第100話 水道橋

 セコイア観測機を飛ばしてから、十日の時が経過しようとしている。

 本日は朝の会議を中止して、鍛冶屋の前に集合となった。

 というのは、ついにルビコン川に架かる水道橋が完成したからなんだ!

 

 工事車両なんて存在しない中、思ったより短期間で工事が終わったけど、職人たちの名誉にかけて手なんて抜いていないことは保障する。

 逆に腕によりをかけて完璧な仕上がりになったと自負しているんだ。建造したのは俺じゃあないけどね。

 鉄筋コンクリートの中空になった橋桁を繋げアーチ状となり、その上に通路を通してある。

 通路より高くまで橋桁が伸び、ここまで水を引っ張ることができる作りとした。今後増築することがあれば、使う事ができるからな。

 デザイン的にもこちらの方が勇壮でカッコよいと思う。

 道も橋桁もコンクリート打ちっぱなしではなく、赤色のレンガで化粧されていて華やかになっている。

 水路がまだできていないから、サイフォンを稼働させてはいないけどもう渡し船は必要なくなった。


「壮観だな!」

「素晴らしい出来栄えに不覚にも、このルンベルク涙が止まりません」


 絹のハンカチを手に当てるルンベルクと横に並び、出来上がった水道橋を満足気に眺める。

 アルルとエリーは橋の上からこちらに手を振っていた。

 バルトロは向こう岸まで渡って採掘を行う人たちと渡し船の件で調整をしてくれているので、現在ここにはいない。

 ペンギンとセコイアもまた別作業があるため、鍛冶屋の中に籠っていた。

 そして、肝心の総指揮を取ってくれた職人の二人……トーレはセコイアたちと一緒に鍛冶屋の中で、ガラムはポールと共に水路の工事を頑張ってくれている。

 ガラムとしては、一刻も早く水を流したいのだそうだ。気持ちは分からないでもないけど、これだけ見事に完成したのだから本人たちがいないとなると少し寂しい。

 

「ルンベルク、俺たちもエリー達のところに行こうか」

「承知いたしました。どこまでもお供させていただきます」


 相変わらず大仰なセリフを返すルンベルクに思わずくすりときてしまった。

 お堅いところがあるけど、彼は何事も真剣に取り組んでくれる。

 公国時代は執事をやってもらっているだけだったけど、辺境にきてからは領民との調整を始め自警団の組織編制から、その他様々な組織の橋渡しなど多岐に渡り活躍してくれていた。

 引き締まった体をしているし、本人は嗜む程度ですといっていた武芸も結構すごいんじゃあないかと思っているんだ。

 何でもできる人ってのはルンベルクみたいな人のことを言うんだよな。うん。

 

 ん?

 一人忘れていないかって?

 牛乳少女は牛の世話があるから、ここにはいない。この後のイベントには参加すると言っていたけどね。

 

「ヨシュア様!」


 橋の入り口までくると、アルルとエリーがぱたぱたとこちらにやってくる。

 高い位置にあるからか、橋の上は少し風が強いな。

 二人のスカートがヒラヒラしているじゃあないか。裾の長いエリーは問題ないけど、アルルはちょっと見えそうで見えない感じでハラハラしてしまう。

 彼女はスカートのまま窓から逆さまにぶら下がったりしていて、まるで気にした様子がないけど、もう少し淑女らしさを身に着けさせねばな。

 じゃないと、お父さん心配だわ。

 あ、エリーが目線に気が付いてしまったようだ。全く不埒な気持ちにはなっていないのだけど、変な勘違いをされているかもしれない。

 いや、変に言い訳すると逆に不信感を与えてしまうな。

 

「ルンベルク。ふと思ったんだけど」

「ハッ!」


 半歩後ろで控えるルンベルクにふと思いついたことを聞いてみることにした。

 俺よりは詳しいだろうから。

 彼に分からなければ、バルトロかガルーガに確認するか。

 

