第115話 みっけたぞ

 エリーと探索へ出掛けたものの、ペンギンからの報告を受けることができる位置にいなきゃな。

 というわけで、俺が選んだのは川原である。しゃがみ込んでぴちゃぴちゃと水を弾くと気持ちよい。

 来年の夏はみんなで海へ繰り出したり……なんてやれたら楽しそうだ。キャンピングカーならぬ荷物を満載した馬車三台くらいで長旅しながら海を目指す。


「どうされましたか?」


 後ろに立つエリーが動きの止まった俺へ問いかけてくる。


「どれくらい距離があるのかなと思って」

「距離……でございますか」

「あ、ごめんごめん。ここから海までの距離だよ。地理は不明だけど、南東へずっと進むとそのうち海へ出るはず」

「それでしたら、空からはいかがですか?」


 確かに!

 気球でも魔法で行きたい方向へ進むことができるし。だったら、飛行船を建造した方がよいかな。

 あ、そうか。空からなら地理を把握するのに丁度よい。周辺地域がどうなっているのか知っておきたいから、大まかな地図を作っておきたいところではある。

 だったら、寒くなる前にガルーガかバルトロをリーダーにして、辺境を探検してもらおう。冒険好きの二人のことだ。絶対に乗ってくる。俺だって街のことが無ければ行きたいけどさ。


「空からがよさそうだ。目の付け所がよいな!」

「そ、そんなことは。え、ええと。ひ、飛竜を捕まえてきます!」

「待て、エリー! 飛竜がこの辺に……いたな。だああ。そんなことじゃなくてだな、一人で行くとかダメだからな! 野生の飛竜が人に慣れるとも思えないし」


 飛竜ってあれだろ、炎のブレスを吐いちゃったり鋭い爪で引っ掻いてきたりする超危険モンスターだったはず。

 力持ちだから飛竜を担げるのかもしれないけど、相手は置物じゃあないんだぞ。

 慌てて立ち上がり、両手で掴んだエリーの肩を揺する。

 すると、エリーがますます動揺してしまったのか、「お、お手を」なんて呟いて膝が落ちそうになってしまった。

 彼女を支え、ホッと息をつく。


「落ち着いたか?」

「も、申し訳ありません。つ、つい」

「雑談はこれくらいにして。目立ったものは見つからなさそうだけど、川と川原の植物を集めよう」

「承知いたしました」


 エリーと協力して片っ端から植物を鑑定していくが、目ぼしいものは見当たらない。

 アルルと遊んだ葦くらいだなあ。有用な植物は。


「ヨシュア様。水の中も探しますか?」

「せっかくだし、探そうか」


 長いスカートの裾をつまむエリーを手で制し、「俺が行く」と示す。

 靴を脱いで、ズボンを膝上までたくし上げてっと。準備完了だ。

 

 水草やコケ、藻を素手で掴んでそのまま植物鑑定を実行。

 おや、こいつは……。

 トゲトゲした葉が生えた水草に見えたのだけど、コケの一種らしい。鮮やかな緑色をしていて、根がなく茎が岩に張り付いていた。

 

『名前:スギゴケ(魔力型)

 概要:食べると魔力が回復する。とても苦い。魔力以外に栄養素が殆どない

 育て方:緩やかな水の流れがある淡水で生育する。水と魔力だけで育つ。

 詳細:経口摂取し、胃で溶かせば魔力を回復することができるが、スギゴケは全体が植物の根のようになっており、どこからでも魔力を吸収するため扱いに注意』

 

「エリー、見つけた! これだよこれ!」

 

 群生しているスギゴケ(魔力型)を両手でわさーっと掴み、エリーにむけ掲げる。

 あ、あれ……急にくらくらしてきたぞ……。

 

「ヨシュア様!」

「エリー、この水草みたいなの、魔力を吸収する性質が……ある…ん、だ」


 そ、そうか。俺の魔力は極小だから、ちょいと吸収されただけでこうなるのか……。あ、ダメだもう。

 エリーの胸に頭を埋めたところで意識が完全に飛んでしまった。


 ◇◇◇

 

 柔らかな感触が後頭部を包み込み、心地よい。頬に誰かの手が触れているようで、これもまた心が安らぐ。

 目を開けると、慈愛の籠った笑みを称えたエリーの顔が見える。

 気を失った後、彼女が膝枕して俺を寝かせてくれていたようだった。

 

 俺と目が合った彼女は途端に動揺し、あたふたとした様子になって……手、手に力が籠り過ぎだ!

 

「エ、エリー。手、手を」

「も、申し訳ありません! つい、手を頬に」

「いや、それはよいんだけど……と、ともかく力を抜いて……」

「……! 申し訳ありません!」


 や、やっと彼女の指先から力が抜けた。

 あと一歩遅れていたら、頬骨が折れていたかもしれんな。

 

「もう大丈夫だ。元から魔力が少ないからさ、すぐに回復するんだ」


 頭をあげ、エリーに微笑みかける。

 すると、彼女の顔に朱がさす。

 何か顔を赤らめるようなことってあったっけ? まさか熱が出たとか。いや、熱ってのは瞬時に上がるようなものじゃあないし。

 

「し、至近距離で天使の微笑みは威力が高すぎます……」

「そ、そうか。き、気を付けるよ」

「いえ! そのようなことは! ご褒美です」

「う、うん」


 ギュッと両手を握りしめるエリーの勢いにたじろいてしまった。

 俺ってそんな癒されるような微笑みをしてたっけ……どちらかというと不気味だと思うんだけど。

 だああ。まあいい。変なことは考えず、話題を変えるのだ。

 

「さっき俺が拾ったスギゴケはどこに?」

「そこに置いてあります」

「コウモリでやるより、こっちの方が患者に傷をつけずに済むから衛生的だと思う。さっそくセコイアたちに届けよう」

「承知しました」

「そろそろ培養の結果も出ているかも。丁度いい」

 

 スギゴケはこの場に放置することにしよう。

 手袋をするとか、何かで挟んで袋に入れるとかしないとまた魔力を吸われてしまうからな。

 スギゴケを川から出した状態で枯れるまでどれだけもつか分からないけど、そうすぐに枯れるものでもないだろ。

 バケツに水を張ってその中に入れておけば数日くらいいけそうな気がする。

 

 鍛冶屋に戻ると、俺の予想通りペンギンの培養検証が終わったところだった。

 バンコファンガスは魔力密度60でもすぐに死滅したとのこと。今は魔力密度50で試しているとペンギンが教えてくれた。

 魔力密度の低い場合も既に試していて、間もなく結果が出るとのこと。

 となると、魔力密度70のエリーは綿毛病に感染しないし、体内に胞子を保持することもないってことか。

 魔力密度の低い俺の体内はまだ不明だが、同じように死滅している可能性が高い。

 

『街の人と接触しに行くヨシュアくんの魔力密度5に合わせた結果も出たよ。同じく「死滅」だね』


 ペンギンがフリッパーでシャーレを挟み持ってきてくれたのだが、ぷるぷるしていて落としそうだ。


「ありがとう。無理に持たなくていいから……。落としたら割れるだろ」

『そうだね。ついつい興奮してしまってね』


 そっと床にシャーレを置いたペンギンがやれやれといった風に自分の頭に向けフリッパーを振るう。

 感染させる危険性のないと分かった俺とエリーは街へ向かうことにした。

 もちろんスギゴケのことはセコイアとペンギンに伝えてある。

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