第99話 また黒

 ザーザーと降り続く雨の中、馬車で佇む俺たちはこれからどうしたものか頭を捻っていた。

 気流の動きが明らかにおかしいことは確実だ。だけど、びゅんびゅん風が吹いているわけでもないのだよな。

 ルドン高原にきたはいいけど外れだったか。

 いやまだ諦めるのは早い。せっかくここまで来たのだから、もう少し粘れないものか。


「うーん、次回になっちゃうけど、観測気球を飛ばしてみるのはどうだ?」

「気球? 聞いたことねえが、どんなマジックアイテムなんだ?」


 思いつきの発言にバルトロが反応する。

 彼は雨にうたれて「ひひん」と気持ちよさそうにいななく馬から目を離さぬまま、逆に俺へ質問してくる。


「こう、風船の中に軽い空気を入れて空へ飛ばすのだけど」

「風船というのがよくわからねえが、なんだか面白そうだぜ。観測気球? にぶら下がれば俺たちも空に行けるのか?」

「人を乗せるなら大きな気球を作らなきゃかなあ。飛ばすだけならさほど難しくないと思う。素材はバルトロがちょこちょこ持って帰ってきてくれるカエルの表皮がよいかな」


 ゴムとして利用はできないけど、乾燥しても破れず弾力を保ったままの表皮もあるんだ。セコイア曰く微量の魔力が瑞々しさを保っている原因とのこと。


『ふむ。上空数十メートルの範囲に暴風があれば、だね。不可思議な気流のようだし、風が期待外れだとしても興味深い』


 ペンギンも観測気球の案に賛成の様子。

 セコイアとアルルは空を飛べるとはしゃいでいる。

 気球の素材はよいとして、中に入れる気体をどうするかだなあ。

 んー、パッと浮かぶ手頃なのは水素だな。

 人が乗らない観測気球だったら、使う気体は水素で問題ないよな?

 水素は抽出しやすいし、一番軽いしでいうことないぜ。

 人が乗ることのできる気球になると、話は別だ。水素はよく燃えるからね。

 もう記憶が薄く曖昧だけど、確か理科の教科書に「水素はぽっと音をたてて勢いよく燃える」とか書いてた気がする。

 水素と酸素が合わさるとどーんと燃えるのだ。

 怖い怖い。

 

 ん?

 んん?

 いつもは何かと「猫娘」なんて言って拗ねているセコイアだが、珍しく仲良さそうに一緒にはしゃいでいる。

 喜ばしいことだが、俺は何か見落としている気がするんだよな。

 もう少しで何か思い出せそうで、彼女の顔をじーっと見つめていたら、案の定、磁石のようにじりじりとこちらに吸い寄せられるようににじりよってきた。

 

「この際文句は言わんぞ。猫娘と一緒だろうが、キミと二人きりじゃあなくても我慢するのじゃ」

「帝国には騎乗用の飛竜がいたりするだろ。空を飛ぶってことは無い話ではないのだよな?」


 考えを巡らせつつセコイアに問うと、彼女は迷うことなく頷きを返す。

 

「うむ。じゃが、カガクで飛ぶということにワクワクするじゃろ」

「あ! ようやく喉に詰まった小骨が取れたぞ。魔法で飛んだりできるんだっけ」

「ボクくらいの大魔法使いならば造作のないことじゃ」

「そうか、うんうん」

 

 彼女の両肩に手を乗せ、最高の笑顔を浮かべうんうんと頷く。


「な、何じゃ突然、いくらボクが可愛いからといって突然迫ってくるなど……大歓迎じゃ」

「……すごーい、すごーい」


 やべえ。鬼のような棒読みになってしまったぞ。

 それでも、セコイアの顔が緩み、俺の胸に飛び込んできそうな勢いになっていた。

 対する俺は素早く彼女の頭に手を乗せ、押しとどめる。

 

「さっきから何じゃいったい。乙女の心をもてあそびよってからに」

「セコイア。頼む」

「さすがのボクもこう人前ではちと勘弁なのじゃが」

「大丈夫だ。一人きりになるミッションだから。ほら」


 勢いよく上を指さす。

 ようやく俺の意図に気が付いたセコイアは顔を引きつらせる。

 

「ボクに今すぐ空の調査をしてこいと?」

「その通りだ。褒美は何でも……いやできることしかできないけど、できる限り叶えるようにするからさ」

「絶対じゃぞ。そうじゃの。カガクの力でボクを空に連れていってくれるのなら」

「分かった!」


 さあ、気が変わらないうちに行こう行こう。

 後ろからセコイアの肩を押し、目でアルルに馬車の扉を開けるように指示を出す。

 

「空もセコイアが来ることを歓迎しているようだな。ははは」

「全く、調子がよいのじゃから」


 扉を開けるや否や、さっきまであれほど激しかった雨がパタリとやんだのだ。

 突然雨があがったからか、空には虹がかかり殺風景な大地もあいまって際立つ。

 この虹を見るだけでもくる価値があると思わせるほど、大地と虹のコントラストは素晴らしいものだった。

 

「バルトロ、もしあればなんだけど」


 ごにょごにょとバルトロに伝えたら、彼はすぐさま馬車の中から目的のブツを持ってきてくれた。

 彼が持つモノは、細いロープだ。

 こいつをセコイアの小さな手に握らせて、準備完了となる。

 

「これを持って飛ぶのじゃな」

「うん、落としそうなら腰に巻きつけてもいいぞ」

「せいぜい三メートルほどじゃし、問題なかろう」

「焚きつけておいてなんだけど、ここの上空は乱気流が発生していると思う。まずそうならすぐ戻ってくれ」

「キミが舗装された道を歩くより余程安全じゃよ」


 その例え、どう判断したらいいんだよ……。

 俺は障害物も何もない平坦な道を歩くことさえ危ないと言われているのか、その逆なのか。

 

「まあしばし、待っておれ」


 そう言ったセコイアの足元に光で描かれた魔法陣が浮かび上がる。

 すると魔法陣から風が吹き上げ彼女のスカートをまくりあげた。

 いや、だから、少しは押さえたらどうなんだ。


「また、黒」

「アルル。そこはそっとしてやってくれ」


 アルル。指さしちゃあ、いけませんよ。

 一方でセコイアはふわりとその場で浮き上がったかと思うと、グングンスピードをあげあっという間に上空10メートルほどまで到達する。

 ロープの動きは――。

 

 こいつは思った以上に風が吹いているな。グルグルしているのが気になるけど……。


「もう少し高くいけそうか?」


 空に向けて叫ぶとセコイアは更に上昇してくれた。

 

『どう? ペンギンさん?』


 じーっとロープの動きを見つめていたペンギンに問いかける。

 すると目線を離さぬまま、彼が両フリッパーを上にあげ応じた。

 

『これならいけそうじゃないかね?』

『おう。最適な距離は高さ十から十五かな。二十だと風車の強度の方が心配だ』

『そうだね。十二メートルくらいを中心点とするとよいかもしれないね。ロープの動きを見た限りだが』


 うんうん。

 

「セコイア、ありがとう! もう戻ってくれても大丈夫だ!」


 叫ぶとすぐに彼女は降りてきた。

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