「橋によって向こう岸と陸続きになったわけじゃないか。そうしたら、川を渡れない生き物がこっちに渡ってくるかもしれないよね」

「懸念、ごもっともです。ですが、危険視するほどの魔物ならば、緩やかなルビコン川を渡河できるかと」

「どっちにしろ一緒のことか」

「いえ水道橋は頑強で、上部に立てば遠くまで見渡せます。更に、遮蔽物がないため弓を射るにも適していると愚行いたします」

「そっか、防衛拠点としても使えるのか。せっかくだから、橋の入り口のところに物見用の塔を増築すればよいかな」

「ご慧眼かと」


 ルンベルクは腕を胸の前で水平にして会釈する。

 ちょうどその頃、アルルとエリーが俺の目の前まで到達した。

 

 にこーっと笑顔を浮かべたアルルが口を開いたところでエリーが止めに入る。

 

「ちょっと、アルル。本当に聞くの?」

「え、何でー? アルル気になるの」

「そのような些事をヨシュア様になど」

「疑問に思ったことは何でも聞いて欲しい。俺に分からないことも多いけど。何が気づきになるか分からないだろ?」


 アルルに助け船を出すと、彼女はこくこくと頷き今度こそ俺に聞きたいことを口にした。

 

「あの、ヨシュア様。橋の上にカタツムリさん、来るかな?」

「……来るかも……入口に柵でも作るか……いや、でもなあ……」


 夜中に雨が降って朝日が差し込む頃、橋の上にカタツムリがびっしりと埋まってたりしたら、おぞましい。おぞましすぎる。

 想像すると肌にブツブツが。

 

「ほら、ヨシュア様が困ってるじゃないの、アルル」

「ごめんなさい。ヨシュア様」

「いや、カタツムリはともかくとして、泳ぐことができる動物……例えばイノシシなんかでも橋の上を突進するかもしれないと思ってさ」


 鉱石を運んでいる時にイノシシが――ここの領民なら嬉々として本日の夕食にしそうだな……。

 柵を検討しようか迷ったけど、すぐに対応する必要はないか。

 カタツムリが大量発生したら、ペンギンを派遣すればよい。人間の食事を食べるようになってから、カタツムリを食べることもなくなったけど。

 いっぱい並んでいたら食べてくれるかもしれない。

 

 お、噂をすればペンギンが鍛冶屋から出てきて、川にどぼーんと潜った。

 何故突然川に飛び込んだんだろう?

 と思ったら水面から顔だけを出して、嘴をパカンと開く。

 

「ヨシュアくん。準備完了だ」

「わ、分かった」


 何で水の中にとか聞くべきか迷ったけど、「ペンギンだからだよ」とか答えるのだろうなと勝手に想像し口をつぐむことにしたんだ。

 

「よっし、じゃあ、俺たちも鍛冶屋に行って手伝おうか」

「はい!」


 代表してエリーが返事をし、他の二人は頭を下げることで応じるのだった。

 イベント尽くしの一日になりそうだ。


 ◇◇◇

 

 バルトロから提供されたカエルの表皮を繋ぎ合わせ、漏れがないか水を流してみて確認。

 トーレの仕事には穴が無く、完璧だったことをここに記しておこう。

 燃焼石を使ったバーナーと、人が乗ることができる籠にカエルの表皮で作った風船を取り付ける。

 ペンギンに気球のことを相談したところ、水素を投入するガス気球より熱気球の方がよいだろうということになった。

 というのは、魔道具の存在があったからだ。

 地球で言うバーナーのような魔道具があり、細かい炎の調整もできることから熱気球を選択したってわけだ。

 飛行船と違い、上昇と下降以外は全て風任せになってしまうけどそこはこの世界独特の解決策がある。

 そう、魔法だ。

 魔法を使うことで指向性のある風を呼ぶことができる。この辺りは専門家のセコイアに任すことになった。

 もう一つ、気球に取りつけた籠――ゴンドラは四人まで乗ることができるのだけど、安全のためにセコイアか空気を操る魔法を使うことができる人を乗せることとした。

 該当人物はセコイア以外にシャルロッテとなる。

 牛乳少女が魔法を使いこなすなんて意外だったけど、案外魔法を使うことができる人は身近にいるもんだな。

 トーレたちも使うし。


「よおっし、誰から乗る? 俺はシャルロッテを待つから、二度目でいいよ」


 最初なので炎の調整にペンギン、安全のためにセコイアの二人は確定。

 残り二人は誰にしようかな。

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