第129話 なかなかの速度

「この分ですと、鍛冶屋まで大通りが伸びる形になりそうですね」

「領民が2万人くらいになれば、だけど。え、あれ、シャル」


 飛行船から窓の外を眺める俺の横にいつの間にかシャルロッテが立っていた。

 あれ? 彼女は魔法の風を起こしに行ってくれていたのでは?


「なんじゃ。ボクを探しておったのか。恋しくなったのかのお」

「だああ。抱きつくんじゃねえ。って、セコイアまで」

「心配要らぬよ。どこから風を出せばいいのかさえ分かれば、目の前におらぬともな」

「そんなもんなのか」

「うむ。籠の中ならば問題ない」

「距離に制約はあるけどってやつか」

「ほれ、空に浮かぶ飛竜を想像してみよ」

「お、おう?」

「風の刃を飛竜にぶつける、竜巻で飛竜をバラバラに吹き飛ばす。どうじゃ?」


 ううんと得意気に顎をあげて鼻を鳴らされても……。

 そうだな。飛竜は飛んでいる。

 対するは狐耳のちびっ子野生児は地上に立ち。

 あ、そうね。確かに。

 彼女と哀れなターゲットの距離は10メートル以上ある。

 そこから風の刃を飛ばすわけだから……。


「理屈は分かったけど、目視しなくても大丈夫なのか?」

「よくぞそこに気がついたの。本当は魔法のことを把握しとるんじゃろ?」

「……やっと分かった」


 理屈は魔道具に供給される魔力と同じことだ。

 風を吹かせることを持続させるために、魔力を注ぎ込み続けるだけってことだろ。

 発動の時はちゃんと見てなきゃいけないけど、一度発動してしまうと止めない限りは再度見に行く必要はない。

 魔道具が離れていても魔力さえ供給されれば動くことに似る。機構が決まってさえいればってことか。

 ん、待てよ。


「魔石で代用しようとか考えているのかの? 答えは『できない』じゃ」

「な、なんで分かった……」

「愛じゃよ、愛」

「本人の魔力じゃあないと、ダメだってことだな」

「可愛げのない奴じゃ。理解が早くて面白味ってもんがないのお」

「どの口が……」


 小さな牙を出し、腰に手を当て子供っぽく笑うセコイアは年相応に見えてしまう。

 でも、彼女は一応賢者的なポジションらしい。理解力はペンギンと並ぶほどなので、納得だけどね。


 彼女並のペンギンが何者なんだって話なんだけど、彼は口調からして元研究者とか大学の教授とかだったんじゃないかな。

 データ分析、予測、深い専門知識と広く浅くの広範囲な知識、そして旺盛な好奇心。

 ペンギンじゃなく、人間の姿だったならもっと自由に動けただろうに。今だと物を掴むのも大変そうだものな。

 

「姿を変える魔法ってないのかな?」

「ずるをしようとせず、素直に体を鍛えたらどうなのじゃ? 宗次郎さえ持ち上げることができないとは情けない」

「も、持ち上がるって!」

「なら抱き上げてみせよ」

「今はアルルと戯れているんだから、邪魔したら悪い」


 全く、失礼な。

 じーっと外を見つめるペンギンとはしゃぐアルルに和む。

 こんなに楽しそうにしているってのに、セコイアはなんて酷いことを言うんだ。

 

「姿を変えることと一口に言っても、いろいろあるのじゃ。キミにボクが龍の姿になったように見せるとしよう」

「うん」

「キミの目にだけ映ればよいのなら、幻影でもいいわけじゃ。それならば容易い。しかし、実物を伴った龍の姿になると難しい」

「こう、着ぐるみみたいに魔力で張りぼてを作る感じならいけるんじゃないのかな?」

「そうじゃの。相当な魔力を消費する。真の意味で龍に姿を変えることは不可能じゃ」

「そっかあ」

 

