第114話 バンコファンガス

 ……。

 …………あ。

 

「いつの間にか眠ってしまったのか」


 椅子に腰かけ、机に突っ伏した状態で寝ていたようだった。

 窓から差し込む光が目に痛い。


『……む』


 俺が起きたことで机が揺れてしまったのだろう。机の上で船を漕いでいたペンギンも目覚めた。

 シャルロッテと会話してから鍛冶屋に向かった俺は、そのままミーシャの看病にあたったんだ。

 人体実験となってしまい申し訳なかったが、ミーシャの了解を取り治療を開始する。

 既に抽出の終えていたアルコールで捉えてきたコウモリの口を消毒し、ミーシャの手の甲にコウモリを寄せた。

 コウモリはすぐにミーシャの血を吸い始める。

 同時にセコイアが彼女の魔力密度を計測。

 みるみるうちに彼女の魔力密度が減っていき、10をきったところで彼女の体調を鑑みコウモリを離す。

 セコイアはまだまだ魔力を吸わせてもいけると判断していたが、最初は大きく安全マージンをとっておきたいことから終了することにしたんだ。

 その後、眠るミーシャの魔力密度をセコイアに計測してもらい、魔力密度の変化を記録していった。

 記録係は俺が行い、彼女の体温も計測する。

 ペンギンは綿毛の分析に注力してもらった。彼は指先が使えないので、時折俺が手伝う。

 セコイアには他のことをする余裕がなかったからな。体温は魔道具でちょいちょいっと計れば済むのだけど、魔力密度はそうはいかない。

 いかなセコイアといえども感覚で判断しているところを数値化するわけだから、神経を使うのだそうだ。

 

 魔力密度が彼女本来の値である20に戻ったところで作業が終了となる。計測を初めてから四時間後のことだった。

 その後、セコイアにはミーシャと同じベッドで寝てもらい、俺とペンギンは綿毛の検証を続けていたのだが……明け方が近づく頃、俺はとあることに気が付く。

 「もし胞子だったら、『植物鑑定』スキルでわかるんじゃないか」ってね。

 今更かよ! と思うかもしれない。だけど、分析することでどんな物質なのか判別がつくということが頭の中にあって、情けないことに基本的なことを見落としていたんだ……。

 それで、植物鑑定を行った結果、バンコファンガスという菌類であることが分かった。

 キノコは植物に含まれるようで、植物鑑定スキルが発動したというわけなのだよ。うん。

 植物鑑定スキルが発動したということは、バンコファンガスの特徴が全て判明することと同意である。

 頭に浮かぶバンコファンガスの詳細はこんな感じだった。


『名前:バンコファンガス

 概要:食用に適さない。綿毛状の菌糸が特徴。人間、エルフ、獣人、ドワーフ、ノームなどに寄生し繁殖する。

 育て方:胞子を呼気から人の体内に入れ、育成する。平均的な魔力を持つ人間が最適。

 詳細:極端に魔力が多い個体、逆に少ない個体の中では生育せず胞子も活性を失うことに注意を要する……』

 

「育成方法からどうやって綿毛病を鎮めるかの対策は分かったけど、感染を防ぐにはどうすりゃいいとか分からんな」

『そうだね。ヨシュアくんのスキルとやらはとても便利だが、基本「食用であるかどうか」と「生育方法」の詳細が分かるといったものだから仕方がない』

「大きな前進であることは確かなんだけど……なんかこう、しっくりこないというか」

『胞子ならマスクをすれば……素材的に難しいね。ならば、空気中の湿度や温度によって活性化したり死滅したりしないのかね』

「部屋の中ならともかく、野外で調整するのは難しいかな」

『だろうね。まずは培養実験を続けよう。魔力密度によって活性化するしないが判明したのだから、至適と不活性になる基準を見極めたい。ヨシュアくんはどうする?』

「コウモリ以外の代替手段が欲しいな。できれば、丸薬がいい。一粒で魔力密度が1下がるとかそんなのが欲しいな」

『そこまでいくには困難だろう。しかし、空気感染を防ぐ手立てが確立しない限り、コウモリとセコイアくんの手動による計測ではせいぜい三~四人くらいしか患者を診ることができない』

「魔力密度を計測できる魔道具があればなあ……魔道具職人を募った方がいいか」

『街に行くと感染のリスクも高まるが……いや、ヨシュアくんとセコイアくんならば街に行っても問題ないのでは?』

「俺とセコイアの体内に入った胞子は死滅しているかもしれないよな。胞子が目に見えたらいいんだけど……うーん」


 この辺りまでは覚えているんだけど、この先のことが曖昧になっている。

 更なる議論をペンギンと交わしていた気がするんだけど、寝てしまった。

 そして今に至るというわけだ。

 

 ◇◇◇

 

 あくびをかみ殺しつつ外に出て、朝食を待ってくれていたみんなに挨拶をする。

 小脇に抱えたセコイアを降ろし、食事を頂きつつ彼女に全員の魔力密度を計測してもらった。

 その結果、全員が平均値を越えていたことに少し驚く。

 セコイアの次に魔力密度が高かったのは意外にもエリーで、なんと70もあったのだ。

 俺の予想だけど、彼女の細腕に似合わぬパワーは魔力を変換しているんじゃないかな。

 

「ペンギンさんは、セコイアと協力して魔力密度60、70でバンコファンガスが死滅するかどうかを確認して欲しい」

『了解した』

「ミーシャの看病も任せておくがよい」


 魚を丸のみしたペンギンがげふっと息を吐きながら返事をする。

 セコイアは小さな胸をトンと叩き、自信満々の顔で応じた。

 

「アルルはバルトロとコウモリを捕獲するとともに、食材集めを」

「はい!」

「おう、任せてくれ」


 猫耳をピコピコさせ右手を真っ直ぐに伸ばすアルルと親指をグッと突き出すバルトロ。

 

「ルンベルクとシャルには今回の件と関係がないけど、雷獣と更なる親睦を深めてもらおうと思ったんだ。だけど、セコイアがいなきゃ言葉が通じないよな」

「恐れながら、その通りでございます」


 ルンベルクとシャルロッテは申し訳なさそうに深々と頭を下げる。

 雷獣から頂いた毛の在庫がもうないんだよな。今回の実験に必要な電力は水車だけで十分足りるのだが、雷獣の毛が損傷して使い物にならなくなったら魔力供給ができなくなってしまう。


「問題ない。あやつとは契約が成立しておる。例の樽を持っていけばよい。場所も先日あやつと落ちあったところに行くがよいぞ。ほれ、これを」


 セコイアが胸元をゴソゴソして、小さな笛をシャルロッテに向け投げた。


「承知いたしました。必ずや雷獣の毛を持ち帰ります」

「お任せください!」


 ルンベルクとシャルロッテが了承の意を示す。

 

「俺は街へと思っていたのだけど、エリーと周囲を探索するよ。ペンギンさんの実験結果が出てからエリーと街へ向かう」


 昼頃には結果が出るだろうし、探索は探索で必要だからな。


「エリー、俺の護衛を頼んだよ」

「はい! お任せください! 身命を賭してあなた様をお守りいたします」

「もっと軽く……散歩感覚でね」


 重い、責務が重い。

 俺一人で行動するとみんなが心配すると思って配慮したのだけど、もうちょっと気楽について来て欲しい……。

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