の声なのかも不明ってのが俺の見解だ。だけど、神託と予言には確かに『未来を見通す力』がある」
『ふむふむ』
ひょいっと椅子から飛び降りたペンギンはよちよちと黒板の下まできて、つま先立ちになる。
板書の何かを指し示したいみたいだけど、届かないらしい。
よっし、ここは俺が手伝ってやらねば。
ペンギンの後ろに回り、脇の下に手を通し持ち上げ……お、重いな。
「ふんぬう」
気合を入れ歯を食いしばったものの、膝が小鹿のように。
その時、後ろから凛とした声が。
「閣下! どうされましたか?」
「ペンギンさんと公国の歴史を振り返っていたんだ」
ぱっとペンギンから手を離し、ぽんぽんとワザとらしく服をはたきながら声の主――シャルロッテの方へ体ごと向きを変える。
「歴史……でありますか! さすが閣下です。寸暇を惜しんで仕事に励む。自分も、もっともっと見習わねばなりません!」
「あ、うん」
「ペンギン師がパタパタしておりますが、よろしいのでしょうか」
「黒板に触れたいらしい」
「承知しました!」
今日も赤毛をアップにして髪型もバッチリ決まっているシャルロッテは、白銀の鎧を鳴らしながらペンギンを後ろから両手で掴み上げる。
そういやアルルもあんなに華奢だってのにペンギンを抱っこしたまま軽々と歩いていたな……。
俺はそこまでひ弱なんだっけ、いやいやそんなはずは。最近特に運動不足だったのかもしれない。
魔力が5なのが原因? だったら嫌だなあ。
一方で抱えあげられたペンギンはフリッパーを上に伸ばし、パタパタと足をばたつかせていた。
どうも指し示したい場所があるみたいなんだけど、板書の上の方なのだろうな。
「ペンギンさん、言葉にした方が早い」
『確かに』
「その前に、シャルへ同時通訳をしてもらえるようセコイアに頼める?」
『もちろんだとも』
便利な同時通訳機セコイアは離れた場所にいてもペンギンと脳内で会話することができる。
ペンギンとできるのだから、他の人ともできるというわけだ。
ただし、セコイアと面識があり、相手がセコイアとの会話を受け入れた場合に限る。
シャルロッテはどちらも満たすので同時通訳可能ってわけなのだ。
実のところ、ペンギンは八割方公国の言葉を理解しているように思える。だけど、敢えて日本語で通しているのかな?
誤認させないように、が一番大きな理由だと思う。
挨拶程度だったら、そのうち公国語を使いそうな気もする。
『歴代の公爵は脈々と続いてきた。ヨシュアくんも公爵だった。だが、この次が空白になっている。短い付き合いであるが、君が後継者も決めず任務を放り出すような者には思えないんだが』
「閣下は神託と予言の誤解によって、この地に参られたのです!」
俺が何かを言う前に間髪入れずシャルロッテが口を挟む。
まるで自分のことのように必死で否定する彼女にペンギンもぽかんと嘴が開きっぱなしになっていた。
『彼の能力と人柄は疑う余地もない。彼を慕い公国から来た領民たちの姿から察するに明らかだ。予言と神託の誤解……なるほど。一理ある』
「神託や予言は懇切丁寧に説明してくれるわけじゃないから。何を示すのか慎重に吟味する必要はある」
『君は内容を知っているのかね?』
「いや、今回は聞かなかった。俺に関することだったから、俺が聞いて、いや、意味が異なるなんて言ってみろ」
『和を重んじる君らしい』
さすがペンギン。察しが早くて助かる。
正直、あの時そこまで考えが及んでいなかったなんて余計なことを言うつもりはない。
「これで激務から解放される、やったぜ」で頭が一杯になってしまってさ。
公国だっていつまでも聖女が差配するはずもないし、ルーデル家に連なる誰かが後を継ぐだろう。
ひょっとしたら、このまま君主制を廃止して……なんてこともあるかもしれない。
気持ちが収まらないのか、珍しくシャルロッテが自分の意見を述べる。
「閣下によって繁栄をもたらされた公国は、閣下なしで立ちゆくとは思えません」
「官僚組織は整えた。グラヌール、バルデス、オジュロ、数え上げればきりがない」
「そうであればよいのですが……」
ペンギンを地面に降ろし、長いまつ毛を震わせるシャルロッテに一抹の不安を覚えた。
ペンギンはペンギンで何か考えがあるようで、顎にフリッパーを当てようとしている。もちろん、届かないが。
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