 残念だ。

 うーん、どうしたものかな。

 腕を組み、外を眺めながら顎をあげる。

 すると、察した様子でセコイアがふんふんと鼻を鳴らす。


「そういうことか。宗次郎のことを慮ったのじゃな」

「何か掴むにも不便そうだったからさ」

「そうじゃの……何かよい手がないか考えてみるかの」

「俺も魔道具で何とかできないか、ティモタやトーレに相談してみるよ」


 魔道具でペンギンの手の代わりになるもの……マジックハンドみたいな物しか想像ができない。

 自分の貧困な想像力にため息が出るが、マジックハンドを装備したペンギンの姿が浮かび笑いそうになった。

 セコイアは真剣に考えてくれているというのに、俺って何て酷い奴なんだ。

 

「何か思いついたのかの?」

「いや、いいものは浮かばないな」

「ほれ、人の指の形をした手袋みたいなのはどうじゃ?」

「フリッパーに装着したら、動かせる感じかな」

「そうじゃ。フリッパーの形がこの葉みたいじゃからのお。中々に困難かもしれん」

「その方向で考えてみようか」

「うむ。手先だけになるがの。それでも今よりは作業がしやすくなるはずじゃ」


 よい案だと思う。

 だけど、手袋を装備したペンギンの姿を想像すると……や、やはり笑いが堪えられん。

 

 笑っているのを誤魔化すため、窓に張り付くようにして外を眺める。

 飛行船はルビコン川からゆっくりと南に進んでいた。

 既に屋敷の上空を通り過ぎ、街も通り抜けている。

 

「閣下。どちらまで向かわれるのでしょうか? 引き返しますか?」

「せっかくだからこのまま南へ進んでみよう。ひょっとしたら海を拝めるかもしれない」

「速度を上げますか?」

「む。すまん。魔力のことを考えてなかった」

「それなら心配ありません。自分でも二時間はいけます。閣下の準備してくださったマジックポーションを飲めば無限にいけそうです」

「そ、それはちょっと……」


 どんと胸を張るシャルロッテに対し、たらりと冷や汗が流れ落ちた。

 彼女なら「問題ありません。閣下」と言いながらそのまま真後ろに倒れてしまいそうなんだもの。

 

「小娘の心配ばかりして。ボクのことも心配せんか」

「いや、セコイアは眠気に負けるまでいけるだろ?」


 魔力密度99のセコイアに何を心配しろと。

 少なくともシャルロッテが大丈夫なら、セコイアは余裕だろうし。

 

「見ておれ。ぐんぐん速度をあげてやるからのお!」

「ちょっと待て。ペンギンさん!」

『どうしたのかね?』


 呼びかけるとアルルがくるりと振り返り、ペンギンを上に掲げる。

 たかーいたかーいじゃないんだから……。

 ペンギンが素の声なのがまたツボにくるったらなんの。

 

「飛行船の耐久力が心配でさ。確か、初期の飛行船って時速50-80キロくらいだっけ」

『この飛行船ならば、200キロで航行しても問題ない計算だよ。様子がおかしいと感じたらすぐに速度を落とせばどうだい?』

「そうしてみるか」


 話が終わると、アルルがペンギンを胸の高さまで戻す。

 

「しばし待っておれ。風の魔法をかけなおしてくるからの」

「セコイア様。私も参ります」

「うむ。ついてまいれ」

「はい!」


 ふんふんと尻尾を左右にふりふりさせるセコイアにシャルロッテが続く。

 

「うお!」


 間もなくグンと速度があがり、つんのめった。

 お、おいおい。

 どんだけ速度をあげるんだよ!

 

 速度計なんてものは無いし、現在時速何キロか分からん。流れゆく景色だけで速度を測るなんて器用な真似はできないし。

 

「すごーい。はやいね!」


 きゃっきゃとはしゃぐアルルに和んでいる場合じゃない。

 

『現在目測だが、時速150から180キロくらいだね』

「分かるの?」

『だいたいだがね。あの山の動きからだいたい判断しているに過ぎない』

「俺にはさっぱり分からないや」

『そろそろ、一旦速度を維持した方がよさそうだ。セコイアくん』


 ペンギンが脳内会話でセコイアに呼び掛ける。

 これ、放置していたら際限なく速度が上がっていたんだろうか。

 ぞっとしてブルリと肩を震わせる俺であった。

 

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