第116話 締まるう

 誠に遺憾ながら街の中央広場へ顔を出す。

 後ろからひょろい像が俺を見守っているが、決して振り向いてはならない。

 あの像さ、見るたびにパワーアップしてるんだけど、一体誰が……。そのうち夜になったらライトアップされたりしないだろうな。


 俺が来たことが伝わったのか、領民が続々と集まってくる。

 広場に行くことにしたのはこれを期待してのものだ。俺とエリーならば胞子を持ち込むこともないことがわかった。

 なので、聞いて回るより集まってもらい一気にと思ったってわけだ。


 どこからともなく演壇が出てきて、どうぞとばかりに屈強な領民二人が膝をつき片腕を演壇へ向ける。

 たらりと冷や汗を流しつつも彼らに礼を言って、演壇に登った。

 うーん、どうしようか。「お尋ねしたいことがあります」といきなり聞くのもちょっとなあ。

 集まった群衆の期待の籠った目線が痛い。


「親愛なる領民諸君。諸君らの献身的な働きにより街の整備が整いつつある。収穫の時期も近い。よりいっそうの働きを、とは言わない。これまで通り頼む」


 挨拶代わりに領民を労うと、割れんばかりの拍手と歓声がまき起こる。

 熱のこもりまくった領民たちであるが、俺がすっと手をあげたら水を打った様にシーンと静まりかえった。

 ほんと、よく訓練された領民たちだよ。いつのまに統制が取れるようになったのか分からないけど……最初からだったよな、確か。

 自然と静かになってくれているのかな。俺の一挙手一投足を見守っているからこそのワザ?

 ……すげえな。

 さすがカリスマ公爵……あ、今は辺境伯だった。

 と、人ごとのように考えている場合ではない。彼らが次の言葉を待っている。

 よし、決めた。いずれ伝えなきゃならないし、治療の目処もついてきていることだし。


「諸君らに、困難を伝えねばならない。病魔が街へ迫ってきている。聖なる力を持たぬ私では病魔そのものを滅することはかなわない。だが、諸君! 諸君らの辺境伯は、このまま嘆くだけだろうか? 諸君らに座して待てと言うだろうか?」

「辺境伯様ならば、聖魔法などなくとも!」

「我らのヨシュア様とならば、どこまでも!」

「ヨシュア様!」

「辺境伯様!万歳!」


 再び手を上にあげ、静かになってもらい、大きく息を吸い込む。

 

「我々は病魔を克服しなければならない。神の力ではなく、我らの力だけで。だが、臆することはない。我らの力を合わせればおよそ不可能なことなどないのだ!」


 ウワアアアアアア!

 どこから声を出しているんだと思うほど、今日一番の大歓声が鼓膜を揺らす。

 でも言ってよかった。この様子ならば、病魔を憂い人心が揺らぐこともないだろう。

 

「諸君らに頼みたい。領民の中に魔道具職人はいないだろうか?」


 問いかけると領民たちがそこかしこでお互いに囁き合い、数人が何か思い当たったようで走っていく姿が見えた。

 演壇から降り、しばらく待っていると数人が急ぎ足でこちらにやってくる。

 

 彼らから押し出されるようにして、新緑の長い髪を後ろで括った眼鏡をかけた若い男がペコリと頭を下げた。

 ピンと尖った長い耳に華奢な体つきから、彼がエルフだと分かる。青年に見えるけど、見た目通りの年齢じゃあないんだろうな。

 エルフは長命種族として有名で、三百年くらいは生きると聞いている。長命といえば、ドワーフとノームも二百年近くと聞くし、ガラムとトーレも百歳を超えているのかもしれない。

 狐耳? あいつは謎だ。触れてはいけない闇なので、聞いちゃあだめだぞ。

 

「初めまして辺境伯様。ティモタと申します」

「呼びだてしてすまなかった。病魔に対応するにどうしても魔道具職人が必要なんだ」

「辺境伯様が必要とされているのでしたら、不肖の身ではありますが、喜んで誠心誠意お手伝いさせていただきます」

「仕事もあるなか、協力の申し出ありがたい。早速だけど、説明させてもらってよいかな?」

「はい。ですが、よろしければ工房までご足労いただけませんでしょうか?」

「おお、もう工房があるのか! 素晴らしい。是非、伺わせて欲しい」

「まだ稼働し始めたばかりではありますが」


 謙遜するティモタにいやいやと首を振り、先導する彼の後ろにエリーと共に続く。

 

 ◇◇◇

 

 閑話 ヨシュア様を膝枕しちゃった

 

 ――エリー

 た、大変です! 大変なんです!

 ヨシュア様が水草を私にお見せくださったと思ったらくらりと体から力が抜けてしまいました。

 彼が水に頭から落ちないように急いで背中から支えようと手を伸ばし……指先を何とか引っかけることができたのです。

 ヨシュア様の全体重を二本の指で支え、ホッと胸を撫でおろしたものの、すぐにハッと気が付きました。

 ちゃんと手の平で優しく支えなければ! これだとヨシュア様のお体に痣ができてしまいます。

 

 失礼ながらヨシュア様を抱え上げ、川原に戻りました。

 このままにしておくわけには……そう思うと自然と体が動いていたのです。

 

「ひ、膝枕なんてしてしまいました……い、いいんでしょうか」

 

 気が付いたら膝枕をしていたの! け、決してやましい気持ちからじゃあないんです!

 固い地面に彼を寝かせるわけにはいかないじゃないですか?

 だから、私が直接支えないといけなかったんです。た、確かにあまり褒められた体じゃあありませんが、それでも地面よりはマシなはず、ですよね?

 

 しばらく、そのままヨシュア様の凛々しい寝顔を眺めていました。

 綺麗な髪ですよね。ヨシュア様。髪の毛を切るのが勿体ないと言っていたメイドたちの気持ちが痛いほど分かります。

 

「……い、いえこれは……虫です。そう、虫がいたんです」


 ヨシュア様の髪の毛に指先が触れていたのは、私が触れたかったからじゃないんですよ。

 手を離すと、今度はヨシュア様の華奢な首筋に目がいってしまい……。

 男の人のがっしりとした首は苦手なのですが、ヨシュア様は別です。どれだけでも眺めていられます。

 すっと通った鼻筋も、血色がなく白磁のような頬も。

 血色がない……?

 こ、これはよろしくない事態なのではないでしょうか。

 

 様子を確かめようと頬に触れ、今度はひ、額に手を伸ばそうと――。

 パチリ。

 ヨシュア様の意識が戻りました!

 で、ですがタイミングがとても悪いですうう。わ、私がやましいことをしようとしていた、なんて思われてしまいます。

 

「エ、エリー。手、手を」


 きゃあ! や、やっぱり、そう思われてしまいましたあ!


「も、申し訳ありません! つい、手を頬に」


 平身低頭、心の底から頭を下げ、謝罪しました。

 ところが、お優しいヨシュア様は気にされた様子もなく、暖かい言葉をかけてくださったのです。


「いや、それはよいんだけど……と、ともかく力を抜いて……」

「……! 申し訳ありません!」 


 再び謝罪しつつも、胸が高鳴って仕方ありませんでした。

 ヨシュア様はいつもいつも私をドキドキさせてしまうんです。

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